ミチコ、少女の卵をもらう

一陽吉

はてどうしたものか

 う~む。


 どうしたものか。


 私が住むマンションのリビングにあるテーブルの上で鎮座する、これ。


 卵。


 見た目はニワトリの卵と同じ形をしていて白く、見慣れたものでよいのだが、問題は大きさ。


 だいたい五十センチくらいある。


 しかも立っている状態。


 何もしていないのに立っているのだからコロンブスさんもびっくりだ。


 そもそもこの卵は昨夜、公園でもらったもの。


 企画が大成功し、臨時報酬も得たので、気を良くした私はがっつり飲んで、普段なら買わない日本酒を手に近道である公園を通って帰っていたところ、女魔法使いと出会った。


 黒いとんがり帽子に黒い魔導服を着た、典型的な魔法使いの恰好をした十五歳くらいの女の子が、公園にある木製ベンチに座っていたのよね。


 外灯に照らされて見えるその表情はとても困っているようだから、思わず声をかけた──。






「こんばんは」


「!?」


「ああ、警戒しなくていいよ。通りかかったただの酔っ払い。なんか困った顔をしてたからさ、放っておけなくてね。お姉さんで良ければ話を聞くし、できることなら力になるよ」


「……」


「その格好、コスプレ? それにしては随分と実用的に使い込まれているかんじだけど」


「あなたは、大丈夫な人のようですね。じつは私、こことは違う世界からきた魔法使いで新しく覚えた転移魔法を使ったんです。魔法は成功してこの世界に来たまではよかったのですが、魔法薬を持ってくるのを忘れてしまい、どうしようかと思いまして」


「なるほどね。この世界で魔法は皆無と言っていいからなあ。薬はあっても魔法に関連したものはないもんな~」


「転移に使う魔法薬そのものは魔法を使わなくても生成できるのですが──」


「どうしたの?」


「あなたの口から魔法薬の匂いがするのですが、もしかして飲んでます?」


「魔法薬なんか飲んでないよ。私が飲んでるのこれ、特殊吟醸・鬼咬おにがみ。鬼にも咬まれたと思わせるほど強烈でくせの強いお酒」


「お酒、ですか。すいません、一滴、手の平にいただけませんか?」


「いいよ」


「──やっぱり」


「?」


「これ、魔法薬です」


「マジで?」


「はい。この世界ではお酒のようですが、私たちの世界では魔法薬です。それで、その……、お願いなのですが、それを譲っていただけないでしょうか?」


「鬼咬を?」


「もちろん、ただでとは言いません。こちらをお渡しします!」


「卵?」


「これは単一生殖を可能とする卵です。孵ればあなたの子として従順に尽くしてくれます!」


「私の子か。じゃあ、これ、温めればいいの?」


「いえ、そばにあるだけであなたの生体波動を吸収しますから特別に何かをする必要はありません」


「そうなんだ。まあ、一人暮らしだし、家事を手伝ってくれる子ができるのならいいかな」


「ありがとうございます!!」






 ──そう言って鬼咬と卵を交換。


 魔法使いの子は日本酒である鬼咬を魔法薬の液体として空中に魔方陣を描いて帰っていったのよね。


 そしていま。


 私の手におさまるくらいの大きさだった卵が一晩経ってここまで成長している。


 いやいやいや。


 成長というなら卵から孵ってのことだろうに、卵が成長するとは、やはり異世界のものだからだろうか。


 て。


 卵が左右、小刻みに動きはじめた。


 その衝撃で殻にひびが入ってる。


 え?


 いま生まれるの?


 いま?


 あ。


 殻が割れた。


 中から現れたのは黒髪ロングでグリーンアイズの小さな女子。


 写真で見た幼い頃の私とそっくりだ。


「初めまして母上様。あなたの娘でございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 そして目と目があうと正座して三つ指を立て、頭を下げて挨拶をした。


 うわあ。


 生まれたてでここまでできちゃうんだ。


 すごい。


 でも、なんか母性をくすぐられちゃう。


「初めまして。私はミチコ。よろしくね」


「はい」


 顔を上げにっこり微笑む娘。


 かわいい……。


 あ、そうだ。


 名まえを考えなくちゃ!

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ミチコ、少女の卵をもらう 一陽吉 @ninomae_youkich

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