二駅離れた居酒屋

どうたぬき

第1話 引き戸の音

居酒屋は会社から二駅離れたところにあった。

駅前の明るさが途切れたあたりにあって、看板の電球が一つだけ切れていた。

そのことに意味があるとは思わなかったが、毎回そこを見る。


引き戸は少し重い。

開けるときに、木が擦れる音がする。

音の長さはいつも同じで、短くも長くもならない。


緒方さんは先に来ていた。

カウンターの端に座っていて、背中が少しだけ丸い。

前に来たときも、たぶん同じ姿勢だった。


僕は一つ空けて隣に座った。

理由は特にない。

ただ、そうしている。


宇良は少し遅れて入ってきた。

鞄を椅子の下に置く前に、一度だけ床を見た。

何かを探しているようにも見えたが、何も拾わなかった。


店内は思ったより静かだった。

金曜の夜なのに、声が重ならない。

隣の席では、黙って焼き鳥を食べている二人がいた。


緒方さんはハイボールを頼んだ。

氷が多めだった。

それを見て、僕も同じものを頼んだ。


宇良は烏龍茶にした。

理由は聞かなかった。


最初の数分は、誰もあまり話さなかった。

箸の音と、氷がグラスに当たる音だけが聞こえた。

僕はその音を、頭の中で数えていた。


「最近どうだ」


緒方さんが言った。

唐突だったが、唐突さはいつも通りだった。


「普通です」


僕はそう答えた。

本当かどうかは分からなかった。


緒方さんはうなずいた。

それから少し間を置いて、話し始めた。


組織の話だった。

構造がどうとか、効率がどうとか、そういう話だった。

言葉は多かったが、速さは一定だった。


僕はうなずきながら聞いていた。

途中で、水滴が指に落ちた。

それをズボンで拭いた。


宇良は枝豆を一つずつ食べていた。

殻を皿の端に寄せていたが、きれいに並べているわけではなかった。

ただ、散らからなかった。


テレビがついていた。

スポーツニュースのはずだったが、画面には水槽が映っていた。

魚がゆっくり泳いでいた。


誰もそのことに触れなかった。

僕も見なかったことにした。

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2025年12月25日 21:00
2025年12月26日 21:00

二駅離れた居酒屋 どうたぬき @doutanuki88

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