呪われたモフモフと追放聖女のもぐもぐ辺境暮らし
りょうと かえ
1.焚火のそばで
世界でもっとも大きな森、宵闇の森。
故郷の国から追放された私――エリーザ・ルセックはそこに住んでいた。
森の中に家を作り、狩り暮らしをして。
最初のうちは大変だったけれど、今は軌道に乗っている。
夏の月明かりの下、野原でとある男性と焚火を囲む。
私の隣にいる彼の名前はシュバルツ。
シュバルツの黒髪は背中の中頃まで流れ、星の光にきらめいて見えた。
焚火を優しく見つめる彼はとても美しい。
すっきりと通った鼻、万人を魅了する均整の取れた甘い顔立ち。
故郷の国でも彼ほど見惚れるような男性はいなかった。
少年のようでいながら、シュバルツの振る舞いには気品がある。
身長は私より頭ひとつ以上高く、細い身体にはしっかりと筋肉が秘められている。
私は火にぼうっと照らされた彼のシュバルツを見つめていた。
いつまで見てても飽きない顔だ。
私の視線に気が付いたシュバルツが声をかけてくる。
「どうかした?」
「う、ううん……今夜は星が綺麗だなって」
あなたの顔を見ていましたと言えず、私は物凄ものすごく適当なことを言う。
大丈夫かな、バレてないかなとドキドキだった。
シュバルツが私の髪に手を伸ばし、軽く触れる。
「本当だ。星がはっきりと輝いている。エリーザの髪みたいに綺麗だね」
「――ッ」
私の髪は柔らかな金色。シュバルツは無自覚にこういうことを言うのだ。
「うん? 何か間違ってた?」
「そ、そんなことはないけど……」
「俺のせいで戸惑わせたなら、ごめん」
「い、いやっ! 本当にあなたのせいではないですから!」
実はシュバルツは名前も記憶も失くしていて、私と一緒に暮らしている。
言葉遣いや佇まいからすると、かなり高貴な家柄なのだと思うのだけれど。
シュバルツという名前も私が付けたのだ。
……彼が何者なのかはわからない。
まぁ、それを言ったら私も大概ではある。故郷の国から追放された身だからだ。
それでも私は充実して暮らしていた。この宵闇の森は全てを受け入れてくれる。
「ぴっぴい!」
私の相棒である白鷹のオーリが羽ばたきながら、私の隣に着地する。
オーリは私の頭よりちょっと大きい、ふわふわな鷹だ。
ちょっとぽっちゃりしたオーリの背を私は撫でた。
「ぴぃ」
オーリが座りながらすすっと位置を微調整する。
私の手がオーリの首元の辺りに当たる。
「ここを撫でたらいいの?」
「ぴっ……!」
こくこくと頷くオーリに微笑み、私はなでなでを再開した。
手が埋まるほどの毛並みに心が癒される。
シュバルツは私とオーリのやり取りを見るのが好きだ。
彼も微笑んでくれる。
「いい夜だね。……少し、曲を奏でようか」
「うん、お願い」
シュバルツは音楽が好きだった。
彼がそばにある大きな葉をちぎり、器用に丸める。
筒状になった葉が今夜の楽器だ。シュバルツがそっと丁寧に草笛へ唇を寄せる。
「……ぴっ」
オーリがもぞもぞと背筋を伸ばした。
彼女はシュバルツの音楽が大好きで、聞くときはいつも姿勢を正す。
シュバルツがゆっくりと草笛を吹き始める。
――夏の小雨のような、しっとりとした曲だ。
目を閉じると水のせせらぎとシュバルツの曲が重なる。
心の奥底に染み込んでくる。
『葉に水滴が集まり、大地へこぼれる』
シュバルツの瞳は詩人よりも豊かに情景を物語る。
真夏の日には雨と水が欠かせない。ゆったりと草笛の旋律に身を任せる。
この旋律は森での生活を切り取った、私たちの曲だ。
『子ウサギは小雨を仰ぎ見て、恵みとは何かを知る』
『水はゆっくりと川へと流れて、大河へ注がれる』
私はオーリを撫でながら、目を閉じる。
シュバルツの曲を聞きながら、私は幸せに浸っていた。
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