第6話 死の星の地下鉄

 異変が起きたのは、ルルの手術から二日が過ぎた昼下がりのことだった。


「ん〜〜〜♪」


 工場のメインホールに、ルルの鼻歌が響いていた。


 彼女は俺が作った「お掃除ドロイド」を追いかけながら、楽しそうに歌っている。


 それは言葉のないメロディだったが、聴く者の精神を安定させる不思議な周波数を含んでいた。


 ギリアムなどは「これを聞くと腰痛が治る」と言って拝んでいるほどだ。


 俺はコンソールで、今後の拡張計画を練っていた。


 水、食料、住居は確保した。


 次はエネルギー効率の改善と、防御壁の建設だ。


 平和そのものの時間。


 だが、シズだけが落ち着きなく周囲を警戒していた。


『……マスター。共振レベル、上昇中。地下深層エリアより、微弱な振動を検知』


「振動?地震か?」


『いいえ。地殻変動ではありません。規則的なパルスです。まるで、ルルの歌声に応答しているような……』


 その時だった。


 ズズズズズ……ッ!


 突如、工場全体が大きく揺れた。


 棚から工具が落ち、ルルが「きゃっ」と声を上げてしゃがみ込む。


「なんだ!?敵襲か!」


『熱源反応なし。振動源は……直下!地下セクターB-10エリアです!』


 地下B-10。


 この工場は地下深くまで続いているが、俺たちが使っているのはB-3層(居住区)までだ。


 それより下は瓦礫で埋まっているか、セキュリティロックがかかっていて入れない「開かずの間」だったはずだ。


「ルルの声が鍵になったってのか……?行くぞ、シズ!」


 俺たちは昇降機エレベーターに飛び乗った。


 ***


 地下10階。


 そこは、冷たい空気が澱む暗闇の世界だった。


 俺が懐中電灯で照らすと、分厚い防爆扉がゆっくりと――数万年分の錆を落としながら――開いていくところだった。


 その奥から、ヒュオオオという風切り音が聞こえる。


「……広いな」


 扉の向こうに広がっていたのは、巨大なドーム状の空間だった。


 天井の高さは30メートルはある。


 そして、床には無数のレールが敷かれ、奥の闇へと続いていた。


『解析完了。……マスター、これは「地下鉄メトロ」です』


地下鉄メトロだと?」


『はい。旧時代の惑星間輸送鉄道網のターミナル駅です。この路線は、惑星エンドの主要都市、軍事基地、および資源採掘場を地下で連結しています』


 俺は口笛を吹いた。


 惑星全土を網羅する地下トンネル網。


 地表は酸の雨と放射能の嵐だが、ここなら安全に移動できる。


 もしこの鉄道を復旧できれば、俺たちはこの星のどこへでも行けるようになり、各地に眠る遺跡から資源を回収し放題になる。


「大当たりだ。ルルのお手柄だな」


 俺がニヤリと笑った、その瞬間だった。


 ガシュゥゥゥン!!


 ドームの天井から、巨大な質量を持った「何か」が落下してきた。


 着地の衝撃でレールが歪み、土煙が舞い上がる。


 現れたのは、全高10メートルほどの巨体。


 人型だが、生物的な要素は皆無。


 全身が分厚い重装甲で覆われた、歩く要塞のようなドロイドだ。


 その頭部にあるモノアイが赤く輝き、俺たちを捉えた。


『警告。不法侵入者を検知。ターミナル防衛プロトコル起動。排除します』


 腹に響くような重低音の合成音声。


 汚染変異体ミュータントのような野生の獣ではない。


 明確な殺意を持った、旧時代の警備兵器だ。


「シズ、守れ!」


『了解!』


 シズが前に飛び出し、太刀を構える。


 敵ドロイドの腕が変形し、巨大なガトリング砲が現れた。


 銃口が回転し、火を噴く。


 ガガガガガガッ!!


 劣化ウラン弾の雨あられ。


 だが、シズは人間離れした反応速度で剣を振るい、弾丸をすべて弾き飛ばした。


 火花が散り、中、彼女はブースターを吹かして肉薄する。


斬断カット!』


 超振動する大剣が、重機兵の足を薙ぐ。


 だが――。


 キィィィィン!!


 甲高い金属音が響き、シズの剣が弾かれた。


 装甲の表面に、ハニカム状の光の膜が展開されている。


『エネルギーシールド!?物理攻撃、無効化されました!』


「マジかよ、一般駅の警備員にシールド持ちか?旧時代の治安はどうなってんだ!」


 敵ドロイドが反撃の拳を振るう。


 シズはバックステップで回避するが、衝撃波だけで吹き飛ばされ、壁に激突した。


 パワーも装甲も、桁違いだ。


 まともにやり合えば、シズでも無傷では済まない。


『マスター、出力リミッターを解除します。フルパワーでシールドごと貫通させます』


 シズの瞳が深紅に輝き、大剣の振動音が高まる。


 彼女ならやれるだろう。


 だが、そうすれば反動で彼女自身も傷つく。


 それに――。


「待てシズ!壊すな!」


 俺は叫んだ。


「あいつの装甲を見ろ!あれは『オリハルコン合金』だ!帝国でも皇族専用艦にしか使われない超レアメタルだぞ!あんなのバラバラにしたら勿体ないだろうが!」


『……は?』


 シズが呆気にとられて動きを止める。


 俺は目を輝かせていた。


 敵?


 違うな。


 あれは「宝箱」だ。


 いや、もっといい。


 あんな頑丈なボディ、一から作ったらいくらかかるか分からない。


 完成品が向こうから歩いてきたんだ。


「シズ、30秒だけ陽動しろ!絶対に破壊するな!傷一つ付けるな!俺があいつを『いただく』!」


『……無茶を言いますね、マスター』


 シズは苦笑しながらも、再び戦場へ舞い戻った。


 今度は攻撃ではなく、回避に徹して敵の注意を引きつける。


 その隙に、俺は柱の影から飛び出した。


 目指すは、敵ドロイドの背後。


 ああいう大型の自律兵器には、必ず外部接続用のメンテナンスハッチがあるはずだ。


 俺の「知識」が、敵の構造図を脳内に描画する。


 あそこだ。


 首の後ろ、装甲の継ぎ目!


「うおらぁぁぁっ!」


 俺はシズが敵をのけぞらせた瞬間、敵ドロイドの背中に飛び乗った。


 暴れる巨体にしがみつきながら、腰のツールを取り出し、ハッチをこじ開ける。


 中から現れた端子に、俺の携帯端末(ファクトリー制御用)を直結する。


『警告。不正アクセス。排除行動へ移行――』


「うるせえ!お前の管理者は今日から俺だ!」


 俺は端末を操作し、電光石火でハッキングコードを打ち込んだ。


 セキュリティファイアウォール?


 古い古い。


 この旧時代の暗号化パターンなんざ、亡き祖父に叩き込まれた基本中の基本だ。


 ――IFF(敵味方識別)領域、発見。


 ――管理者権限、書き換え。


 ――クロウ(マスター)。


「チェックメイトだ、ポンコツ!」


 俺がエンターキーを叩き込んだ瞬間。


 振り上げられていた敵ドロイドの拳が、俺の鼻先数センチでピタリと止まった。


 赤いモノアイが明滅し、そして――穏やかな青色へと変わる。


『……システム、更新完了。登録ID:クロウ様。――業務命令を待機します』


 その巨体をゆっくりと折り曲げ、俺を背中に乗せたまま跪いた。


 完全な服従の姿勢。


「ふぅ……。危ないところだった」


 俺は冷や汗を拭いながら、巨人の肩から降りた。


 シズが剣を納め、呆れた顔で近づいてくる。


『本当に奪ってしまうとは……。マスターの強欲さには、AIながら感心します』


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 俺は巨大ドロイドの装甲を撫でた。


 ひんやりとしたオリハルコンの感触。


 素晴らしい。


 こいつがいれば、重い資材の運搬も、トンネル掘削も、拠点の防衛も思いのままだ。


 現在の工場では作れない「超重量級ユニット」が現物で手に入った。


「よし、お前の名前は『ベンケイ』だ」


『認識しました。個体名:ベンケイ』


 無骨な巨人が、肯定の電子音を鳴らす。


「ベンケイ、状況を報告しろ。この地下鉄メトロは生きているか?」


『肯定。軌道列車の動力炉はスリープモードですが、再稼働可能です。ただし、多くの路線は落盤により寸断されています。現時点で運行可能なのは、北へ50キロ地点にある【第3資源採掘プラント】へのルートのみです』


 資源採掘プラント。


 その言葉に、俺の耳がピクリと反応した。


「そこには何がある?」


『旧時代に採掘されていた、高純度エネルギー鉱石の備蓄があります』


 俺とシズは顔を見合わせた。


 エネルギー鉱石。


 今、工場は廃棄物を分解してエネルギーにしているが、変換効率にはロスがある。


 もし純粋な燃料が手に入れば、工場の出力を数倍に引き上げることができる。


 そうすれば、もっと高度なもの――例えば、空を飛ぶ戦艦だって作れるかもしれない。


「決まりだな」


 俺はベンケイの肩を叩いた。


「次の目的地は第3プラントだ。俺たちの庭を、もっと広げに行くぞ」


 ***


 数時間後。


 俺たちは戦利品――もとい、新しい仲間であるベンケイを連れて、上層の居住区へ戻った。


「うわぁ……おおきい……」


 ルルは最初こそベンケイの巨体に怯えていたが、ベンケイが不器用に指先から小さなホログラムの花を出してみせると(俺が即興でプログラムした接待機能だ)、すぐに打ち解けた。


 今ではベンケイの巨大な掌の上に乗って、高い高いをしてもらっている。


 ギリアムはその光景を見ながら、感極まったように髭を震わせていた。


地下鉄メトロ網に、旧時代の巨大ドロイド……。クロウ殿、貴方は本当に、この星を征服してしまうかもしれませんな」


「征服なんて興味ないよ。俺はただ、快適な家を作りたいだけだ」


 俺は肩をすくめた。


 だが、手持ちのカードは確実に増えている。


 エンジニアクロウ決戦兵器シズ参謀ギリアム歌姫ルル、そして巨大ドロイドベンケイ


 チームらしくなってきた。


 その夜。


 俺はベッドの中で、入手した地下鉄メトロ網のマップデータを眺めていた。


 この路線図は、まるで血管のように惑星エンドの地下に張り巡らされている。


 これをすべて制圧した時、この星はただのゴミ捨て場ではなく、一つの巨大な要塞へと変貌するだろう。


 帝国よ。


 今はまだ、お前たちは俺たちの存在に気づいていないだろう。


 だが、地下深くで歯車は回り始めた。


 いつか、お前たちが捨てたゴミが、喉元に喰らいつくその日まで――精々、高い空の上でふんぞり返っているがいい。


 俺は端末の電源を落とし、心地よい疲労と共に眠りについた。


 地下からは、再稼働したベンケイの駆動音が、頼もしい鼓動のように響いていた。

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