カクヨムコンテスト11【短編】パパと暖めた愛の卵が君達です!

尾岡れき@猫部

「部長……あの……お願いがあるんですけど……」


 ――12月23日。



「部長! 彼氏に、ふわとろのオムライスを作ってあげたいんです」


 にっこにこの笑顔でお願いをされたら、それは応えなくちゃってなるのが時短料理研究会改め、昇格した家庭科部の務めじゃないだろうか。


 牧瀬冬佳。

 茶髪にピアスとやや軽薄な容姿ながら、一つ一つの行動は丁寧だったりする。体験入部の時から、その印象は変っていない。


 バレンタインデーの時に、手作りチョコを渡したい。そんな不純な理由で入部。結果、無事に彼氏彼女カレカノの関係になりましたと、さ。


 めでたし、めでたし。

 良いねぇ、彼女がいない身としては羨ましいぜ。裏山!


 そんなわけで、牧瀬が家庭科部に足を運ぶのはごく稀。それでも可愛い部員、後輩である。リクエストされたとなっては、応えないわけにはいかないじゃないか。こうして、万年「便利な良い人」は更新をされるわけで。


 クリスマス前々日イヴ・イヴにオムライス教室開催となったのだった。


「「「「「「ふわとろ~!」」」」」」


 部員達の黄色い声が響く。

 そりゃ、そうでしょ。今をときめく、クリエイティブユニット【COLORS】の真冬の料理動画。それからVTuber【安芸白兎】の作ってみた動画のレシピを良いトコ取りして、俺流にアレンジしたんだもん。美味しくないわけがない。これぞ真冬&白都クオリティー!


「部長、ありがとうございます! これであっ君の心は私が独占ですっ!」

「そりゃ、良かったねぇ」


 ほっこりしながら、試食で堪能した証拠ケチヤツプが唇の端についているのが見えた。誰か、教えててあげて!


「どうしました、部長?」

「いや、あの、唇にケチャップがついていて――」


 仕方なく俺はティッシュを差し出す。


「部長、優しいっ」


 そう言いながら、ティッシュを取らずに――そのまま、唇を寄せる。

 ウェットティッシュ越し、牧瀬の唇が俺の指に触れる。


「な、なにやってんの?!」

「ケチャップ、取れました?」


 天然だ。

 この子、本当にこういうところが天然だって思う。


 きっと彼氏さんも、こういうところが好きになったんだと思う。

 こっちがドギマギしてしまう。不意打ちに顔が熱かった。


「部長、どうしました?」

「な、なんでもないから!」


 これが彼氏持ちの余裕か。

 気持ちを切り替えようと、冷水で食器を洗うけれど。一度灯った熱は全然消えてくれなかった。






 ――12月24日。





 今日はクリスマス聖夜イヴ。まだお昼だけれど。


 もちろん、もてない俺には何の予定もない。

 せいぜい、独り身の会と称して、この日学校にいる連中にクッキーを配るくらいだ。いつか、モテ期がくることを信じて。


 ちなみに家庭科室には俺一人。

 聡い諸君らは理解してくれたであろうか。部員のみんな、全員、彼氏もちなのだ。女子に囲まれて羨ましいなんて言うヤツには、クッキーをあげてやらない。


 紅茶を啜って。

 そろそろ、作りますか――。


 普段なら、テキパキと動くのだが、クリスマスぼっち……つまりクリぼっちの身は切ないのだ。やる気が出るまでにしばし時間がいる。しかし、今は冬休み中。クッキーを待つハイエナ共が押しかけるのも時間の問題で。


「よっこせいせ」


 と立ち上がった瞬間。

 勢いよく、ドアが開く。





「部長――」

「牧瀬?」


 顔は痣ができて。

 頬には擦り傷。明らかに、爪で引っかかれた痕まである。ビニール袋には、これから作る予定だった、材料が透けて見て。無残にも卵が割れていた。

 ポロポロ、その目から涙がこぼれ落ちる。


「……約束の時間より早かったけれど。作る時間も考えたら、早めにって思って。そうしたら、あっ君のところに、他の子がいて……それで、それから――」

「分かったから、渡瀬。ちょっと落ち着け」


 紅茶を淹れてあげよう。

 それで少し落ち着くだろうか。


 あっ君とかいうヤツ、二股をかけていたんだろう。彼にとっては、早めに渡瀬が来たのは想定外といたっところか。どちらにせよ、最低だって思うけど。沸々と怒りがわく。


「部長……卵、ぐちゃぐちゃになっちゃった。ぐちゃぐちゃ、に。ごめん、部長。折角、教えてもらったのに。部――」

「もう良いって」


 デリカシーないな、って思うけれど。渡瀬の頭を乱暴に撫でる。普段、部活の最中は男友達よろしく接しているので、これぐらいは許してもらえるだろうか。


「使える卵もあるよ。パックから出てなけりゃ、再利用もできるでしょ。シフォンケーキ作っちゃう?」

 俺はわざと、おどけてそう言ったのだった。






 ――12月25日。




「……それで、それで!」

「もう、そう以上は聞かなくても良いだろ。ママのノロケが止まらなくなるから」


「えぇ? お兄ちゃんは聞きたくないの?」

「聞きたくない」


「そんなこと言わないで、一緒に聞こうよ~」

「できれば別日にしない?」


 当然ながら、俺の言葉はスルー。正直、子ども達の前で話されるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。


「恥ずかしがり屋さんめ」


 つんつんと指で突くのはやめて、


「でも、また今度ね。パパが恥ずかしがるから」

「えぇ?!」


「じゃぁ、リクエストにこたえて、ちょっとだけ。パパと暖めた愛の卵が君達です!」


「僕、一発でキメたって聞いたけど?」

「キメ?」


「冬佳?! 君は子どもに何を教えてるの?!」

「普段は良い人だけど、その最中はケダモノだって」


真生まお?! ちょっとやめて。それはママとのナイショのナイショって言ったでしょ?!」

「恥ずかしがるなら言わなきゃ良いのに」


「クリスマスプレゼント、没収するわよ!」

「サンタさんのプレゼントを没収する権利はママにはないよー!」

「ないよー!」





 クリスマス当日も我が家が、賑やかで。




 25日の昼は、1日遅れてオムライスを冬佳が作る。

 あの時の気持ちを忘れないように。


 そう思っていたけど。

 意外に、この気持ちは忘れることはなくて。


 冷めることなく。

 ずっと暖かく、灯り続けて。できれば、これだけは二人だけのナイショのナイショにしたいって思うけれど。





 体験入部の日。

 一目惚れしてしまった後輩。今、俺の隣で笑っている。






「部長、ケチャップついてるよ?」


 あの頃を思い出させる声音トーンで。

 口の端に付いたケチャップは、冬佳の唇で拭われて――この歳になっても、灯った熱は冷めてくれなかった。






お終いメリィークリスマス

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