第8話 天使のお仕事は①
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バナスシティに大きな公園は三ケ所ある。
その中でも市内最大のショッピングモールに隣接した公園は広大過ぎて森と言ってもいいくらいの規模だった。森の中心部とその周辺には人工的な沢も作られ鳥がさえずり小動物が放し飼いにされていて遊歩道を歩けば景観を楽しみながら散策することが出来た。外周には遊具だけでなくアスレチックコースも作られ、子供達に人気の動物と触れ合う場所もあったし噴水や広い芝生に花壇、ベンチも設置され移動式軽食カーも店を出しているので市民の憩いの場所にもなっている。カップルや家族連れ、ジョギングを楽しむ人の姿もあったが、この時間帯は昼休憩で訪れるサラリーマンも多く、くつろぎながら食事をしている光景が見られた。
今日は晴れていて心地よい。
リップはというとベンチに腰を下ろしクレープを二つ、それぞれの手に持つと左右交互に嬉しそうに頬張っていた。
「味覚がおかしくならないか?」
左にコーンたっぷりのハムとサラダのクレープ、右には苺とバナナとメロンにチョコ生クリームクレープを手にしている。おかずクレープをオレは初めて見た気がする。
「餡子たっぷりの饅頭と塩気の効いた煎餅を交互に食べている感じかな。甘いのを食べると塩辛いものが食べたくなるでしょう?」
小動物を思わせるような笑顔だ。こういう表情は年相応に見えるから和むが。
「リップお前、ずいぶん渋いこと言うなぁ」
周囲を見回すとつけられているような気配もなく、銀河保安局調査官がやってくる様子もなかった。
まあいいかとオレもベンチに腰を下ろし、買ってきた珈琲を脇に置き、紙袋からホットドックを取り出すのだった。
「ディって子とは付き合い長いの?」
「う~ん。半年くらいかな」
「良い子よね。素直そうだし、性格も良さそう」
「一見しただけでディの良さが分かるなんて見所あるな。たいがいは美人だとか容姿から入るのに」
「上から目線なのが気になるけれど、あんな子そうそういないでしょうからね。ダイチも苦労しているでしょうし」
「釣り合わないとか直接言われたこともあるよ。まあ、開き直るしかないと思っているけれどね」
「ちょっと変わった雰囲気もあるけれど、本当に素直で性格も良いんでしょ?」
「当然だろう。欠点探すのも大変なくらいで、オレにはもったいないくらいだよ」
「やっかむ人も多いだろうね。大切にしなさいよ。ダイチは気が利かなそうだし」
「リップの言うとおりだ」それは自覚している。「ディは何でも出来ちゃうから、どう大切にしたらいいのか分からなくなるけれど、まあオレなりにやっているつもりかな。とりあえずオレが愛想つかされないうちは一緒にいるつもり」
「愛想つかれないようにするんじゃないのね」
「取り繕いながら付き合っても仕方がないよ。オレはオレだし、自分をさらけ出して、ディに見てもらうようにしている。それでダメだったら、諦めもつく」
「ダイチも表情とか感情が表に出やすいタイプのようだからね。でも大丈夫じゃないの」
「何で人生相談みたいになってんだよ」
「気にしない、気にしない」リップは素早い動きで、オレが手にしたホットドックにかぶりついてきた。「微笑ましいだけよ」
三分の一は持って行かれたな……。獣みたいな動きについて行けなかった。
「リジアン・デニスンとはどういう関係なんだよ?」
「育ての親かな。面倒見ていたのはわたしの方かもしれないけれど」
親のカードをそのまま持っていたっていうことか?
「じゃあ出身はどこなんだ?」
こまっしゃくれてはいるが、こんな子が犯罪に加担しているということがなんか不憫に思えてくる。
「不便はあるけれど、今の生活も悪くないよ」オレの表情から考えを読んだのだろうか、そう言ってリップは笑った。「わたしはティーマ生まれのティーマ育ちだし」
「嘘だろう? ディがティーマ中のデータバンクをあさっていたのに、リップに該当する情報は出てこなかったんだぞ」
「それはご苦労様」口の周りについたクリームを拭うと手についたクリームまでおいしくなめていた。
「痕跡を消したとか、市民権持っていないとかじゃないだろうな?」
「生粋のこの星の子だよ」
「年、幾つだよ?」
「二億歳」
「だから学校にも行っていないし、仕事もしていないとか言うんじゃないだろうな」
「その通りだよ。それにしても怒らないんだね? 女性に年齢を訊くんじゃないって言えばよかったかな」
「そういう風に言われた方が腹が立つな。まあ隠したくなる理由があるなら仕方がないんじゃないか。それにオレは調査官でも何でもないんだからな」
「信じてないな」リップは微笑む。「わたしのことはカードから知ったんでしょう? 保安局なめていたわ」
「口座はどうしたんだよ?」
「リジアンが用意してくれた。おかげで都市部での生活はあまり困らなかったな」
「偽造なのは問題だけれど、良い人だったんだな」
「そうね。でもやっぱり通話に使ってしまったのは失敗だったな。おかげで使いづらくなってしまったわ」
「だからってオレにたかるな」
ホットドックが狙われているのは分かっていたので、今度は食いつかれないように一気に頬張ってしまう。リップの残念そうな顔が可笑しかった。
「答える対価のようなものよ。それに人とこうして話をするのも久しぶりだから、ダイチと話をするのは楽しいかもね」
「隠遁生活でもしていたか? 薄汚れた服を何とかしろよ。着替えくらい持ってんだろう?」
「見た目気にしないのはあなたと同じような気がするけれど」
「余計なお世話だ。リップはこの公園で生活しているんじゃないだろうな。人の来ないような場所に隠れ家を作って生活しているとか」
それだったら服が汚れているのも頷けそうだ。
「エネルギーや火を使ったら、夜間の監視ドローンにバレてすぐに追い出されるわよ」
「そりゃあそうか、それで何でオレのところに現われたんだよ? 面倒に巻き込まれるのは勘弁してほしいけれど、知りたいことは山ほどあるんだ」
「本当にダイチは良い人だわ」
リップも最後に残ったおかずクレープを大きく口を開けて頬張る。
「ごまかすなよ。お前、あの爆破犯の一味なのか?」
「違うわよ。あの連中とは一切関係はないわ。ただわたし自身プラントの建設を止めたかっただけ」
赤い目が本気だと言っているようだった。
「紛らわしい。関係ないなら保安局に言えよ。目を付けられてんだぞ」
「わたしの立場も面倒だからね」肩を竦める。
「立場ってなぁ。リップ、お前、何者なんだよ?」
「何者かぁ」ふと遠くを見たような気がする。「わたしはプラントの建設を阻止したかったから、あの連中の企みに一部乗っかってしまった」
「完全に阻止できたってことか、たいした自信だな。もしかして死人が出なかったのは、リップのおかげなのか? あの連中って言うのは、どんな奴らなんだ?」
「第二地殻エネルギープラントは思った以上に工事が進んでいたからね。地殻に影響が出ないように建物だけを壊すのは骨が折れたわ。誤算だったのはあの輸送機よ。思った以上に燃料の高純度エネルギーを搭載していたの。気付いたときには遠ざけるのもあれ以上無理だったし、おかげであの辺りは黒焦げの丸焼けになってしまうわ、地形が変わってしまうわで、どうしてくれようかと思ったわ」
なんか怒りの炎を背負っているように見えたのは気のせいか?
「影響が出なければいいんだけれど」
盛大なため息をついて肩を落とすリップだった。
「それはご愁傷様」
頭を軽く撫でると髪の毛の手触りが良くて驚いてしまった。
「慰めてくれているのなら、もう少しクレープ奢ってくれないかな。ホットドックでもいいよ」
「よっぽど腹が減ってんのかよ」
ちゃんと食事しに行った方が良くないかと思いながら、紙袋にもうひとつ買っておいたホットドックを与えた。
リップは目を輝かせ、受け取ると足をブラブラさせながら一口食べている。
「ダイチは地球ガイア主義者を知っているかしら?」
「あ~」また面倒な名称が出てきたな。「地球人は宇宙進出を止めて地球へ帰れって言っている連中で、惑星改造といった宇宙の自然破壊に異を唱えている過激な連中」
在籍していた大学にもいたなぁ……。
「宇宙の秩序とか言っているわよね」
数年前、インバスタルという狂信的ガイア主義者の団体が銀河系の幾つかの惑星を巻き込んでテロ行為に及んだのは記憶に新しい。
「実はね、秘密にされているけれどティーマでも、インバスタルのテロが裏では起きていたのよ」
「嘘だろう!」オレその頃にはティーマに住んでいたんだぞ。「知らなかった……」
「声を抑えなさいって、感情が表に出すぎよ」
「よく言われる」目立っていないか周囲を見回してしまう。「その連中がまた現れてティーマを狙っているっていうのか?」
「うまく潜んでいたようだわ。トロイの木馬みたいなものなのかしら、覚醒して当時使い損ねたプログラムと兵器を起動させたよ」
「手始めが、昨日の事件?」
「そういうところは察しが良いから不思議よね」リップはクスリと笑う。「そのプログラムが本当に起動したら、星が吹き飛ぶかもしれない」
「それを銀河保安局に言えばいいだろう?」
「証拠が無いし、わたしでは信じてはもらえない」政府コールセンターへの通話の件だろうか、リップはため息をつく。「それに言ったよね。わたしもプラントの建設は阻止したいの」
「あ~っ、面倒くさいな。なんでプラント建設がダメなんだよ?」
「建設場所が悪すぎるの。神聖かつ重要な地点の近くによ。ありえないわ」
「星のヘソだとか言うんじゃないだろうな」ウラヌさんの地形云々という話を思い出してしまった。「それとも変な神様でも信じているのか?」
「違うわよ。本当にあそこは駄目なのよ。星が滅ぶわ。ティーマの人々が消滅してしまうのよ」
「意味が分からねぇよ」声を荒げているのが自分でも分かってしまう。「それでリップはこれから何がしたいんだ?」
「とりあえずプラント建設は中断しているから、テロリストを何とかしたいのよね」
「銀河保安局に駆け込むのか?」
「わたしが拘束されてしまうし、この星の保安局はあまり当てにならないのよね。だからダイチの相方さんにお願いしようかなと」
「オレ達は一般市民だぞ」
「でも前回、テロリストの兵器を阻止し無効化したのは相方さんの所属先なのよね」
「冗談……じゃないのかよ。公表もされていないのに、何でそんなことまで知ってるんだ?」
「ひ・み・つ」
可愛く言っているが、相当なタヌキだな、こいつ。ため息しか出てこない。
「だったらディに連絡付けよう」
「じゃあ頼んでおいて、わたしは行くわ。時間みたい」
「なんでだよ? リップがディに頼むんだろう」
「怖い人たちに嗅ぎ付けられたみたいなのよね」
「銀河保安局か?」
それには答えずリップはベンチから離れようとする。彼女の腕を慌てて掴もうとすると、素早く動かれ彼女は視界から一瞬で消えてしまう。すぐに立ち上がり周囲を見回そうとすると背中を押されバランスを崩しオレは地面に手をついた。
「本当は服を買うのにも付き合ってもらいたかったけれど、ディによろしくね。また会いましょう」
急いで振り返るとすでにリップの姿は無かった。
また忽然と消えてしまったのである。キツネにつままれたような気分だ。
しばらく呆然としていたオレは名前を呼ばれて我に返る。
遠くからディがオレの方に駆け寄ってくる姿が見えた。その後ろにはテーセとエレナもいるので連絡する手間が省けたと思ったりした。
「ダイチさん、無事でしたか?」
急いでかけてきたのか息が荒い。すがりつくように両腕を掴まれてしまう。
「無事って、何かあったの?」
「ダイチのシグナルが消えたんだよ」エレナは周囲に異常がないか端末を覗き込んでいた。「おかげでディが血相変えて飛び出そうとしたんだ」
オレは意味が分からないという顔をしていたんだろう、エレナの解説によると携帯端末からの位置情報でオレがどこにいるのか確認していたらしいが、この森林公園に入ったところで端末からのシグナルが途絶えたというのである。
「リップが大丈夫と言っていたのはこういうことか……」
「連絡もつかないし、事故にあったのか、事件に巻き込まれたのかと思いました」
安堵しているが、本当に泣きそうな顔だったので罪悪感だらけだった。リップに気兼ねすることなくディ達に森林公園行きを伝えておけばよかったと後悔する。
「それか保安局かなと思ったが」エレナは安全なのを確認して端末をしまう。「あいつらも見失っただけのようで、ここを包囲して調べようとしていたらしい」
「大げさじゃないか?」
「爆破犯人がいるんだとしたら、大袈裟でも何でもない。街中でやられたらどれだけ被害が出ると思っているんだ」
エレナに怖い目付きでにらまれてオレは素直に謝った。
「それで何があったのかな、ダイチ?」
テーセは興味ありありな目でオレを見ていた。好奇心旺盛すぎるだろう。
「リップに会っていた」
「リップって誰だ。ちゃんと分かるよう言え、途中を省きすぎだ」
エレナに張り倒されるかと思った……。
仕方なく立ち話になってしまったが、リップに会った経緯を話したのである。さらにリップが話してくれた内容も伝えた。
「そのリップって子、何者なんだ?」
エレナは考え込んでいる。
「TDFの裏事情にまで精通しているなんて、普通じゃないよね」とテーセ。
「なあ、リップが言っていたことって、本当なのか? テロリストの企みを阻止したって」
「ダイチにだから言うが」他言するなよと、念を押された。「インバスタル党が銀河系規模でテロ事件を起こした時、ティーマ政府にも脅迫文が送られてきていたのは本当だ」
「事件に気付いたTDFが総力をあげて阻止したのよね」ニコニコと嬉しそうに言うテーセだった。「政府や銀河保安局の一部にしか知られていないことだから、当時ダイチがこのティーマにいたとしてもそのことを知らないのは不思議でもなんでもないんだよ」
ディを見ると彼女も同意するように頷いている。信じられないけれど、事実なんだろうなぁ……。
なんか泥沼にはまっていくような感覚になっているのは気のせいじゃないだろう。
「よほどの知能犯とみるべきか、それにしても懲りもせずあたし達にケンカを売って来るなんていい度胸だ。今度こそ完全に潰してやる」エレナは拳を握り締める。「そのリップって子は、また会おうって言っているんだから、もう一度やって来るだろう。ディはダイチと一緒に居な。テロリストはあたし達で片付けてやるから」
「お願いしていい」
「その代わりリップの方は頼むよ。相当な使い手のようだから気を付けてね」
オレとディは駐車場に止めていたエアバイクに乗り込み、テーセとエレナもエアカーでTDFへと戻っていくのだった。
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