第8話 衛星軌道からの核攻撃

 工場のレベルが2に上昇してから、数週間が経過した。


 地底遠征で手に入れた「大量のエネルギー鉱石」のおかげで、工場の動力炉はかつてないほどの唸りを上げている。


 溢れ出るエネルギーは、居住区の空調を完璧なものにし、ルルの部屋にはホログラムの青空まで映し出せるようになった。


「平和だなぁ……」


 俺は工場の屋上で、コーヒーカップを片手に空を見上げていた。


 相変わらず分厚い鉛色の雲が垂れ込め、酸の雨がシールドに弾かれて飛沫を上げている。


 だが、今の俺にはこの景色さえも悪くないものに見えた。


 足元には最強の要塞。


 横には最高の相棒。


 中には守るべき家族。


 俺は5等民として捨てられたが、結果として、皇帝ですら持ち得ない「自由」を手に入れたのだ。


「マスター、サボりですか?」


 背後から呆れたような声がした。


 振り返ると、エプロンドレス姿のシズが立っている。


「人聞きが悪いな。これは視察だ。工場の外部センサーの感度チェックをしてるんだよ」


「センサーの数値は、屋上に来なくてもモニターで確認できます。……それで、コーヒーのおかわりはいりますか?」


「……頼む」


 シズは小さく溜息をつきながらも、ポットから熱いコーヒーを注いでくれた。


 湯気と共に、穏やかな時間が流れる。


 このまま、この場所でひっそりと、豊かに暮らしていく。


 それも悪くない選択肢だと思っていた。


 だが。


 帝国の悪意は、俺たちが考えているよりもずっと執拗で、推して唐突に降り注ぐものだった。


 ビィィィィィィッ!!


 突然、鼓膜をつんざくような警報音が鳴り響いた。


 屋上の赤色回転灯が激しく明滅する。


「敵襲!?また汚染変異体ミュータントか!?」


 俺はコーヒーを放り出し、手元の端末を確認した。


 だが、表示されたのは地上の反応ではない。


『警告。高エネルギー体、接近。方位、天頂。距離、高度300キロメートル。……質量兵器ではありません。これは――』


 シズの声が凍りついた。


 彼女は空を見上げ、その深紅の瞳を極限まで収縮させた。


『熱核兵器です』


「は……?」


 思考が停止した。


 核兵器?


 なぜ、そんな戦略級の兵器が、こんなゴミ捨て場に?


『着弾まで、あと5秒。マスター、衝撃に備えて!』


 逃げる暇などなかった。


 屋上に居た俺を守るために、シズがシールドを展開して防御体制に入る。


 雲が割れた。


 太陽が落ちてきたかのような、灼熱の閃光が世界を塗り潰した。


 カッッッ!!!!


 音はなかった。


 光がすべてを飲み込み、その直後、世界を揺るがす衝撃波が叩きつけられた。


 ズガァァァァァァァァン!!


「うわぁぁぁっ!?」


 俺は床に叩きつけられた。


 工場の強固な装甲がきしみを上げ、大地そのものが悲鳴を上げているかのように振動する。


 視界がホワイトアウトし、何も見えない。


 熱波がシールド越しに伝わってくる。


 もし俺が生身で外にいたら、一瞬で蒸発していただろう。


「シズ!ルル!ギリアム!」


『被害状況、算出中!……工場シールド出力、最大展開! 外部障壁、損耗率15%!まだ耐えられます!』


 工場の機能は生きていた。


 なぜなら、ここは、ただの生産拠点ではないからだ。


 かつての対異生命体戦争において、人類が最後まで抵抗するために建造した最終防衛ライン。


 圧倒的な物量と火力を誇る「異生命体の全面攻撃」に耐え抜き、その上で反撃の兵器を生産し続けるために設計された、不沈の要塞なのだ。


 たかが人間が作った核兵器一発程度で、揺らぐような柔な作りはしていない。


 長い、長い揺れが収まるまで、俺たちは互いに身を寄せ合い、ただ耐えるしかなかった。


 ***


 やがて、轟音が遠ざかり、静寂が戻った。


 俺はおそるおそる、外部モニターのスイッチを入れた。


「……なんてこった」


 画面に映し出された光景に、俺は絶句した。


 ない。


 何もかもが、なくなっていた。


 工場の周囲に広がっていたゴミの山も、汚染変異体ミュータントの巣も、地形そのものが消滅していた。


 あるのは、直径数キロメートルに及ぶ、巨大なクレーターだけ。


 その中心に、俺たちの工場だけが、ぽつんと無傷で残されていた。


 まるで、荒野に立つ墓標のように。


『……攻撃主体は、衛星軌道上の帝国軍パトロール艦隊です』


 シズが淡々と報告する。


『彼らは、先日我々が地下で行った採掘作業の高エネルギー反応を感知し、調査もせずに「消去」を選択したようです』


「調査もせずに、核を落としたってのか……?」


 俺は拳をコンソールに叩きつけた。


 5等民をゴミとして捨てるだけじゃない。


 怪しい反応があれば、星ごと焼き払う。


 それが帝国のやり方か。


「……シズ、奴らはまだいるのか?第二波が来るなら、今度こそ防ぎきれるか分からんぞ」


『敵艦隊、離脱していきます。……どうやら、彼らは「目標を完全に破壊した」と誤認しているようです』


「誤認?工場はこうしてピンピンしてるし、こんな目立つ銀色の建物が残ってるんだぞ?見れば分かるはずだ」


 シズは首を横に振った。


『いいえ、見えていません。レベル2へのアップデートに伴い、この工場の外壁には「熱光学迷彩および電波ステルスシールド」が常時展開されています』


 シズが操作すると、モニターにシミュレーション映像が表示された。


 上空から見た工場の位置には、ただの「焼け焦げたクレーター」しか映っていない。


 レーダー波も、熱源も、すべて遮断、偽装されている。


『この工場のステルス性能は、帝国の最新レーダーをも欺きます。肉眼で至近距離まで近づかない限り、ここに建物があることは認識できません』


 なるほど。


 奴らはレーダー上の反応が消えたことを確認して、満足して帰っていったわけか。


 俺は安堵の息を吐いた。


 バレていない。


 まだ、生き残れる。


 だが。


「……マスター」


 シズが、強い口調で俺の名を呼んだ。


 振り返ると、彼女はかつてないほど真剣な表情で、俺を見つめていた。


「進言させてください」


「なんだ?」


「軍備を拡張してください。それも、自衛のための武器ではありません。あの空に浮かぶ艦隊を、撃ち落とすための『牙』が必要です」


 シズは天井を――その向こうにある宇宙を指差した。


「今回は、たまたま運が良かっただけです。ステルス機能のおかげで助かりましたが、もし奴らが目視確認のために降下してきていたら?もし、念には念を入れて、もう何十発も撃ち込まれていたら?……我々は、全滅していました」


 彼女の言う通りだ。


 俺たちは「隠れている」に過ぎない。


 ネズミが猫の目を盗んで生きているのと同じだ。


 だが、俺が作りたいのはそんな国じゃない。


 ルルが怯えずに歌える国だ。


 ギリアムが安心して眠れる国だ。


 そして何より、俺自身が胸を張って生きられる場所だ。


「もしこの工場の存在が露見すれば、彼らは艦隊を総動員してでも破壊しに来るでしょう。その時、今の私たちの装備では……守れません」


 シズが悔しそうに唇を噛んだ。


 彼女は、一騎当千の戦闘用ドロイドだ。


 地上の敵なら、何万いようと斬り伏せるだろう。


 だが、空からの攻撃には手も足も出ない。


 太刀は、宇宙船には届かないのだ。


 俺は目を閉じた。


 脳裏に浮かぶのは、震えるルルの顔。


 そして、俺をゴミのように捨てたグライムの嘲笑。


『精々、リサイクルされるといい』


 奴らの理不尽は、いつも上から降ってくる。


 ゴミも、命令も、爆弾も。


「……ふざけるな」


 俺は目を開けた。


 腹の底から、熱いものがこみ上げてくる。


 エンジニアの魂が燃えていた。


「やろうじゃねえか、シズ。お前の言う通りだ。隠れんぼは終わりだ」


 俺は工場内に戻った後、コンソールの前に立ち、レベル2で解放された「兵器開発リスト」を開いた。


 そこには、今までロックされていた物騒な設計図の数々が並んでいる。


 【高出力ビーム砲】【超長距離レールガン】【多層防御シールド発生装置】


「空から一方的に殴られるのは、もう御免だ。次に奴らが手を出してきた時、その手をへし折ってやる準備をする」


 俺はシズに向かってニヤリと笑った。


「忙しくなるぞ。まずは工場の対空防御システムを構築する。それから、ベンケイとアイアン・スネーク号を使って、もっと広範囲の資源を回収だ。いくらあっても足りないからな」


 シズが、パァッと表情を輝かせた。


 そして、スカートの端を摘み、優雅に礼をした。


「イエス・マスター。貴方様の国が、銀河最強の要塞国家となるその日まで。この身、粉骨砕身してお仕えします」


 ***


 その頃。


 惑星エンドの衛星軌道上。


 帝国軍パトロール艦隊旗艦のブリッジ。


 艦長の席に座る男が、冷ややかな目でメインスクリーンを眺めていた。


「異常反応、消滅を確認。ふん、旧時代の遺物か。塵一つ残さず消え失せた様だな」


 男の胸には、帝国宇宙軍の精鋭部隊であることを示す記章が輝いている。


 彼は、自分が破壊した地点に何があったのか、興味すら抱いていなかった。


 ただの機械の誤作動か、あるいは古い兵器の残骸か。


 いずれにせよ、神聖なる銀河帝国の秩序を乱すノイズは、排除されるべき運命にある。


「全艦、帰投する。次なる巡回ポイントへ」


 巨大な戦艦が、ゆっくりと船首を巡らせる。


 彼らは気付いていなかった。


 自分たちが落とした爆弾が、眠れる獅子を完全に目覚めさせてしまったことに。


 眼下の惑星には、彼らのセンサーには映らない、銀色の「敵意」が確かに育ち始めていた。

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