第2話 少し前、始まり
「いよしっ! クリアァァァ!」
自室で一人、ゲームを終えてVRゴーグルを脱ぎ捨てながら叫んだ。
フルダイブと呼ばれる、まるでその世界に入ってしまったかのような臨場感が味わえる新しいゲーム機器。
とは言っても、この技術も随分と昔に発表されたもので。
今私が遊んでいるソレが、発売されたばかりの新しいモデルというだけなのだが。
リアルの方ではまるで眠っているかのような状態で、本人は五感全てを使ってゲーム世界にダイブ出来るという……もう人類天才か? と、よく分からない感想を残してしまう様な環境。
そういったモノに……まぁ見事にハマってしまったのが私、という訳だ。
現在高校生という立場で、本来は物凄くお高い代物のコレで遊べる理由。
それが。
「お、お兄ちゃ~ん? 起きてる……?」
深夜の為物凄く小さな声を上げながら隣の部屋まで歩き、コンコンッと控えめにノックしてみると。
「ん~……おぅ、さっきの
「ご、ごめん……嬉しくてつい。やっとクリア出来たから……」
物凄く眠そうな顔で扉から顔を出した、私の兄。
この人こそ、人生の救世主と言っても良い存在。
実家で息苦しくお堅い生活を送り、もう嫌だぁぁぁ! と感情が爆発した私を「んじゃウチに来い」ってあっさり拾ってくれた人。
ついでに言うとゲーム開発系のお仕事をしておられ、兄のマンションにはこういった最新機器が結構揃っているのだ。
最初こそ、精神的に色々不安定になった私の遊び道具として貸してくれたのだが。
今ではこの通り、見事なゲームオタクが誕生してしまいましたという訳だ。
とはいえ、度々お仕事のお手伝いというか……デバックだったり、お試しプレイなんかでも協力を求められたりもしているのだけれど。
私にとっては、まだ発売前のゲームに触れられるという、物凄く好条件なお手伝いでしかない。
元々実家ではゲームなんて禁止されていたし、現代らしい娯楽は殆ど許されなかった。
その反動でどっぷりハマったと言っても過言ではないだろう。
なんて言い訳もしたくなるけど……学校で他の子達を見ても、女子の面々がやりそうなゲームではないのは確か。
クラスメイトが話しているのをチラッと聞いた限りでは、なんか皆……緩い系というか。
もっと“片手間に遊ぶ”程度のモノしかやっていないみたいだし。
実際にそういうお話どころか、ごく普通の会話すら出来ないぼっちではあるんだけど。
ちなみに今回はかなり難易度高めに設定された、所謂“死にゲー”と呼ばれる類の物。
まず間違いなく、同世代の女の子達はやらないだろう。
けど兄が務める会社のゲームは、基本的にこういうのが多いので。
必然的に、私が好むゲームは結構エグイ難易度になってしまった訳だ。
「終わったんだ? 相変らず、飲み込みが早いな。というかスゲェな……」
「え、えへへ……それで、今回のは何を報告すれば良いの?」
「あ~うん、それなんだけどさ」
思いっ切り眠そうな感じでポリポリと頭を搔きながら、兄は一本のゲームソフトを手渡して来た。
パッケージにも何も書いていないし、これはもしかして……また開発中のゲーム!?
思わず興奮を覚え、カッ! と目を見開いてしまったが。
「やるのはもう明日な? 今日は寝ろ。んで、前のゲームクリアしたお前から見て、そのゲームの難易度は適切かどうか。あと体感とかのテストプレイよろしく、何かバグ見つけたら教えて。ほんと、お試し程度で良いから」
「分かった!」
「もう一回言うけど、やるのは明日な? それから、分かってるとは思うけど……それ、まだ未発売の作品だから。オンラインでは繋がない様に」
「分かった! いつも通りぼっちでプレイする!」
「……うん、まぁソレに関しては安心なんだけど。普通に遊ぶゲームならオンラインやれよ……ネットの中までぼっちするなよ」
なんかエグイお言葉を頂いた気がするが、とにかく受け取ったソフトを胸に抱えて自分の部屋へと戻った。
またお兄ちゃんの所が作ってる作品かぁ……どんなのだろう?
やっぱり笑っちゃうくらい難易度高いヤツかな? それとも物凄く頭使う系かな?
今日は寝ろと言われたのに、今からワクワクしてしまってちょっと眠れそうにない。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ……などと思いつつ、放りだしたVRゴーグルを頭に装着したところで。
『寝なさい、明日も学校です』
ゴーグル内に、そんなメッセージが表示されてしまった。
どうやら保護者機能を使われたらしく、ゲームへのアクセスが出来なくなってしまったではないか。
ちぇっ、ちょっとくらい良いじゃないか。
なんて思いつつも、諦めてベッドに横になったままゴーグルを外した。
まぁ確かに、学生なら寝ている時間ではあるけど。
というか普通の生活を送っている人なら、大体眠る時間だろう。
気づいたら午前3時を回ってるし。
とはいえコレが、今の私にとっては唯一の癒しなのだ。
普通の事を普通に出来なかった、というかリアルの世界に馴染めなかった半端者。
勉強はそれなりに頑張ったつもりだけど、いつまで経っても一番になれずに親から怒られた。
学校でも上手くコミュニケーションが取れず、高校に入ってまで未だにぼっち。
まぁ娯楽系を殆ど禁止されていたので、会話など続くはずもないけど。
多分兄が私の事を実家から引っ張り出してくれなかったら、それこそ人生に何も意味なんて見出せなかった事だろう。
何も楽しいと思えず、淡々と誰かの言う通りに過ごしていたと思う。
いや、そんな事を続けていたから感情が爆発したのだから……あのまま実家に居たら、変な方向に荒れていたのかもしれない。
そんな事言っても、部屋に引き籠るくらいしか反抗手段なんて思いつかないけど。
そういう意味でも、私にとって兄は救世主と言える存在だったのだ。
環境をガラッと変えてくれて、学校にさえ行けばいくらでも“遊ぶ”事を許可してくれる。
実家ではあんまり喋った事が無かった、というより両親から兄に関わらない様に仕向けられていた感じだったけど。
けど、今では。
「お兄ちゃんが作ったゲーム……早くやりたいなぁ……」
私の中で、この世で一番尊敬する人にまでなっているのだ。
やる事をやっていれば、自由にして良いって言ってくれる。
けど間違った事があれば叱って来るし、その理由だってちゃんと教えてくれる。
そして何より……私が頑張った時には、ちゃんと褒めてくれるのだ。
普通だったら当たり前って思われる様な事全てが、私にとっては特別だった。
だからこそ、そんな尊敬する人から今日はゲーム禁止って言われたのなら……当然、止める他無い訳で。
「でも……でもぉぉ……」
気になる、物凄く気になる。
受け取ったこのゲームソフト、パッケージには何も書かれていないから、ジャンルすら分からないのだ。
起動してからのお楽しみ、だというのに明日は学校。
帰って来てからじゃないと、どんなモノなのかすら分からない。
うぉぉぉ……そんなぁ……こんなの、明日一日中気になるヤツじゃん。
ちょっとだけムスーっとしながらも、とりあえず本日は眠る事に決定。
学校が終わったら即帰宅しよう、いつもの事だけど。
そんでもって、許される限りこのゲームに時間を使うのだ。
という事で、枕元に未知のゲームソフトを置いてから、静かに瞼を下ろすのであった。
分かってはいたけど……全然眠れる気がしない。
明日、授業中居眠りするかも……後で教科書丸暗記しよう。
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