孵化アイドル育成計画⁉

譲羽唯月

第1話 オタクな俺と、アイドル候補生の美少女

 金曜日の放課後。陽射しがオレンジ色に染まる頃、高橋祐一郎たかはし ゆういちろうはいつものようにスーパーに寄って学校から帰宅した。


 買い物袋に入っているのは、今晩食べる用の卵焼きがのったハンバーグ弁当と一〇〇円で購入できたペットボトルジュース。それと、チョコとポテチ。他には店頭で“一個限定”と書かれた謎めいたパックに入った一個の卵。


 その卵のパックには値引きシールが貼ってあって、卵一個だけという売り方に、つい興味を惹かれ、好奇心で買ってしまった。

 祐一郎は、袋からハンバーグ弁当などを取り出し、ソファ前のローテーブルに並べるように置く。


 リビングのソファに腰を下ろし、テレビのリモコンを探していると、テーブルの上に置いた卵のパックが、ふと淡い光を放ち始めたのだ。


「ん……な、なんだ、これ⁉」


 祐一郎は思わず声を漏らす。


 光は次第に強くなり、パックの中の卵がぱっくりと割れる音がした。

 次の瞬間、そこから小さな人影が立ち上がった。まるでステージのスポットライトを浴びたように、きらびやかなフリルのついた衣装を纏った少女が、祐一郎の目の前に現れたのだ。


 ポニーテイルヘアの少女はにこりと笑って、軽くお辞儀をした。


「はじめまして。私、卵系アイドル、たまごの“らん”です。あなたが当選者ですね」


 ソファに座っている祐一郎は言葉を失ったまま、少女――らんの姿を見つめることしかできなかった。


 らんと名乗る彼女の背丈は自分より頭一つ分低く、ふわふわの金髪に大きなリボン。

 確かに、どこからどう見てもアイドル衣装だ。

 しかし、卵アイドルとは何なのだろうか。


「当選……って、どういうこと……?」

「私は生まれながらにしてアイドル候補生なんです。そして、この卵から生まれた人をプロデューサーとして、私を本物のアイドルに育て上げるのが、当選者のルールなんです。あなたが私の入った卵を見つけたので、当選者って事なんです!」


 らんは当然のように説明しながら、手にしている小さな端末のようなものを操作し始めた。

 その小型端末の画面には見慣れない文字が流れている。


「これで、運営の方に連絡がいったはずです」


 らんは端末の操作を終えると祐一郎の事を笑顔で見つめてきた。


「えっと……君は、別世界から来たってこと?」

「はい、そうです。私たちの世界では、人を幸せにすることで徳が溜まって、それが一定以上になると正式なアイドルになれるんです。だから私、この世界で活動して、みんなを笑顔にしたいんです! 私の夢はアイドルになる事なんです」


 祐一郎は頭を抱えた。

 帰宅して三十分も経っていないのに、突然異世界からのアイドル候補生が自分のリビングに降臨している。

 現実感がまるでない。


「つまり、俺がお前のプロデューサーになるってわけか……」

「はい、そうです。お願いします!」


 らんは目を輝かせて、ぴょんと飛び跳ねた。その仕草があまりにも無垢で、祐一郎はため息をつくしかなかった。


「でもさ、アイドルってそんな簡単なもんじゃないからな」


 祐一郎は昔からのアイドルオタクだった。

 中学の頃から握手会に通い、ライブに足を運び、推しの成長を見守ってきた。

 甘い言葉だけでは続かない、厳しい世界だという事を知っている。


 今まで応援していたアイドル候補生が幾度となく挫折し、SNSの誹謗中傷などで心を痛め、引退している現実も知っている。


「歌って踊れればいい、なんて思ってるなら、すぐに挫折するよ。事務所に入るのだって大変だし、SNSでファンを集めるのだって戦略がいる。下積みの頃は地道な努力の連続なんだ」


 らんは瞬きを繰り返しながら、祐一郎の言葉を噛みしめるように聞いていた。


「祐一郎さんは、すごく詳しいんですね……」


 突然、彼女がぐっと距離を詰めてきた。

 瞳をきらきらさせながら、祐一郎の顔を覗き込む。


「でしたら、教えてください! 私、本物のアイドルになりたいんです!」


 祐一郎は一瞬たじろいだ。

 こんなに真正面から頼まれたら、断る理由が見つからない。


 らんの瞳は輝いていた。

 彼女からは信念を感じられ、祐一郎は少し考えた後で軽く頷いた。


「……仕方ないな。だったら、俺が一から叩き込んでやるよ。でも、ちょっと待っててくれ」


 祐一郎はソファから立ち上がると、二階の自室へ駆け上がった。


 自室のクローゼットの奥から大事にしまっていた推しの法被を取り出し、肩にかける。

 さらに引き出しからペンライトを握りしめ、鏡の前で一度だけ気合いを入れた。

 再びリビングに戻ると、らんが目を丸くして待っていたのだ。


「これが、俺の本気だ」


 法被の背中には推しの名前や顔写真が大きくプリントされている。

 祐一郎は少し照れながらも、胸を張った。


「俺さ、応援していたアイドルが次々と引退していて、この前まで俺もオタク活動を休止していたんだ。でも、君の姿を見て、もう一度オタク活動をしてみようと思ってさ」

「そうなんですね。私の為に、協力してくれるんですね! それは嬉しいです」


 らんは、目を輝かせていた。


「実はさ、今から一時間後に駅前のビルのイベントホールで、アイドルのライブがあるんだ。研究生の子たちが頑張ってるステージでさ。そこで実際に見せてやるよ。アイドルってのは、こういう輝きを追い求めるものなんだってことをさ」


 らんも乗り気だ。


「行きます! 私、絶対に見たいです! 私、本当のアイドルを見たいです!」


 二人は玄関で靴を履き、夕暮れの街へと飛び出していった。

 オタク気質の高校生プロデューサーと、卵から生まれた純粋すぎるアイドル候補。

 奇妙な組み合わせの物語が、今、静かに幕を開けたのだ。

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孵化アイドル育成計画⁉ 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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