ガンズオンライン

くろぬか

第1話 エンカウント性のボス


「近い内に、“賞金首”を狩る」


「あーはいはい、頑張って」


 とあるバーで集まって居た男達が、えらく軽い雰囲気でそんな会話を繰り広げていた。

 とはいえ、その姿は誰も彼も戦闘装備。

 皆厳つい格好をしているし、それこそ身体中に銃火器を装備している勢いだ。

 そして先程少々物騒な事を言っていた男が、ちょいちょいっと指を揺すってみせると。

 狭いバーの中には、少々多すぎるとも思える人数の男達が入って来た。

 元々その場に居た人達はこれに驚いた様な様子を見せるが、誰も彼も逃げ出したりはしない。

 ここに居るのは、誰も彼もご同類。

 だからこそ、なのか。

 皆ニヤニヤと、いやらしいとも思える様な表情を浮かべていた。


「“賞金首”は、俺等みたいなのを狙って現れる。だったら、悪さしているヤツ等を一か所に集めちまえば、向こうから寄って来るだろう?」


「ハハッ、おっかねぇ話だ。まさに“正義の味方”ってか? とはいえそういう噂が出てる上、実際俺等みたいな奴等が狩られたって報告は少なくねぇなぁ?」


 などと冗談みたいに言い放っているが、実のところ皆乗り気ではいるのか。

 元々バーに居た面々まで、しっかりと武器を準備し始めたではないか。


「報酬は?」


「アイツ等を殺した場合の賞金額はかなりデカイ、だが最後の一撃を与えた奴に支払われるシステムだ。だからこそ今から役割分担をして、大きな仕事をした奴から順に正当な報酬を――」


 そんな会話をしている彼等の前に、ピンが抜けた状態の手榴弾がポトッと降って来る。

 開いていた窓から、急に投げ込まれたソレに対して。

 誰もが「え?」と呆けた表情を浮かべた瞬間、それが弾けて周囲に居た人たちは重傷を負いながら吹っ飛んだ。

 なんて、優しい表現でしかないのだろうが。

 爆発音でおかしくなってしまった盗聴器からはノイズが聞こえ、耳から外したイヤホンを道端に投げ捨ててみれば。

 店の中からは、非常に慌てた様子の男達が武器を構えて飛び出して来た。

 これに対して、端から銃弾を叩き込んでいく。

 防弾ベストなんかをしっかりと着こんでいるから、なるべく近付いて額に銃口をしっかり向けて。

 トラブルが起きた後、慌てふためいた人達を相手にするのはとても簡単だ。

 そのまま未だ煙が立ち込めているバーの中に踏み込み、連続で引き金を引き絞って行けば。


「ふ、ふざけんな! こんなの有りかよ!? しかも無表情にスーツ姿のおっさんって……よりにもよってシック――」


 誰とも分からない人が叫んでいたが、その人の額に向けてズドン。

 あとは倒れている人達も含め、それぞれ残っていた人物に銃弾を撃ち込んでから。

 静かに、また夜の街へと歩き出した。

 そしてポケットからスマホを取り出し、耳に当てて。


「お兄ちゃん、終わったよ」


『うい、アルバイトお疲れさん。本日もお見事、流石は“シックス”。悪い子の元にやって来る怖いお話の登場人物、ブギーマンなんて呼ばれ始めてるだけの事はあるな。なかなか絵になって来たんじゃないか? “夢月むつき”』


「ゲーム中は、本名で呼ばないでよぉ……」


 そう、これはゲーム。

 『ガンズオンライン』

 新しく始まったフルダイブ型のVRオンラインゲーム。

 名前が結構シンプルだけど、内容もわりとシンプル。

 プレイヤーは“ただの一般人”から始まり、自らのアバターを育てていくという。

 しかしながらこの数字の変化は微々たるもので、ほとんどが本人の認識速度によって決まって来ると言っても良い。

 ガンシューティングには珍しいらしいけど、アバターを育てるタイプのアクションゲームという訳だ。

 自らの身体能力にアバターを近付ける程動きやすくなるのは当然の事、それ以上に育てたって問題はない。

 だが、その場合に発生する“認識の誤差”に思考が困惑するのも必然。

 もっと言うのなら、あまりにも高い能力値があったところで、扱い切れないのが人間というものだ。

 素人がレーシングカーに乗っても、その能力を持て余してしまうのと一緒。

 だからアバターを育てると同時に、自らの認識速度も成長させていかないと“バランス”が取れないゲーム。

 そしてゲームキャラだけ強くした所で、この世界で扱う武器は銃火器。

 頭や心臓に鉛玉を撃ち込まれれば、いくら身体能力が高くても即死亡判定を貰ってしまうというピーキーな世界でもあるのだ。


『これは“運営専用”の回線だから聞かれる心配は無いよ。むしろ防弾スーツ着てる殺し屋風のおっさんから、それもボイスチェンジャーが掛かった渋い声で、毎回妹と同じ口調で“お兄ちゃん”って呼ばれる俺の身にもなれ、普通に怖いわ』


「ご、ごめん……」


『いやまぁ、こればっかりは仕方ないんだけどな? お前の見た目をそのまま使う訳にもいかないし、そもそも夢月は運営側の“エネミー”として働いて貰ってる訳だし。どうしたってこっちが用意した神出鬼没のフィールドボスってなると、色んなところでヘイトを買うからな』


 私がやっているアルバイト、というかお兄ちゃんの手伝い。

 プレイヤーに紛れて、おかしな事をしている人が居ないかっていう調査……自体は、普通に運営会社の人たちがやっているみたいだけど。

 こちらに任されたのは、ゲーム内の“治安維持”活動という名目が大きい。

 リアルマネーを用いたアカウントの売買とか、それこそ個人情報を探ろうとする人とか。

 そういうのは、運営の方で即BAN出来るらしいのだが。

 所謂嫌がらせとか、新人狩りみたいなプレイヤーに対しては、どうしてもルールに則っている状態で行っている連中が多いそうで。

 警告は出来ても、直接的な対処がし辛い。

 そこで登場させたのが、運営から直接送り出される殺し屋。

 普通のゲーム言う所のエンカウント性エネミーに近いが、ちゃんとプレイヤー中身の居る運営側専用のキャラクター。

 そして私が演じているのは、“賞金首”と名の付いた強キャラ。

 つまりユーザー側にとっては、討伐さえ出来るならボーナスキャラでもあるという訳だ。

 単純に強いNPCでも良かったのだが、ゲームの世界観を壊してしまいかねないらしいので。

 このゲームは非常に繊細かつ大胆。

 街中にもノンプレイヤーキャラクターとして一般人は居るし、プレイヤーもうじゃうじゃ。

 そんな中、他人の目を避けつつ対人戦を繰り広げるという、まさに映画に出て来るスパイや殺し屋みたいな存在を体験出来るというゲームな訳だ。

 そこに登場するウォンテッド。

 殺し屋を殺す存在として、特殊条件を付けた上で運営が用意した存在。

 此方に狩られた者は結構なバッドステータスを長期間貰う事になり、これまでの様にゲームを満喫する事が出来なくなる。

 これだけならただの嫌がらせ、それこそアカウントを変えるだけの者が続出しそうなものだが。

 私みたいな存在を討伐した者にはかなりの報酬が用意されている、というのがなかなかユーザー側にも無視できない条件の様で。

 まぁ、本当の意味で“賞金首”となっている訳だ。

 遭遇しただけでも、結構話題になる程度には。

 その為新規キャラクターを作るより、これまで育てたキャラで再度挑戦するプレイヤーの方が多い様で。

 とまぁそんな事情もあり、私が負ける事は基本的に許されないという。

 この状態で、問題を起こしているプレイヤーを全部狩る。

 ルールに則った上で、運営からのサポートを最小限にしたまま、正々堂々と力でねじ伏せる。

 何とも野蛮で、強硬過ぎる作戦に出たのが……このゲームの運営陣という形だ。

 ちなみに、賞金首メンバーを倒す為数多くのプレイヤーが数多の課金を繰り返し、大元としてはかなり潤っているそうです。

 良かったね、うん、順調そうで。

 まぁ、真っ当なプレイをしている人のところには、私行かないんだけどね。

 そういうイベントでもない限り。


『とりあえずお疲れさん。今回の奴等はかなり手広くやってたっぽくてな、そっちのエリアの新規プレイヤーがガッツリ減ってたんだわ。勢力図もコレでかなり更新出来るから、またそこら辺もご新規さんで溢れると思うよ』


「そうなんだ。じゃぁ、良かった。お兄ちゃんが作ったゲーム、怖い人達のせいで楽しめない人が出るのは、嫌だから」


『頼む、そういう台詞は俺が家に帰ってからリアルで言ってくれ。その怖い人達を狩り尽くした渋いおっさんに言われてもゾワゾワする』


「ご、ごめん……」


 そんな会話をしながらも、公衆電話のボックスへ。

 このゲームにおいて、特定のホテルの個室か固定電話が安全なログアウトポイントとなっている。

 ホテルなら全回復、電話ならある程度の距離は別の場所へテレポート的な事も出来るというシステム。

 後者のテレポートを使った場合は、対戦からの逃亡、またはリスポーン狩り防止の対処方な為、再ログインに結構な時間が掛かってしまうが。

 まぁ運営チームに加わっている私には、ログイン場所なんかはあんまり関係ないんだけどね。

 とはいえキャラクターとしては、運営特権は貰っているにしろ……ふざけたまでの“チートキャラ”という訳では無いのだ。

 能力値は私が育てたものだし、これに適応する能力も私自身のもの。

 助けてもらっているのは、ちょっとしたシステムアシスト……こっちもある意味人力だけど。

 あとは武装の類だけ、これもプレイヤーと比べ物にならないって事は全くない能力値。

 なので、逆を言えば。

 私より強い人なら、平気で狩れる“レイドボス”とも言える存在。

 こんな中途半端な立ち位置だからこそ、プレイヤーは必死で賞金首を探すし。

 私みたいな存在を狩ろうと躍起になっているという訳だ。

 此方のプレイスタイルも知れ渡っている以上、報酬目当てに此方を見つけようとする。

 もしも目的外の人達と遭遇戦になってしまえば、こっちだって戦う他なくなるのだから。

 これが、私にとっての“ガンズオンライン”。

 周囲のプレイヤー全てから狙われながら、狩人を演じる。

 それが……まだ学生アルバイトである、私の仕事。


「それじゃ、ログアウトするね。忙しくても、早めに帰って来てね?」


『おう、今日はそれなりの時間に帰れそうだから。お前はちゃんと飯食って寝ろ、良いな? 学生は、勉学が本分だぞ?』


「はーい」


 そんな会話をしてから、私は公衆電話の受話器を耳に当ててからログアウト。

 そして再び瞼を開けてみれば……見慣れた、自室の天井が視界に映った。

 VRゴーグルを外し、そのまま鏡の前まで歩いてみれば。


「こんなのが“賞金首”だなんて、誰も思わないよね……」


 鏡に映っているのは……着古したダボダボのパーカーを羽織った、暗そうな女子。

 最近ゲームをやり過ぎてクマが出来ているし、これと言って特徴も無い中途半端な見た目。

 私くらいの年代を、華の女子高生! なんて昔は言われていたみたいだけど。

 とてもじゃないが私には似合わない言葉だと思う。

 見て分かる程に、陰キャ。

 苦手な事、対人、会話。

 得意な事、ゲームと……一応、勉強はそれなり。

 元々独り暮らしだったお兄ちゃんのアパート、というか社宅に転がり込んだどうしようもない未成年。

 そんなのが、鏡の前でニヘラッと不器用に笑っていた。

 うーむ……我ながら、ダサい。

 寝間着にしても、もう少し良いのを買いなよ、お給料貰ってるんだから。

 などと自分にツッコミを入れてため息を零し、お風呂場へと向かって行った。

 もう結構な時間だから、シャワーだけ浴びて早く寝ないと。

 明日も学校かぁ……嫌だなぁ……ゲームしたい。

 物凄く不真面目な事を考えつつも、これから帰って来るであろう兄の夜食だけは作っておくのであった。

 それこそ、このゲームに関わった頃は……こんな状況になるとは、全然思っていなかったのに。

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