白いサンタ

月雲花風

白いサンタ

[Chapter 1]

新宿、歌舞伎町。シネシティ広場。


空を刺すようにそびえ立つゴジラヘッドの咆哮が、極彩色のネオンの海へと吸い込まれていく。

クリスマスイブという、この街で最も厚顔無恥な祝祭が幕を開けていた。


街路樹を飾る青白いLEDの下、幸せを絵に描いたようなカップルたちが、寒さを言い訳に身を寄せ合い通り過ぎる。

その一方で、広場の地面には湿った段ボールと、吐き捨てられた絶望が散乱していた。

安物のフライドチキンの匂い、排気ガスの煙、そして誰かが零した缶チューハイの甘ったるい悪臭。

それらが混ざり合い、世界の終焉を象徴するような、奇妙で不快な芳香を放っている。


「……ねえ、レン。また増えてるよ」


凪(ナギ)は、寒さで感覚を失いかけた指先で、スマートフォンのひび割れた画面をスクロールした。

青白い光が、彼女の冷めきった瞳を不気味に照らし出す。

液晶の中では、不吉なハッシュタグが亡霊のように蠢いていた。


―― #白いサンタ


そのタグが付けられた投稿は、どれも一様に短く、そして不可解だった。

『あいたい』『消えたい』『救ってほしい』。

そんな切実な餓えに対し、正体不明のアカウントが『ギフトの準備はできているか?』と、事務的な返信を飛ばしている。


「またこれか。流行り病みたいなもんだな」


隣に座る蓮(レン)が、短く息を吐いた。

白く濁った吐息は、都会の喧騒の中へと瞬時に霧散していく。

彼は使い古されたフィルムカメラのレンズを弄りながら、決して広場を彩るイルミネーションに視線を向けようとはしなかった。

彼が記録するのは、いつも華やかな舞台の裏側に沈殿する、誰も見たがらない「影」だけだ。


「願いを叶える代わりに、大切なものを奪っていく。都市伝説にしては、最近の失踪者の数と辻褄が合いすぎてると思わない?」


凪の声には諦念が混じり、それでも隠しきれない微かな震えがあった。

この界隈では、昨日まで隣で笑っていた仲間が、翌朝には跡形もなく消えていることなど珍しくない。

これまでは皆、「飛んだ」のだと片付けていた。


だが、最近は明らかに異質だった。

姿を消す直前、彼らは必ずといっていいほど、あの「白い」アイコンのアカウントと接触していたのだ。


「ギフト、か。何を奪われるんだろうね」


凪は自嘲気味に呟いた。

かつて家族と撮った唯一の写真も、学生時代の記憶も、もう手元にはない。

家を飛び出し、この街に流れ着いたときに、過去はすべて切り捨ててきたつもりだった。

だが、それでもまだ「奪われるもの」が自分に残っているのだとしたら。

それは一体、何なのだろう。


広場の端、街灯の届かない暗がりに、一人の男が立っていた。

灰原朔太郎だ。

仕立ての良いコートの襟を立て、無機質な眼差しでスマートフォンを操作する若者たちを観察している。

彼の瞳は、クリスマスの熱狂を冷徹に拒絶していた。


「……論理的ではないな」


灰原は独り言ちた。

SNS上の投稿が、投稿された数秒後には次々と削除されていく。

まるで、その言葉自体が最初から存在しなかったかのように。

それは技術的な削除というよりも、発信者そのものの存在が社会の輪郭から抹消されていく過程を、可視化しているように見えた。

彼はこの奇妙な連続失踪事件の背後に、単なる誘拐事件では説明のつかない「社会の歪み」を感じ取っていた。


広場から少し離れた路地裏の雑居ビル。

その一室で、桐生湊は使い捨ての注射器をトレイに置いた。

目の前には、虚ろな目をした少年が座っている。


少年の腕には、不自然な痣があった。

打撲でも、薬物による変色でもない。

まるで、その部分の「皮膚の質感」だけが、別人のものに置き換わったかのような、悍ましい違和感。


「いいか、二度とあいつらに関わるな」


桐生の声は鋭く、冷たい。

だがその奥底には、救いようのない命を目の当たりにし続ける者の、剥き出しの焦燥が滲んでいた。


少年は何も答えず、ただ震える手でスマートフォンを握りしめていた。

画面には、純白の衣装を纏った人物のアイコンが映っていた。


再び、シネシティ広場。

凪は不意に、背筋を氷でなぞられたような悪寒を感じた。

誰かに見られている。視覚を超えた、粘着質な視線。

慌てて周囲を見渡すが、そこには相変わらず、安っぽい奇跡を信じたい若者たちと、彼らを食い物にする大人たちの群れがあるだけだ。


そのとき、広場中央の大型ビジョンの映像が一瞬だけ乱れた。

激しいノイズの向こう側に映り込んだのは、真っ白な衣装を纏った影。

それは、子供たちに夢を与えるサンタクロースなどではない。

すべてを漂白し、無に帰す死神の立ち姿だった。


「……レン、今、見えた?」


凪が問いかけたときには、ビジョンは既に華やかなビールの広告へと戻っていた。

蓮は答えず、ただ黙ってシャッターを切った。

その指先もまた、寒さで白く凍りついている。


歌舞伎町の夜は、まだ始まったばかりだ。

聖なる夜を彩るイルミネーションの裏側で、実体のない飢餓感が加速していく。

誰かが「救い」を願うたびに、この街のどこかで、大切な何かが音もなく崩れ落ちていく。


凪のポケットの中で、スマートフォンが小さく震えた。

通知画面に表示された、見知らぬアカウントからのメッセージ。


『君の願いは、何かな?』


その文字を目にした瞬間、周囲の喧騒が、遠く遠くへと遠のいていった。


[Chapter 2]

新宿、歌舞伎町。シネシティ広場は、吐き出す息さえも瞬時に凍てつくような峻烈な冷気に包まれていた。


頭上のネオンが放つ毒々しい光線は、アスファルトに澱んだ水たまりを極彩色に蝕んでいる。家出少年たちの無機質な笑い声、遠くで鳴り響くパトカーの執拗なサイレン。それらが重なり合い、この街特有の不協和音を編み上げていた。


しかし、凪(なぎ)はその喧騒の深層に、かつてない不穏な静寂が脈打っているのを感じ取っていた。


「凪、見てろよ。俺はこの瞬間を、誰にも消せない『記憶』に変えてやる」


蓮(れん)の声は、硬く、鋭かった。

彼の傍らにあるのは、使い慣れた愛用のフィルムカメラではない。ジンバルに固定された最新型のスマートフォンだ。


彼はこれから、SNSでのライブ配信を開始しようとしていた。普段の慎重で思慮深い彼からは想像もつかない、あまりに無謀な示威行為だった。


「蓮、本当にやるの……? 注目を集めるのは危険だって、いつもあんたが言ってたじゃない。あの『白いサンタ』の噂、私にはどうしても冗談だとは思えないんだよ」


凪の声には、隠しきれない震えが混じっていた。

ここ数日、広場に集う仲間たちが一人、また一人と消息を絶っている。SNSには彼らの断末魔のような投稿が刹那だけ浮かび上がり、次の瞬間には、最初から存在しなかったかのように痕跡ごと抹消されてしまう。


凪は、その情報の空白にうごめく、底知れない「何か」の気配を肌で感じていた。


蓮は凪の不安を振り払うように、微かな、しかし峻烈な笑みを浮かべた。その瞳には、彼が愛したモノクロ写真のような、静謐な決意が宿っている。


「だからこそ、ライブ配信なんだよ。録画された動画なら後から消される。でも、リアルタイムで数千、数万の人間が同時に目撃していれば、それは覆しようのない『社会の事実』になる。俺たちがここにいて、何かに飲み込まれようとしていることを、世界に無理やり目撃させるんだ」


彼は手慣れた動作で画面を操作し、配信の準備を整えた。

タイトル欄には『白いサンタの正体を暴く』という、挑発的な文字列が躍る。


ハッシュタグの拡散力は凄まじく、配信開始前から待機人数はすでに数百人を超えていた。誰もが、都会の闇が産み落とした新しい「見せ物」を、安全な画面の向こう側から渇望していた。


「始まるぞ」


蓮が開始ボタンを押し込んだ。その瞬間、彼の貌(かたち)から迷いが消えた。

レンズを凝視し、歌舞伎町の濁った空気を深く吸い込んで、彼は語り始めた。


「……聞こえるか。俺たちは今、新宿シネシティ広場にいる。誰もが無視し、見て見ぬふりをする、この街の吹き溜まりだ」


蓮の声は冷たい風に乗り、広場に響き渡る。

画面上の視聴者数は、まるで暴走するカウントダウンのように跳ね上がっていく。

千、三千、五千――。

コメント欄には冷やかしや懐疑の言葉、そして「本物を見せろ」という無責任な熱狂が溢れかえった。


「最近、この街である噂が流れている。どんな願いも叶える代わりに、大切なものを奪っていく『白いサンタ』……。これから俺は、そいつに会いに行く」


その宣言と呼応するように、空から雪が舞い落ちてきた。


天気予報にはなかった雪だ。その結晶は奇妙なほど大きく、そして不自然なまでに純白だった。


蓮が配信をしながら目撃情報のある暗い路地へと進んでいく。


広場を埋め尽くしていた若者たちの喧騒が、潮が引くように消えていく。

凪が周囲を見渡すと、異様な静寂に支配されていた。


彼の全神経は、スマートフォンの画面と、その向こう側に広がる深淵に集中していた。視聴者数はついに、一万の大台を突破した。


「見てくれ、この雪が街の色を奪い去っているみたいだ……」


蓮がカメラを反転させ、自身の背後を映し出した。


降り積もる白の中に、ひとつの人影が立っていた。

人影はゆっくりと、だが確実に蓮へと歩み寄ってくる。

それは豪華な赤い衣装を纏っているわけでも、白い髭を蓄えているわけでもなかった。

ただ、存在そのものが「空白」であるかのような、直視することさえ憚られる異質な虚無。

街の極彩色を一切反射しない、不気味なほどの白。


その影が蓮の数メートル背後まで迫ったとき、配信画面に激しいノイズが走った。

視聴者たちが熱狂し、悲鳴のようなコメントを叩き込み続ける中、蓮はゆっくりと振り返る。


「……あんたが、そうなのか?」


蓮の問いかけに、影は答えない。

雪の降る音さえ消え失せた無音の世界で、蓮のスマートフォンの画面だけが、狂ったように発光していた。


凪は動けなかった。冷気に足がすくみ、声も出ない。

蓮の背後に立つ「それ」が、ゆっくりと白い袋差し出す。

その指先が、白い袋に触れようとした瞬間。


画面の向こう側にいる数万の観衆は、少年が「消滅」するその瞬間を、至高の娯楽として見つめていた。


[Chapter 3]

スマートフォンの画面が、唐突に爆ぜた。


物理的に損壊したわけではない。蓮(れん)のライブ配信を映し出していた液晶の中で、ノイズという名の電子の火花が荒れ狂ったのだ。一万人を超えていた視聴者が叩き出す狂乱のコメント欄が、一瞬で凍りつく。


「え」「消えた?」「演出だろ」

そんな楽観の破片が数秒だけ踊り、直後、画面は漆黒の虚無に呑み込まれた。


シネシティ広場の喧騒の中にいた凪(なぎ)は、己の端末を握りしめたまま、爆ぜる心臓を突き動かして走り出した。冬の新宿の空気は刃のように鋭く、肺の奥を刺す。街路樹を彩る安っぽいイルミネーションが視界を歪ませ、吐き出す息は白く濁った。


「蓮! レン!」


スマートフォンに向ける叫び声は、新宿の雑踏にかき消される。

周囲の若者たちは、戸惑ったように互いの顔を見合わせていた。誰一人として、蓮がどこへ消えたのかを目撃していない。右へ奔ったのか、左へ逃げたのか、あるいは地面に吸い込まれたのか。


「……急に、見えなくなったんだよ」


街灯の光が届かない、影の濃い場所に、場違いなほど清潔な「白い袋」が置かれていた。手のひらほどの大きさの布袋。それを封じているのは、どろりと重い、血のように深い赤色をしたリボンだった。


指を震わせながらその袋を拾い上げると、傍らに蓮のスマートフォンが転がっているのが見えた。画面は蜘蛛の巣状にひび割れ、電源は落ちている。だが、その端末からは、形容しがたい禍々しい予感が漂っていた。


凪は袋の中身を確かめる勇気が出ず、ただそれを強く握りしめた。


「何やってんだ、君たち」


背後からかかった声は、酷く事務的で冷淡だった。

駆けつけた警察官たちは、周囲の混乱を「いつもの悪ふざけ」と決めつけていた。


「友達がいなくなった? どうせ家出だろう。クリスマスだ、どっかのホテルにでも転がり込んだんだよ」

「違う! 目の前で消えたんだって言ってるでしょ!」


凪の叫びは、分厚い制服に跳ね返される。

彼らにとって、この街で若者が消えるのは日常茶飯事であり、単なる統計上の数字に過ぎない。蓮という一人の少年が持っていた鋭い洞察力も、仲間を想う静かな優しさも、この大人たちの前では存在しないも同然だった。


萩原朔太郎の詩句が、ふと脳裏をよぎる。

これは、都市が吐き出した「歪み」なのか。


警察の対応を諦め、凪は一人、夜の歌舞伎町を彷徨った。

手の中の白い袋が、微かに熱を帯びているような錯覚に陥る。蓮が残した最期の「ギフト」なのか、それとも連れ去った側の「刻印」なのか。


街を行き交う人々は、誰もが幸せそうな仮面を被り、足元に広がる奈落に気づかないふりをしている。世界から色が抜け落ちていくような絶望感の中で、凪は自分が完全に独りになったことを悟った。


信じられるのは、蓮の不在を証明する、この不気味な袋と壊れたスマホだけ。


新宿の空から、予報にない雪が降り始めた。

それは雪というより、燃えカスの灰のように灰色で、冷たかった。


凪の長い夜が、今、始まったばかりだった。


[Chapter 4]

新宿、歌舞伎町。

喧騒を彩る極彩色のネオン、その裏側には、常に重く淀んだ闇が沈殿している。


凪は、その闇を煮凝りにしたような雑居ビルの前に立っていた。

壁面のテナント案内は無残に剥がれ、目的の階には「灰原調査事務所」という、飾り気のない文字が刺さっているだけだ。

エレベーターは死んだままで、埃の積もった階段を一段上がるたび、蓮(レン)が消えた瞬間のノイズが耳の奥で忌々しく蘇る。


「……ここか」


廊下の突き当たり、無機質な鉄の扉。

凪は強張った指先で、その扉を叩いた。

返事はない。

今度は、縋り付くような衝動を拳に乗せて叩きつける。

数秒の静寂の後、電子ロックが解除される乾いた音が、静まり返った廊下に響いた。


部屋に一歩踏み入れると、そこは異質な静域だった。

窓はすべて遮光カーテンで厳重に塞がれ、壁一面を埋め尽くすモニター群が、青白い光を撒き散らしている。

その中心、使い古されたオフィスチェアに深く沈み込んでいる男がいた。

灰原朔太郎。

彼は凪に視線を向けることすらなく、ただ無機質な打鍵音を刻み続けている。


「迷い犬の相談なら他を当たれ。ここはガキが遊びに来る場所じゃない」


その声は低く、そして酷く冷淡だった。

鼻を突くのは、安タバコと熱を持った電子機器が混ざり合った、独特の焦げた臭い。

凪は奥歯を噛み締め、灰原の背中に言葉を叩きつけた。


「蓮が……友達が消えたの。警察は取り合ってくれない。あんたなら『世界の綻び』を暴いてくれるって聞いた」


灰原の手が止まった。

ゆっくりと椅子を回転させる。

眼鏡の奥にある瞳は、対象を解体するかのような冷徹さを湛えていた。

彼は机の上の冷めたコーヒーを一口啜り、鼻で笑う。


「失踪、家出、あるいは神隠し。この街では砂粒の数ほどある話だ。少年一人が消えたところで、明日の朝刊の隅にすら載りはしない。それが現実だ。帰りな、お嬢ちゃん。これ以上、僕の時間を奪うな」


突き放すような物言いに、凪の心の中で何かが弾けた。

彼女はポケットから、あの「白い袋」を取り出し、灰原のデスクに叩きつけた。

血のように赤いリボンが、モニターの青い光を受けて、不気味に脈動する。


「これでも……『よくある話』だって言うの?」


灰原の視線が、袋に釘付けになった。

その瞬間、彼の表情から余裕という名の仮面が剥がれ落ちる。

彼は身を乗り出し、手袋を嵌めた手で、まるで不発弾でも扱うかのように慎重に袋を持ち上げた。


「……どこで手に入れた」


「蓮が消えた現場に落ちてた。これを受け取った瞬間、あいつは――」


灰原は短く舌打ちをし、地を這うような声で呟いた。


「『社会的証明の消失(イレイザー)』……。SNSの深淵で囁かれている都市伝説だ。特定の条件を満たした者がこのギフトを受け取ると、その人物の存在そのものが世界から削り取られる。記憶、記録、戸籍。あらゆる繋がりが公的にも抹消される。」


灰原の言葉は、冷酷な宣告のように凪の心に突き刺さった。

蓮は、単に誘拐されたのではない。

この世界から「なかったこと」にされようとしているのだ。


「蓮を……助けられる?」


凪の問いに、灰原はしばし沈黙した。

再び椅子に深くもたれかかり、暗い天井を仰ぐ。


「この件は、僕が追っているヤマと根が同じだ。だが、これ以上首を突っ込むなら、君自身の存在も保証できない。奴――『白いサンタ』は、観測されることを極端に嫌う」


「構わない」


凪は即答した。

孤独な世界に光をくれた蓮を失うくらいなら、己の存在が消えることなど、欠塵ほどの恐怖もなかった。


「私を助手にして。何でもする。囮にだってなる。だから、あいつを見つけ出す方法を教えて」


灰原は、初めて凪の目を真っ向から見据えた。

その瞳には、かつて彼自身が抱いていたかもしれない、無謀で純粋な怒りが宿っていた。

灰原は小さく溜息を吐き、モニターの一台を凪の方へ向けた。


「……いいだろう。ただし、僕の指示には絶対に従え。今日から君は、僕の『眼』になってもらう。歌舞伎町の底に這いつくばって、光の届かない場所を凝視し続ける……それができるか?」


「……ああ。望むところだよ」


凪の返事を聞き、灰原は微かに口角を上げた。

それは、奇妙で危険な契約の始まりを告げる合図だった。


窓の外では、祝祭の影で、冷たい雪が静かに降り始めていた。


[Chapter 5]

歌舞伎町の喧騒から隔絶された、灰原の事務所。

四方を囲む大型モニターが、冷徹な青白い光を室内に投げかけている。

換気扇の回る単調な音と、高性能サーバーの排熱ファンが奏でる微かな唸り。


灰原朔太郎は、デスクに鎮座したワークステーションの前に座り、蓮のスマートフォンを専用の解析機に接続していた。


「デジタルの世界に、隠し事はできない。たとえそれが『神隠し』のような現象であってもだ」


灰原の指先がキーボードの上で舞う。

モニターには、膨大なバイナリデータと暗号化されたログの断片が、滝のごとく流れ落ちていく。

その傍らで、凪は祈るような心地で画面を凝視していた。

彼女の瞳には、かつての相棒が残した「デジタルの遺体」を解剖しているかのような、残酷な緊張感が宿っている。


「……まずは位置情報(GPS)だ」


灰原が特定のコードを叩くと、地図アプリが展開された。

蓮が失踪する直前、ライブ配信を行っていたシネシティ広場。

そこを中心に、蓮の移動経路が赤いドットで描画される。

しかし、ある地点を境に、その軌跡は異常な変貌を遂げた。


「何これ……?」


凪が息を呑む。

地図上のドットは広場の中心で突如として静止し、そこから物理法則を無視した方向へ一直線に伸びていた。

建物や道路を透過し、座標軸そのものが歪んだかのように、新宿の地下でも上空でもない「座標の空白地帯」を指し示している。

三次元的なバグ。

移動速度を逆算すれば、マッハを超えて「壁」を通り抜けた計算になる。


「……物理的な限界を超えている。いや、座標系そのものが『白いサンタ』によって書き換えられたと見るべきか」


灰原の声は低く、どこか享楽的な響きさえ含んでいた。

彼は次に、蓮のSNSアカウントの深層ログへと潜っていく。

ライブ配信が途絶えた瞬間、何が起きたのか。

サーバーには、公式アプリからは決して閲覧できない「予約投稿」の記録が刻まれていた。


「見ていろ。これが奴の、最後のメッセージだ」


配信がノイズに消え、蓮が消失した一秒後。

彼のアカウントから非公開設定で、一文だけが自動投稿されていた。

そこには、血を吐くような無機質なフォントでこう刻まれていた。


【願いは叶った】


凪の指先が震える。

蓮が何を願ったのかはわからない。

だが、その言葉には本人の意志を感じさせない、システムに強制されたような冷徹さが漂っていた。


灰原はさらに調査を加速させる。

この「願いは叶った」という特異な文字列をトリガーに、過去のSNS投稿を網羅的にクロールし、類似のパターンを抽出した。

数分後、モニターには数十名分のポートレートとアカウント名がリストアップされた。

それは、ここ数ヶ月で失踪した若者たちの記録だった。


「このリストを見てみろ。共通点は二つある」


灰原が煙草を咥えようとして、凪の視線を思い出し、代わりにミントのタブレットを口に放り込んだ。


「一つは、全員が失踪の直前に『#白いサンタ』というハッシュタグを付けて願いを投稿していること。そしてもう一つは……」


灰原がキーを叩くと、リストの半分以上のアカウントに「DELETED」の赤いスタンプが表示された。


「願いが成就したという自動投稿がなされた直後、彼らのアカウントそのものが消滅している。単なる退会じゃない。投稿履歴、バックアップ、フォロワーの記憶に至るまで、デジタルの海から組織的に『削り取られて』いるんだ。まるで最初から存在しなかったかのように」


凪はモニターに並ぶ、自分と同年代の若者たちの顔を見つめた。

彼らもまた、蓮と同じように、何らかの絶望や欲望を抱え、この街の片隅で「白いサンタ」を呼んだのだろう。

そして引き換えに、自らの存在そのものを「ギフト」として差し出したのだ。


「……蓮も、こうやって消されるの? 無かったことにされるの?」


「それが奴らの手口だ。社会的証明を奪うことで、失踪を事件にすらさせない。だが、俺の網(ロジック)はすり抜けられない」


灰原の瞳に、鋭い狩人の光が宿った。

彼はリストの中に、一人の少女の痕跡を見つけ出す。

蓮が失踪する直前、何度もダイレクトメッセージをやり取りしていた相手。

そのアイコンは、真っ白な背景に赤いリボンが描かれた、不気味な造形だった。


「このアカウント……まだ『生きている』。蓮が消える前に接触していた、最後の糸口だ」


灰原がそのリンクをクリックした瞬間、事務所内のモニターが一斉に暗転した。

沈黙。

そして、漆黒の画面に、粉雪のようなノイズが静かに降り始めた。


[Chapter 6]

新宿、歌舞伎町。

欲望の終着駅と称されるこの街の夜は、極彩色のネオンに毒され、何者にもなれない若者たちの吐息を無慈悲に飲み込んでいく。


灰原朔太郎の事務所は、そんな喧騒から隔絶された雑居ビルの一室にあった。

室内を支配するのは、カビと安煙草の染み付いた停滞した空気と、幾重にも並んだモニターが放つ冷徹な青白い光だけだ。


「……信じられない」


凪は、灰原が画面に映し出したリストを、壊れ物を扱うように指先でなぞった。

指が小刻みに震えている。

画面には、かつてこの街で「失踪」したとされる少年少女たちの名が、墓標のように整然と並んでいた。

その記録の異様さが、凪の背筋に氷の楔を打ち込む。


「美咲、十七歳。海斗、十九歳。彼らも蓮と同じように『白いサンタ』の噂に触れ、この街から消えた。だが、真の異常はその先にあった」


灰原の指がキーボードを叩くと、公的なデータベースが次々と展開された。

住民基本台帳、マイナンバー、戸籍謄本。

個人の存在を法的に担保するはずのそれらの項目は、ある一点を境に「未登録」あるいは「該当者なし」という、無機質な空欄に書き換えられている。


「物理的な失踪だけじゃない。彼らの『社会的証明』そのものが、この世界から組織的に消去されているんだ。ハッキングで済む話ならまだいい。だが、これを聞いてみろ」


灰原が再生した音声データは、彼が今日、行方不明者の親族に接触した際の録音だった。


『――娘さんについて、お伺いしたいのですが』

『娘? 何のことです? うちには最初から、息子が一人いるだけですよ。……いたずらなら警察を呼びますよ』


凪は息を呑んだ。

録音された母親の声には、嘘も、困惑も、悲しみを隠す虚飾もなかった。

そこにあるのは、ただ「娘など最初から存在しなかった」という、揺るぎない真実を語る響きだけだった。


「記憶の改ざん……?」


「あるいは、集団的な認識の阻害か。とにかく、彼らは初めからこの世界に存在しなかったことにされている。一番考えたくないのは圧力だな。これが、俺の追っている『社会的死』の正体だ」


灰原の声は低く、そして刃のように冷酷だった。

凪は、手の中に残された古いフィルムカメラの感触を確かめた。蓮が大切にしていた、彼と世界を繋ぐ唯一の証。


もし、このまま時間が過ぎれば――。

自分の記憶の中にある、あの少し皮肉めいた蓮の笑顔も、レンズを向ける際の真剣な眼差しも、霧が晴れるように消えてしまうのではないか。

その根源的な恐怖が、凪の心臓を強く締め付ける。


「蓮も……消されようとしているの? 誰からも忘れられて、最初からいなかったことに……。そんなの、殺されるより酷い」


「ああ。奴らにとって人間は、もはや魂を持った個体じゃない。再利用可能な人間という名の資源に過ぎないんだろう」


一方で、事務所の外の世界では、別の「異変」が静かに、だが確実に芽吹いていた。

SNSのタイムラインは、もはや恐怖ではなく、一種の熱狂に支配され始めている。


「#白いサンタ」


そのタグと共に溢れ出すのは、「救われた」「居場所を見つけた」「自分を捨てて、新しい世界へ行ける」といった、宗教的な賛美の言葉だ。

新宿の路上に座り込む若者たちにとって、自分たちを搾取し、黙殺し続ける残酷な現実よりも、すべてを無に帰してくれる「白いサンタ」の方が、よほど慈悲深い救済に見えているのだ。


「……灰原さん。これはもう、個人の怨恨や犯罪なんて次元の話じゃないんでしょう?」


凪の問いに、灰原は深く椅子の背もたれに体を預けた。

眼鏡の奥の鋭い瞳が、不吉な燐光を放つ。


「ああ。これは巨大なシステムだ。個人のアイデンティティを略奪し、その『空白』となった戸籍や社会的枠組みを別の何かに転用する。あるいは『存在しない人間』という究極の匿名性を売買する闇の市場が存在するんだ。白いサンタはその窓口に過ぎない」


灰原は冷たく言い放つ。


「いわばこれは、社会の穴を利用した『戸籍の洗濯屋(クリーニング・ビジネス)』だよ」


窓の外、シネシティ広場の方角から、歓喜とも悲鳴ともつかない叫びが風に乗って聞こえてきた。

不自然なほど純白な雪が、再び新宿の街を覆い始めようとしている。


蓮という存在が、世界という名の巨大なパズルから強引に剥がされていく。

その崩壊を前に、凪はただ、闇の中で青白く光り続けるモニターを、血の滲むような思いで見つめることしかできなかった。


[Chapter 7]

新宿の喧騒が、遠い過去の記憶のように霧散する大久保の路地裏。

蔦に覆われた古いビルを改装したそこには、「希望の砦(ハースサイド)」という名が掲げられていた。

歌舞伎町の澱んだ空気とは一線を画す、透き通るような静謐が漂う場所。

凪は、着古したパーカーのフードを深く被り、「助けを求める家出少女」という危うい役を演じながら、その重厚な扉を叩いた。


「いらっしゃい。寒かっただろう。さあ、中へ」


迎え入れたのは、白衣の上に柔らかなカーディガンを羽織った男、桐生湊だった。

彼は慈愛に満ちた微笑みを湛え、凪を食堂へと促す。

室内には、かつてシネシティ広場の喧騒で見かけた顔が数人いた。

鋭い刺すような眼差しは消え、彼らは皆、穏やかに温かいスープを啜り、貸し出し用のタブレットで静かに学習サイトを眺めている。

磨き上げられた床、空気清浄機が刻む微かな駆動音。


壁には「自分を愛するために」といった標語が、淡いパステルカラーのパネルに並んでいる。

廊下の奥からは、微かにアロマの香りが漂ってきた。

徹底して衛生的で、あまりに平穏な空間。


それは、外の歌舞伎町――地面にへばりつくゴミや吐瀉物の臭いとは正反対の、

白々しいまでの清潔さだった。


凪は、この過剰なまでの整然さに、

心臓を窮屈な箱に押し込められたような息苦しさを覚えていた。


そこは、孤独と自己責任が支配する「外」の世界から切り離された、あまりにも完璧な均衡を保つ共同体だった。


「ここは君たちを否定しない。温かい食事と、清潔な寝床。そして、もう一度社会と繋がるための準備ができる場所だ」


桐生は凪の前に、湯気の立つココアを置いた。

凪は用心深く一口飲み、その濃密な甘さに、意識の端で毒気を抜かれるのを感じる。

これが潜入捜査であることを自身に刻みつけながら、彼女は震える声を作って口を開いた。


「……友達が、いなくなったんです。蓮っていうんですけど。ライブ配信中に、急に消えちゃって。警察に言っても相手にされなくて、それで……」


嘘ではない。ただ、その背後に蠢く「白いサンタ」の影については伏せた。

桐生は凪の言葉を遮ることなく、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。

その眼差しは単なる哀れみではなく、魂の深層を透かし見ようとする、底知れぬ慈愛が宿っているように見えた。


「蓮くんのことなら、知っているよ。ここにも何度か顔を出してくれた。とても繊細で、美しい心を持った子だったね。……彼がいなくなった夜、私も胸が締め付けられる思いだった。この街は時に輝きすぎて、影にいる子を飲み込んでしまうことがあるんだ」


桐生は深く嘆息し、凪の手を優しく包み込んだ。

その掌は驚くほどに温かい。

だが、凪はその温もりに安らぎを覚えながらも、脊髄を這い上がるような奇妙な違和感を拭えなかった。

あまりにも「正しい」。

男の言葉も、施設の清潔さも、用意された救済の形も、すべてが計算され尽くした舞台装置のように整いすぎている。


一方、施設の外。

灰原朔太郎は、ビルの影に潜めた車内でノートPCの画面を凝視していた。

凪が身につけた盗聴器の音声を拾いながら、別のウィンドウでは「希望の砦」の資金流動を高速で解析していく。


「……不自然極まりないな」


灰原の低い独り言が、冷えた車内に響く。

この規模のシェルターを維持し、若者たちに無償で教育と医療を提供するには、年間で数億単位の資金を要する。

桐生は個人資産と篤志家からの寄付で賄っていると公表しているが、帳簿上の数字はあまりにも美しすぎた。

出所不明の暗号通貨が、複雑な海外のペーパーカンパニーを経由し、洗浄された状態で流れ込んでいる。

それは、一介の医師が善意で集められる額を遥かに超越していた。


さらに灰原は、施設内に設置された防犯カメラの型番に目を留める。

市販品ではない。特定の軍事境界線付近で使用されるような、高度な顔認証システムを搭載した特注品だ。

「救済の砦」は、その実、極めて「完璧な監視小屋」でもあった。


「桐生湊。奴は聖者か、それともただの偽善者か」


灰原は桐生の経歴をさらに深く掘り下げた。

十年前、彼は海外の紛争地で医療支援に従事していたが、ある時期を境に足跡が完全に途絶えている。

そして帰国後、説明のつかない莫大な富と共に、この活動を開始しているのだ。


凪は桐生との会話を終え、連絡先を交換して施設を後にした。

別れ際、桐生は凪の背中に穏やかな声をかけた。


「凪さん、いつでもおいで。ここは君の居場所だ。もう、『ギフト』を求めて彷徨う必要はないんだから」


『ギフト』。

その単語に、凪の心臓が跳ねた。

「白いサンタ」が要求する対価と、全く同じ呼称。

桐生はそれをただの比喩として使ったのか、それとも――。


夜風に打たれながら、凪は合流した灰原の車に滑り込んだ。

灰原は凪の青ざめた顔を一瞥し、冷淡に告げた。


「いい演技だったが、あそこは毒だぞ、凪。底知れない沼だ」


「……わかってる。でも、あそこにいた子たちは、本当に救われているように見えた」


「救いには必ず代償がある。問題は、その代償を誰が払っているかだ」


凪の脳裏に、かつて広場で蓮が零した自嘲が蘇る。

「俺たちの命って、誰かのスマホの中で消費されるだけのコンテンツなんだよ」


当時は笑い飛ばしたはずのその言葉が、今、灰原の告げた「市場価値」という響きと重なり、不吉な輪郭を帯びていく。


桐生が差し出したココアの甘さは、胃の底に落ちた瞬間にどろりと重い塊へと変じた。

凪は逃れようのない予感に、己の手首を強く握りしめた。


灰原が提示した画面には、桐生の背後に控える巨大な投資財団の名が浮上していた。

それは、蓮が失踪前に追っていた「アイデンティティの市場価値」に関連する企業群と、不気味な一致を見せていた。


[Chapter 8]

歌舞伎町の雑居ビル。その一角に構えられた灰原の事務所は、無数のモニターが放つ冷淡な青白い光に浸されていた。

空調の低い唸りだけが、凍てついた沈黙をかろうじて繋ぎ止めている。


凪はパイプ椅子の端に浅く腰掛け、自身の膝を抱え込むようにしてモニターを凝視していた。

画面に映し出されているのは、蓮がシネシティ広場から消失した、あの「聖夜の惨劇」と同じ時刻の記録だ。


「……これ、本当に生放送なんだよね?」


凪の声が、乾燥した空気の中で小さく震えた。

灰原は答えず、キーボードを叩く指を止めない。


メインモニターには、六本木のテレビ局で放送されていた報道番組『セブンズ・インサイト』の録画映像が映し出されている。

画面の中では、桐生湊が穏やかな、しかし芯の通った声で、都市に蔓延る若者の貧困について説いていた。


画面右上の時計は「20:15」を指している。

まさにその瞬間、数百人の観衆の目の前で、蓮はこの世界から『間引き』されたのだ。


「番組のタイムレコードと、スタジオのライブカメラのログを照合した。ディレイはわずか一点二秒。加工の余地はない。桐生湊は、蓮が消えたその瞬間、間違いなく六本木のスタジオにいた」


灰原の淡々とした言葉が、凪の最後の期待を無慈悲に打ち砕く。


それだけではなかった。

別のウィンドウには、大久保にあるシェルター『希望の砦』の監視カメラ映像が並んでいる。

そこには生放送に向かう直前、午後七時過ぎまで、入所している若者一人ひとりに声をかけ、優しく肩を叩く桐生の姿が克明に記録されていた。


「完璧すぎる……」


凪は深く溜息をついた。

自分の直感が、これほどまで完膚なきまでに否定されるとは思わなかった。


桐生が「ギフト」という言葉を口にしたとき、確かに彼の中に「白いサンタ」と同じ凍てつくような冷たさを感じたはずだった。

しかし、目の前の物理的証拠は、彼の潔白をこれ以上ないほど雄弁に物語っている。


もし彼が犯人だとしたら、彼は同時に二つの場所に存在していたことになる。

それは物理法則への反逆だ。


「あたしたち、間違ってたのかな。あの人は、本当にただの聖人で、蓮のことも心配してくれてて……」


凪の瞳に、迷いの色が浮かぶ。

信じていた悪意が幻だったと突きつけられるのは、救いであると同時に、足元が崩れ去るような恐怖でもあった。


だが、灰原の瞳に宿る光は、未だに鋭さを失っていなかった。

彼は椅子から立ち上がり、画面の一点を指差した。


「凪、よく見ろ。この映像の、桐生の肌の質感をどう思う?」


凪は身を乗り出し、高精細な映像を凝視した。

メイクで整えられた端正な顔。だが、どこか不自然なほど滑らかで、まるで精巧な陶器のような――。


「……綺麗すぎる、かな?」


「そうだ。ノイズがない。デジタルデータには必ず発生するはずの『揺らぎ』が、彼の周囲にだけ存在しない。まるで、その部分だけが後から上書きされたかのように」


灰原は再びキーボードを叩き、さらに深層のネットワークへ潜っていく。

番組のバックアップサーバではなく、通信経路そのもののパケットデータへと。


「証拠が完璧であればあるほど、俺はそれを疑う。人間が作る現実に、これほどまでの『整合性』は存在しない。もしこれが巨大な嘘だとしたら、奴は俺たちの目や記憶だけでなく、世界が認識する『記録』そのものを書き換えていることになる」


「世界の認識を、書き換える……? そんなこと、神様にしか……」


凪が言いかけた言葉を、灰原が遮った。


「あるいは、神を自称する『システム』になら可能だ。白いサンタが『社会的証明』を奪う存在なら、逆に『偽りの証明』を与えることもできるはずだ。桐生湊という男の背後に、この街のデジタルな虚構を司る巨大な穴がある」


灰原の指が激しく動き、画面が真っ赤なエラーログで埋め尽くされていく。


壁に突き当たったのではない。

彼らは今、その壁の正体が、精巧に描かれた『だまし絵』であることに気づき始めていた。


[Chapter 9]

新宿の冬は、剃刀のような鋭利な冷気を孕んでいる。

シネシティ広場の喧騒から逃れるように、凪は灰原の事務所が入る雑居ビルの屋上に立っていた。


見下ろせば、そこには毒々しいネオンの海が広がっている。

かつてその光の渦の中で、彼女は蓮と肩を並べて立っていた。


調査は停滞していた。

標的である桐生湊のアリバイは完璧。デジタルの海に消えた蓮の痕跡を追う作業は、吹雪の中で一本の針を探すような、果てしない絶望感を伴った。


凪は、蓮から預かったままの古いフィルムカメラの感触を、ポケット越しに確かめた。

デジタルネイティブの世代でありながら、蓮はあえて「形に残るもの」を愛した。

一度シャッターを切れば二度と消すことのできない、銀塩の記憶。

それは、あまりに脆く不確かなこの世界に対する、彼なりの静かな抵抗だったのかもしれない。


「俺たちは、この街から剥がれ落ちた鱗みたいなもんだな」


出会ったばかりの頃、蓮は自嘲気味にそう笑った。

三年前の土砂降りの夜。親に捨てられ、社会のシステムからも零れ落ちた二人は、歌舞伎町の片隅で震えていた。

血の繋がりなどなかった。だが、共通の空虚さが二人を唯一無二の「家族」にした。


蓮は、あまりに賢すぎた。

彼は自分たちが置かれた袋小路を冷静に分析し、常にその先にある「出口」を見ようとしていた。


「凪、いつかさ、誰もが自由になれる国を作ろう。名前も、過去も、戸籍も……そんな記号に縛られずに、ただそこにいるだけで許される場所。誰も自分を証明する必要がない、理想の国だ」


それが彼の口癖だった。

当時の凪にとって、その夢はあまりに眩しく、そして唯一の生きる糧だった。


しかし今、街を席巻している『白いサンタ』の噂は、蓮が語った夢の残酷なパロディのように響く。

社会的証明を奪い、存在を抹消する。

もしそれが彼らの言う「救済」なのだとしたら、蓮が求めていた自由とは何だったのか。


凪は震える指で、蓮が消える直前に手渡してきた小さなメモを取り出した。

そこには、乱れた筆跡でこう記されていた。


《凪、ギフトの中身は空じゃない。俺たちの記録は、俺たちの手の中にしかないんだ》


その言葉を、暗闇の中で幾度も反芻する。

社会的抹消、アイデンティティの略奪。それらは『白いサンタ』が振りまく甘美な毒だ。

蓮は、その毒に侵されながらも、自分を繋ぎ止めるための「錨」を凪に託したのではないか。


彼は消えたかったのではない。むしろ逆だ。

過去や社会的なレッテルを削ぎ落とした先で、一人の人間として凪と共に生きる。そのための、命懸けの模索をしていたはずだ。


「あんたは、一人でそこに行こうとしたんじゃない。私を連れて行こうとしたんだよね、蓮」


凪の声は寒風にかき消され、誰の耳にも届かない。

だが、その瞳には確かに、消えることのない熱が宿っていた。


もし、今の蓮が『白いサンタ』の作り出した「空白の国」に囚われているのだとしたら。

そこから彼を引きずり戻すのが、唯一生き残った家族としての務めだ。


灰原は「データが改ざんされている」と言った。

ならば、その虚飾の先にある、蓮が必死に守ろうとした真実を暴くしかない。

『白いサンタ』がどれほど巨大なシステムであろうとも、二人が積み重ねた三年間という時間は、決してゼロにはならない。


凪は深く息を吸い込み、冷たい空気を肺に満たした。

ポケットの中のフィルムカメラを強く握りしめる。

それは彼がこの世界に存在した揺るぎない証拠であり、彼を救い出すための唯一の道標だ。


孤独は、決意へと形を変えた。

凪は屋上の縁を離れ、重い扉へと向かう。

灰原の元へ戻り、次の一手を打つために。

蓮を、あの冷たい雪の降る異界から連れ戻すために。


階段を降りる彼女の背中に、もはや迷いの震えはなかった。


[Chapter 10]

灰原の事務所は、歌舞伎町の喧騒から切り離された「真空地帯」だった。


壁一面を埋め尽くすモニターが青白い光を放ち、絶え間なく流れる文字列が灰原の眼鏡の奥で無機質に明滅している。

加湿器の微かな震動音と、ハードディスクが時折立てる乾いた駆動音。

それだけが、この部屋の時間が止まっていないことを辛うじて証明していた。


「……見つけたぞ」


灰原の声は低く、氷のように冷徹だった。

隣で息を潜めていた凪は、吸い寄せられるようにモニターを覗き込んだ。


そこには、通常のブラウザでは決して辿り着けないダークウェブの深層域、不法オークションサイトが映し出されていた。

画面の最上段には、『Fresh Life Logistics(新鮮な生活の物流)』という、吐き気を催すような隠語が掲げられている。


「これは……何?」


「『生きた戸籍』の在庫リストだ」


灰原の指が、鍵盤を叩く。

画面には、数人の若者たちの顔写真と、詳細なプロフィールが整然と並んでいた。

名前、年齢、健康状態、家族構成――いや、正確には「家族の不在」の証明だ。


住民票が職権消去されているか、あるいは長期の捜索願すら出されていない「透明な人間」たち。


「このリストにあるのは、歌舞伎町で失踪したキッズたちだ。見てみろ。この『ハル』も、『サキ』も、一ヶ月前に広場から消えた連中だろう」


凪は目を見開いた。

画面に並ぶ顔には見覚えがあった。昨日まで同じビルの隙間で、寒さに震えながら言葉を交わしていた仲間たち。

彼らがここでは、記号化された「商品」として値付けされている。


だが、どれほどスクロールしても、蓮の名前は見当たらなかった。


「蓮は……? 蓮はいないの?」


「ああ。あいつのデータはまだここにはない。だが、それは決して朗報ではない」


灰原は椅子を回し、立ち上がった。


「蓮のようにデジタルに精通し、発信力のある個体は『準備』に時間がかかる。あるいは、もっと別の、特別な用途があるのかもしれない」


彼は窓の外を見下ろした。

クリスマスを控えた街は、安っぽい偽物のネオンで溢れ返っている。


「犯人の狙いは明白だ。社会から孤立し、消えても誰も探さない若者を選別し、その『社会的証明(アイデンティティ)』を根こそぎ奪い取る。戸籍、マイナンバー、SNSのアカウント、蓄積された情報の断片までをパッケージにして、身分を洗浄したい富裕層や犯罪組織に売り飛ばす。購入者はその瞬間から、真っさらな過去を持つ『日本人』として社会に溶け込めるというわけだ」


「じゃあ、戸籍を奪われた後の……中身はどうなるの? 身体は?」


凪の震える問いに、灰原はすぐには答えなかった。

彼は再びデスクに戻り、一つの地図を表示させた。

桐生湊が運営するシェルター『希望の砦(ハースサイド)』を中心としたエリアマップだ。


「奪った戸籍を商品にする際、最大の障害となるのは『本物の肉体』だ。記録上、その人間は死んだこと、あるいは最初から存在しなかったことにしなければならない。だが、健康な肉体はそれ自体が別の市場で価値を持つ。臓器、あるいは非人道的な臨床実験の検体としてな」


灰原の言葉は、冷たい楔となって凪の心臓を貫いた。


「凪、お前に話しておくべき仮説がある。桐生のシェルターは、行き場のない若者を救う聖域などではない。あそこは『商品の選別場』だ。健康状態をチェックし、社会との繋がりを精査し、最も価値が高くなるタイミングで『出荷』を待つための倉庫。桐生が提供している清潔なベッドも、栄養バランスの取れた食事も、すべては商品の品質管理に過ぎないとしたらどうだ?」


「嘘……そんな。桐生さんは、あんなに優しくしてくれたのに……」


「優しさは、最も効率的な管理手段だ。反抗心さえ奪えば、人間は容易に家畜化できる。桐生が蓮のことを知っていたのも、あのアリバイが完璧すぎるのも、すべてはシステムの一部だからだ。あそこには軍事レベルの監視カメラがあると言ったな? あれは外敵から守るためじゃない。中の『商品』を逃がさず、常にその価値を監視するためだ」


凪は自分の腕を強く抱きしめた。

蓮が消えたあの夜、自分も桐生の手を借りようとしていた。もしあの時、あの扉を潜っていたら、今頃自分もこのリストに並んでいたのだろうか。


「『白いサンタ』は、そのシステムの擬人化、あるいは集客のためのプロパガンダだ。奇跡を餌に若者を誘い込み、絶望を対価に存在を消し去る。その裏で、桐生のような人間が実務的に処理を進める」


灰原は凪の目を真っ向から見据えた。

その瞳には、かつてないほど鋭く、静かな怒りが宿っていた。


「蓮を助けたいなら、覚悟を決めろ。俺たちが相手にするのは、都市伝説なんかじゃない。この街の影で肥大化した、冷酷な合理主義という名の怪物だ」


[Chapter 11]

歌舞伎町の雑居ビル。その一室にある灰原の事務所は、街の喧騒を拒絶したような静寂に沈んでいた。

唯一の光源は、壁面を埋め尽くすモニターが放つ冷徹な青白い光だけだ。


灰原朔太郎はデスクに深く肘をつき、充血した瞳で画面を凝視していた。

映し出されているのは、蓮が失踪を遂げたあの夜のライブ配信映像。


「……おかしいな」


灰原の低い呟きが、密室の空気を震わせる。

その傍らで、凪は呼吸を忘れたかのように画面を見守っていた。


画面の中の蓮が「白いサンタ」へと手を伸ばし、ノイズと共に掻き消える。

狂ったように繰り返されてきたその光景を、灰原は今回、さらに残酷なまでに細分化して解析していた。

ミリ秒単位、いや、一フレームごとの再検証だ。


「凪、この日の天候を覚えているか?」


「……寒かった。雪が降っていて、風も強くて。指先が凍りつくみたいだった」


「そうだろうな。気象庁の記録によれば、あの夜の新宿周辺は北北西の風、風速四メートル。降雪量は一時間あたり三ミリだ」


灰原の指がキーボードを叩き、画面を二分割した。

左側には蓮のライブ配信映像。右側には同時刻、シネシティ広場を捉えていた別の街頭監視カメラ。

そして中央には、気象レーダーのデータから再構築された粒子のシミュレーション画像が浮かび上がる。


「注視しろ。特に、蓮の背後に舞う『雪』の挙動を」


灰原がペンライトで画面の一点を指し示した。

監視カメラの中の雪は、風に翻弄され、不規則な軌跡を描いて右から左へと流れている。


しかし、蓮の配信映像の中の雪は違った。

まるで意思を持っているかのように、蓮の周囲だけが穏やかに、不自然なほど垂直に舞い降りていた。


「……本当だ。全然違う。でも、あれはライブ配信だったはずだよ? 私も、他のキッズたちも、リアルタイムでこれを見ていたのに」


「それが『嘘』の正体だ」


灰原が雪の一粒を拡大する。


「見てみろ。この一粒が蓮の肩を通り抜ける瞬間、極めて微小な描画の遅延(レイテンシ)が発生している。これは自然界の物理現象じゃない。レンダリングエンジンの計算ミスだ」


灰原はある一点でフレームを静止させた。

そこには、降る雪が蓮の体に触れた刹那、火花のようなデジタルノイズを散らす様子が記録されていた。

肉眼では決して判別できない、一秒の六十分の一という刹那に起きた異変。


「この映像は、リアルタイムで撮影されたものじゃない。あらかじめ撮影されていた『背景』に、その時の天候に合わせた雪のCGを、AIがリアルタイムで合成して流していたんだ。いわば――『フェイク・ライブ』だ」


「じゃあ、蓮は……蓮はあの時、どこにいたの?」


凪の声が震え、上擦る。

灰原は無機質な操作でモニターを切り替えた。今度は熱感知(サーマル)カメラのログだ。


「配信映像では、蓮が消える直前に背後に『白い影』……白いサンタが現れたことになっている。だが、同時刻の広場のサーマルデータに、蓮以外の熱源は存在しない。そして、ノイズが走った瞬間のログを洗ってみると……」


灰原の瞳に、狩人のような鋭い光が宿る。


「蓮のスマートフォンの通信が、現場の基地局ではなく、特定のプライベート・サーバーに強制的にリダイレクトされている。つまりあの日、広場で蓮が見ていた景色と、配信に乗っていた景色は、全く別物だったということだ。彼は最初から、デジタルの檻の中に誘い込まれていたんだよ」


灰原は椅子を回転させ、凪を正面から見据えた。


「『白いサンタ』は魔法で人を消したんじゃない。高度な映像改ざんと通信ジャックを用いて、衆人環視の中でターゲットを『不可視化』したんだ。蓮が消えた瞬間、実際には物理的な遮蔽物か、あるいは集団催眠に近い視覚誘導によって、彼はその場から運び出された。この雪の矛盾こそが、奴らが作り上げた偽りの現実の綻びだ」


凪はモニターに映る、不自然に美しい雪を見つめた。

それが、親友を奪い去った巨大なシステムの断片であるかのように。


「一粒の雪が、全部嘘だって言ってるんだね……」


「そうだ。奴らは神じゃない。ただの、極めて周到なペテン師だ。そして、ようやく尻尾を掴んだぞ。この合成処理が行われたサーバーの出処は――」


灰原が画面をクリックすると、一つの地図が展開された。

示された場所は、桐生湊が運営するシェルター『希望の砦(ハースサイド)』から、わずか数百メートルしか離れていない地点だった。


[Chapter 12]

歌舞伎町の喧騒を、厚いコンクリートが遮断していた。

雑居ビルの一角。灰原の事務所を支配しているのは、無数のモニターが放つ冷徹な青白い光だ。


空調の低い唸りと、規則的に刻まれる打鍵音だけが、世界の境界線を引いている。

凪はモニターの前に立ち尽くし、画面に映る「蓮」の貌(かお)を凝視していた。

数日前、シネシティ広場で忽然と姿を消したはずの親友。その配信映像が今、灰原の手によって残酷に解体されようとしていた。


「……見てろ、凪。これが『白いサンタ』の正体、その一端だ」


灰原がエンターキーを叩くと、画面上の蓮に赤いグリッド線が走った。

スロー再生される映像。カメラに向かって微かに微笑む蓮。

凪には、それがただの痛々しいほど懐かしい光景に見えた。

だが、灰原が倍率を上げた瞬間、その平穏は「異物」へと変貌した。


「この瞬き、そして首の微かな傾き。周期が一定すぎる。人間の無意識な挙動には必ず『ゆらぎ』があるが、これにはそれがない。特定のアルゴリズムに基づいた反復――『デジタル・ゴースト』だ」


灰原の指が別のウィンドウを弾く。

そこには、配信開始の数時間前に記録された、街頭防犯カメラのログが解析されていた。

歌舞伎町の路地裏。影に溶け込むように現れた黒いワゴン車。

そこへ、抗う術もなく押し込まれる少年の姿があった。


時刻は午後四時。配信が始まる、四時間も前の出来事だ。


「蓮は……配信が始まる前に、もう捕まってたの?」


凪の声が、湿り気を帯びて震える。灰原は無機質に頷いた。


「ああ。ライブ配信に見えていたものは、あらかじめ収録された素材と、AIによるリアルタイム合成を組み合わせた虚像だ。視聴者のコメントに対し、AIが『蓮らしい』反応をその都度生成していたに過ぎない。この技術があれば、本人がその場にいる必要はない」


「じゃあ、桐生のアリバイは?」


凪は、桐生湊がテレビ出演していた事実を突きつける。

あの日、彼は確かに六本木のスタジオで、大衆にその端正な顔を晒していたはずだ。


「それも同じ手口だろう」


灰原がテレビ番組の録画データを取り出し、特殊なフィルタをかける。

画面いっぱいに映し出された桐生の喉仏。そこには、わずか数ミリ秒の描画の遅延(レイテンシ)が生じていた。


「放送業界のデジタル化を逆手に取ったんだ。あらかじめスタジオに用意された『器』に、遠隔地から桐生の表情をリアルタイムでマッピングする。彼が実際にいたのはテレビ局ではない。もっと別の場所……おそらく、あのシェルターだ」


凪の拳が、みしりと音を立てて握りしめられた。


蓮を救う場所だと信じていた「希望の砦(ハースサイド)」。

そこは、若者を保護する聖域などではなかった。

彼らの存在をデジタル的に抹消し、商品として加工するための『工場』。

桐生は、人々の善意と最新技術の影に隠れながら、蓮のアイデンティティを、その魂を、冷徹に解体していたのだ。


「あいつ……蓮を、人間をなんだと思ってるんだよ!」


凪の叫びが、狭い事務所に鋭く響き渡った。

怒りで視界が赤く染まる。

蓮は今も、あの冷たい地下のどこかで、自らの「証」を剥ぎ取られ続けているのかもしれない。


「灰原さん。突っ込もう。あいつの足元、あの地下シェルターに」


灰原は眼鏡のブリッジを押し上げ、凪の射抜くような視線を真っ向から受け止めた。


「装備も、法的な後ろ盾もない。自殺行為だぞ」


「それでも行く。あいつが蓮を『モノ』として扱ってるなら、私はそれをぶち壊しに行く。あいつの完璧なアリバイも、デジタルな嘘も、全部この手で直接引き裂いてやる」


凪の瞳には、かつての絶望ではなく、静かで激しい殺意が宿っていた。

灰原は短く溜息をつくと、デスクの引き出しから一台の黒いスマートフォンを取り出し、凪に放り投げた。


「……いいだろう。ハッキング用のドングルを仕込んである。物理的な警備は俺が引き受けるが、中の『鍵』を開けるのはお前の役目だ」


「わかってる」


凪はスマホを握りしめ、青白い光を放つモニターを背にした。

振り返ることなく、闇が広がる夜の街へと歩き出す。

その足取りは、もはや迷う者のそれではなく、狩人のそれだった。


[Chapter 13]

新宿の夜は、色褪せたネオンと吐き捨てるような寒風に支配されていた。

シネシティ広場の喧騒は、どこか遠い世界の出来事のように、凪の耳には届かない。


彼女は、凍える指先でスマートフォンの画面をなぞっていた。

液晶の青白い光が、その無機質な顔を不気味に照らし出している。


「……行くよ、蓮」


独り言は、凍てつく空気の中に白く溶けて消えた。

凪は、最後の一押しとして用意していた言葉を打ち込む。


『もう限界だ。全部捨てて消えたい。誰でもいい、私をどこかへ連れてって。 #白いサンタ』


投稿ボタンを押し下げた瞬間、心臓が跳ねた。

それは、自分という存在を、この街の「システム」へと捧げる供物だった。


「脈拍が上がっている。落ち着け、凪。深呼吸しろ」


耳の奥に仕込まれた極小インカムから、灰原の冷徹な声が響く。

凪は、雑居ビルの一室で、彼から最後の「装備」を施された時のことを思い出した。


灰原の手は、意外なほど温かかった。

彼は凪の瞳に、最新型のコンタクトレンズ型カメラを装着した。

瞬きをするたびに、彼女の視界はデジタルデータへと変換され、灰原のモニターへと送信される。

コートの裏地には、ボタンを模した超小型の発信機が深く縫い付けられていた。


『君は囮だ。だが、死なせるつもりはない』


その言葉を信じているわけではなかった。

ただ、彼以外に今の自分を繋ぎ止めてくれる人間がいないことを、凪は理解していた。

自分という「社会的証明」が完全に消え去る前に、蓮を取り戻さなければならない。


数分後、スマートフォンの通知音が沈黙を切り裂いた。

ダイレクトメッセージのアイコンが、鮮やかな赤色に点滅している。

送り主は、赤いリボンのアイコン――『白いサンタ』だ。


『君の願いを叶えてあげよう。今の君は、とても美しい「ギフト」だ』


メッセージの末尾には、位置情報が添付されていた。

大久保にあるシェルター「希望の砦(ハースサイド)」の目と鼻の先。

そこにある、取り壊し寸前の廃ビルだった。


「……来た。場所は、あのシェルターの地下」

「確認した。位置データはリンク済みだ。……いいか、凪。奴は獲物が『自ら望んで消える』ことを好む。恐怖を見せるな。救済を求める羊を演じ続けろ」

「わかってるよ、おじさん」


凪は冷たく返し、スマートフォンをポケットにねじ込んだ。


目的地へと向かう道すがら、街の景色が変容していく。

行き交う人々の顔が、どこか欠落しているように見えた。

彼らもまた、いつか誰かの「ギフト」になる予備軍なのだろうか。

新宿という街そのものが、孤独な魂を食らう巨大な胃袋のように思えて、凪は吐き気を堪えた。


指定された廃ビルは、周囲の住宅街から切り離されたようにひっそりと佇んでいた。

割れた窓ガラスが、冷ややかな月の光を鈍く反射している。

入り口を封じていたはずの鎖は、不自然に解かれていた。


凪は意を決して、建物の奥へと足を踏み入れた。

コンクリートの湿った匂いと、カビの混じった重い空気が鼻を突く。

視覚を共有している灰原には、この腐敗した静寂までは伝わっていないだろう。


「地下への階段があるはずだ」


灰原の指示が飛ぶ。

一段下りるたびに、外の世界の騒音が遠のいていく。

代わりに、深淵から響いてくるような、規則的なハミングが耳に届き始めた。

サーバーの冷却ファンの音か、あるいは、何かを加工する機械の駆動音か。


最下層に辿り着いた時、凪の視界は一変した。

廃ビルの外観からは想像もつかない、無機質で清潔な回廊。

壁一面に張り巡らされた光ファイバーの束が、血管のように青白く脈打っている。


「……何、ここ」

「静かに。誰か来る」


前方から、硬い靴音が響いてきた。

コツ、コツ、と金属製の床を叩く、冷徹なリズム。


暗闇の中から姿を現したのは、白衣を纏った男――桐生湊だった。

彼は、慈愛に満ちた微笑を浮かべたまま、凪の目の前で立ち止まった。


「ようこそ、凪。自分の意志でここに来てくれたことを、心から歓迎するよ」


桐生の瞳は、凪を人間として見ているのではない。

完璧に分類された「検体」を愛でるような、狂気的な熱を帯びていた。

凪は背筋を走る戦慄を押し殺し、震える声で言った。


「……私の、願いを叶えてくれるの?」

「ああ。君はこの醜い世界から解放され、永遠の空白として完成するんだ」


桐生が優しく手を差し伸べる。

その背後、広大な地下空間の奥に、無数のシリンダーが整然と並んでいるのが凪の視界(カメラ)に捉えられた。


その中の一つに、眠るように目を閉じた蓮の姿があった。


「囮捜査の開始だ」


灰原の低い声が、凪の脳内で鋭く響いた。


[Chapter 14]

聖夜の狂騒が、足元から遠ざかっていく。


新宿・歌舞伎町のけばけばしいネオン、シネシティ広場に流れる安っぽいクリスマスソング、そして若者たちの虚ろな笑い声。それらすべてが、分厚いアスファルトとコンクリートの層に遮断され、湿り気を帯びた重苦しい沈黙へと取って代わられた。


凪(なぎ)は、指定されたマンホールの先に広がる地下通路の入口に立っていた。

かつて都市の静脈として機能していたであろうその場所は、今や「白いサンタ」という名の怪物が獲物を飲み込むための、巨大な食道のように見えた。


背後で、重い鉄の蓋が閉まる。

その硬質な金属音は、地上との最後の繋がりを断ち切る断頭台の音のように響いた。


「……予定通りだ。潜入した」


凪は襟元に隠した超小型マイクに、微かな声で呟いた。

瞳には、灰原(はいばら)から渡されたコンタクトレンズ型のカメラが装着されている。彼女が見る光景は、数キロ離れた雑居ビルの一室で、灰原のモニターに転送されているはずだった。


応答はない。代わりに、鼓膜の奥で僅かな電子ノイズが爆ぜた。

それが「了解」の合図だ。


しかし、一歩奥へ進むごとに、そのノイズは耳障りな不協和音へと変質していく。下水とカビの混じった鼻を突く腐臭。壁を伝う水の滴りだけが、この迷宮の底知れぬ広大さを物語っていた。


「待て」


暗闇から突き出された無骨な腕が、凪の肩を掴んだ。

桐生の部下と思われる、黒いタクティカルウェアに身を包んだ男たちだ。彼らは一切の感情を排した手つきで、凪の視界を厚手の布で覆った。


目隠しをされた瞬間、皮肉なほどに他の感覚が研ぎ澄まされていく。

男たちのゴム靴が泥水を踏む不快な音。その奥から聞こえる、重厚な金属扉が開く低い地鳴り。


「歩け。余計な真似をすれば、ここで『廃棄』だ」


男の声は冷たく、凍てついていた。

凪は促されるまま、暗闇の奥へと足を踏み出す。数歩ごとに右へ、左へと曲がらされ、方向感覚は瞬く間に喪失した。まるで巨大な生物の腸内を彷徨っているような、悍ましい錯覚に陥る。


その頃、灰原の事務所では、モニターに映し出されるノイズの嵐との格闘が続いていた。


「チッ……、遮蔽が厚すぎる。ただの地下じゃないな。電波を減衰させるコーティングでも施されているのか」


灰原はキーボードを叩く指を止めず、苛立ちを隠そうともせずに毒づいた。

モニター上の凪の生体反応を示すグラフが、激しく上下している。心拍数の急上昇。彼女の喉元まで迫っているであろう恐怖が、デジタルな波形となって灰原の眼前に突きつけられていた。


「凪、聞こえるか。そこはかなり深い。これ以上進めば、GPSの座標もロストする。無理はするな、いつでも引き返せ……!」


だが、灰原の声が途切れ途切れの通信の波間に消え、凪に届くことはなかった。

画面には「SIGNAL WEAK」の警告灯が赤く明滅し、凪の視界を共有していた映像は、激しいブロックノイズの果てに静止した。


一方、凪は目隠しの下で、周囲の空気の変化を敏感に感じ取っていた。

目的地に着いたのか、男たちの足が止まる。


目隠しを剥ぎ取られた凪が、最初に目にしたもの。

それは、無機質なLEDライトに照らし出された、広大なコンクリートの空洞だった。

そこはもはや、単なる通路ではなかった。いくつもの鉄格子の檻が整然と並ぶ、巨大な「貯蔵庫」だった。


「……っ」


息を呑む音が、冷たい空間に反響した。

檻の中には、凪と同年代の若者たちが、力なく座り込み、あるいは横たわっていた。その数は数十、いや、百を超えているかもしれない。


皆、一様に生気を失い、まるで行き先を失った家畜のように虚ろな目で宙を見つめている。かつてシネシティ広場で見かけた顔も、その中に混じっていた。


暗闇の奥から、微かな啜り泣きと、何かが軋む不気味な音が聞こえる。

凪は背筋に氷を押し当てられたような戦慄を覚えた。


「白いサンタ」の伝説。

願いを叶える代償に奪われる「ギフト」。

それは単なる都市伝説などではなく、この巨大な「システム」を維持するための、あまりにも合理的で残酷な集荷作業の呼び名だったのだ。


「蓮(れん)……、どこにいるの……」


凪は震える声を押し殺し、檻の列のさらに奥、暗淵の深みに目を凝らした。

灰原との通信は完全に途絶。彼女は今、この迷宮の底で、真の孤独の中にいた。


だが、その瞳には、恐怖を塗りつぶすような決意の光が宿っていた。

この地獄の全貌を暴くまでは、決して引き下がるわけにはいかない。


聖夜の深淵は、まだ始まったばかりだった。


[Chapter 15]

新宿歌舞伎町の喧騒を切り裂き、辿り着いた地下最深部。

そこには、地上に降る薄汚れた雪さえも浄化されるような、あまりにも無機質で、あまりにも白い空間が広がっていた。


壁、床、天井。継ぎ目のない鏡面仕上げの素材が、逃げ場のない虚無を映し出している。

中心に鎮座するのは、最新鋭の手術台と、壁一面を埋め尽くす高精細モニターの群れ。

高度なフィルターで濾過された空気からは、微かなオゾンの臭いと、神経を逆撫でするような鋭利な薬品の香りが漂っていた。


凪はその異様さに、足が竦むのを感じた。

地下道に漂っていた土着的な湿っぽさは消え失せ、代わりにここを支配しているのは、死んだような清潔さだ。


「ようこそ、凪。この街で最も効率的で、最も美しい『再生工場』へ」


聞き慣れた、しかし決定的に人間味の欠けた穏やかな声が響く。

声の主は、桐生湊。

慈善団体『希望の砦』を率い、傷ついた若者たちの救世主と称えられる男。

だが、今の彼が纏っているのは聖者の衣ではない。返り血の一滴さえ拒絶するかのような、完璧に糊のきいた白衣だった。


凪は震える指先を隠すように拳を握りしめた。

背後のコンタクトレンズ型カメラが、微かな電波を拾って灰原にこの光景を届けていることだけを、今は祈るしかない。


「……桐生先生。あんたが『白いサンタ』だったのか」


凪の声は、冷徹な静寂に吸い込まれていく。

桐生は薄い唇に微かな笑みを浮かべ、モニターの一枚を指し示した。

そこには失踪した若者たちのリストと、それに対応する「価格」が整然と並んでいた。

名前、年齢、健康状態。そして、戸籍の鮮度。


「サンタ、か。子供じみた呼び名だが、役割としては悪くない。私は彼らに、社会という巨大な歯車の中で、新しい居場所を与えているだけなんだよ」


桐生は続ける。

「凪、君も知っているだろう? シネシティ広場にたむろする彼らには、法的な価値も、社会的な役割も、明日への希望さえない。ただ消費され、摩耗し、消えていくだけのゴミ屑だ」


その言葉には、毒も悪意も含まれていないように聞こえた。

むしろ、数学の定理を証明するかのように淡々としていた。


「だから私が、彼らを『部品』として再定義してあげた。戸籍は身分を偽りたい富裕層や犯罪組織に。健康な眼球や腎臓は、命を金で買いたい権力者に。そして、それらを提供した彼らには、永遠の『休息』と、誰からも忘れ去られるという究極の自由を与える。これ以上の救済が、他にあるかな?」


狂気。しかしそれは、緻密に積み上げられ、論理的に完成された狂気だった。

桐生が一歩、また一歩と凪に近づく。

その足音は、死刑執行へのカウントダウンのように規則正しく響いた。


「ふざけないで。そんなの、ただの……ただの殺人じゃない!」


凪は必死に声を絞り出した。

視界の端に、透明なパーティションで仕切られた隣室が見えた。

シリンダーのような装置の中で横たわっているのは、蓮の姿だ。

無数のチューブがその肉体に繋がり、規則的な機械音が、彼がまだ「生きた部品」であることを辛うじて告げていた。


「蓮!」


凪の叫びも虚しく、蓮はぴくりとも動かない。

桐生は慈しむような眼差しを、その残酷な光景に向けた。


「彼は素晴らしい素体だ。観察眼が鋭く、自我が強い。そういう個体こそ、解体したときの価値が高い。君もそう思わないか? 彼は今、自分の存在が誰かの命を繋ぎ、誰かの人生の身代わりになるという、かつてないほどの『社会的貢献』を成し遂げようとしているんだ」


凪の耳元で、激しいノイズが走った。

灰原との通信はまだ生きているのか。それとも、この絶望的な深淵で自分は独りきりなのか。

一秒が永遠のように長く、重く引き延ばされる。

彼女にできるのは、桐生の自己陶酔を煽り、一分一秒でも長くこの男をここに留めておくことだけだ。


「……あんた一人の力で、こんなことができるはずがない。この施設も、SNSの工作も。バックに誰がいるの?」


凪の問いに、桐生は愉悦を隠しきれない様子で壁のモニターを全開にした。

そこには世界中の金融ネットワークや、政府高官との裏取引を裏付ける暗号化データが、滝のように流れ落ちていた。

これこそが『白いサンタ』というシステムの正体。

一人の怪人などではない。社会の最上層が、その底辺を食い尽くすために作り上げた、冷酷な捕食回路。


「バック、か。凪、君はまだ理解していない。この社会そのものが私のバックだよ。世界は、持たざる者から奪い、持つ者に捧げることで回っている。私はその流れを少しだけ加速させ、美しく整えているに過ぎない」


桐生は医療用の手袋をはめ、金属製のトレイからメスを取り出した。

その刃が手術室のライトを反射し、残酷なまでに煌めく。


「さて、講義は終わりだ。凪、君には特別な役割を用意している。蓮の隣で、君たちの絆が『資源』としてどう昇華されるか。特等席で見せてあげよう」


桐生の冷たい手が、凪の肩へ伸びる。

その瞬間、凪の耳の奥で、待ち望んでいたノイズが鋭い電気信号へと変わった。


――『よくやった、凪。そのまま喋らせろ。今、座標を固定した』


灰原の声が、微かに、だが確かな質量を持って届く。

その瞬間、凪の瞳に宿っていたのは絶望ではない。

闇を焼き切るような、鋭い反撃の火が灯っていた。


[Chapter 16]

地下最深部。

無機質なコンクリートに囲まれた窓のない密室を、鋭利なノイズが切り裂いた。


凪の耳に仕込まれた極小レシーバーが高周波を上げ、次の瞬間、スピーカーから聞き慣れた男の声が響き渡る。

それは、地獄の底に届いた審判の音だった。


「――通信復旧。聞こえるか、桐生湊。あるいは、現代の『白いサンタ』さんよ」


灰原朔太郎だ。

凪は拘束された身体の強張りをわずかに解き、目の前で優雅に微笑んでいた桐生の表情を注視した。

桐生の眉が、ぴくりと跳ね上がる。


「灰原、か。まだ生きていたとは。この施設は軍事レベルの遮断処置を施しているはずだが」


「あんたの築いた『情報の密室』は見事だったよ。だが、完璧すぎるものは、それ自体が不自然という名の指紋を残す。あんたはデジタルという名の雪で街の汚れを覆い隠したが、雪は溶ければただの水だ」


灰原の声は冷徹で、論理の銃弾を装填する音まで聞こえてくるようだった。


「まず、あんたのアリバイだ。六本木での生放送出演――あれは実に見事なディープフェイクだった。だが、あんたのAIは少しばかり『綺麗すぎた』んだ。最新の描画技術を駆使しても、実際のレンズが捉える微細な塵や、送信プロトコル上のレイテンシが生むノイズの揺らぎまでは再現しきれていない。解析の結果、その映像データには物理的なカメラが介在した痕跡が一切なかった」


桐生の笑みが、わずかに硬直していく。


「さらに、蓮が失踪した瞬間のライブ配信だ。画面には美しい雪が舞っていたが、あの夜の新宿の気象データによれば、風向は北北西、風速は四メートル。だがあんたの映像の中の雪は、物理法則を無視して一定のパターンで垂直に落下していた。レンダリングの設定ミスだな、ドクター」


灰原の言葉は、桐生が積み上げてきた「聖者」の虚像を一枚ずつ剥ぎ取っていく。

凪は見た。桐生の額を、一筋の汗が伝い落ちるのを。


「そして、金だ。あんたの運営する『希望の砦』の資金源。海外のペーパーカンパニーを経由した複雑な洗浄ルートを辿らせてもらったよ。ダークウェブの『Fresh Life Logistics』……そこで取引されていたのは、単なる戸籍じゃない。あんたが『ギフト』として奪った若者たちの社会的証明そのものだ。売買された戸籍IDと、あんたの秘密口座への入金タイミングは、秒単位で一致している」


「……黙れ」


桐生の声から余裕が消え、低く湿った殺意が混じり始める。


「黙れだと? 悪いが、もう遅い。あんたが今この地下で行っている『処理』の全容、戸籍売買の証拠、そして被害者リスト。すべてをパッケージ化し、世界中のメディアと法執行機関、そして匿名掲示板のサーバーへ一斉送信する準備は整っている」


灰原の声が、最後通牒を突きつける。


「送信スイッチは俺の心拍計と連動している。俺を殺しても、放置しても、三十分後には全世界が知ることになる。あんたの正体は救世主などではない。弱者を食い物にする、ただの守銭奴で、猟奇的な蒐集家だということをな」


「灰原……!」


桐生は激昂し、傍らのコントロールパネルを殴りつけた。

論理的に構築したはずのアリバイが、より高度な論理によって解体されていく。


その瞬間、桐生の顔から人間らしい表情が抜け落ちた。

そこに現れたのは、冷たく空虚な「怪物」の素顔。

余裕に満ちた仮面は、いまや修復不可能なほどに砕け散っていた。


「論理の銃弾は、すでにその眉間に突きつけられている。さあ、どうする? 桐生湊。このまま地獄へ落ちるか、それとも――」


灰原の問いかけに、桐生は獣のような唸り声を上げ、凪の方へと向き直った。

その目は、もはや救済を説く医師のものではない。

追い詰められた捕食者の、醜悪な光を宿していた。


[Chapter 17]

「……ああ、そうだ。私がすべてを仕組んだ。それがどうしたというんだ?」


桐生湊の端正な貌(かお)が、見たこともないほど醜悪に歪んだ。

目の前のモニターには、灰原が突きつけた決定的な証拠が非情なまでに羅列されている。

フェイク・ライブの解析データ、気象情報の矛盾、そしてダークウェブ上での戸籍売買——。


完璧を自負していた彼の『聖域』は、今やデジタルな暴風雨によって根底から瓦解しようとしていた。


「君たちは、自分がどれほど大きなものを壊そうとしているのか分かっていない。私は救済していたんだ! 社会から見捨てられ、ゴミのように扱われる彼らに、『部品』としての崇高な価値を与えてやったんだよ!」


桐生の絶叫が、無機質な地下室に反響する。

彼は激情に任せ、凪の細い首に手を伸ばした。

そこに医師としての冷静さは微塵もなく、瞳にはどす黒い殺意だけが渦巻いている。

凪は反射的に身を引こうとしたが、背後には冷たいシリンダーが迫っていた。逃げ場はない。


「凪、それを使え!」


イヤホン越しに、ノイズ混じりの灰原の怒号が響く。

凪は震える右手で、袖口に隠していたペン型のデバイスを握りしめた。

突入前、灰原から「お守りだ」と渡された高電圧のスタンガン。


桐生の指が喉元に食い込み、酸素が遮断される。

視界が白く明滅するなか、凪は死に物狂いでデバイスを桐生の脇腹へと突き立てた。


激越な放電音が鼓膜を突き、桐生の体が弓なりに弾かれる。

獣のような苦悶の声を上げ、彼は床に崩れ落ちた。


「はぁ、はぁっ……! 救済……? ふざけないで。あんたはただ、私たちの孤独を食い物にしていただけだ!」


凪の叫びと呼応するように、天井のスピーカーから耳を劈く警報音が鳴り響いた。

壁のパトランプが血のような赤色で回転し、地下施設の静寂を蹂躙する。


『侵入者を確認。排除プロトコルを開始します』


無機質なAI音声が宣告し、頑強な隔壁が次々と跳ね上がった。

奥の通路から、桐生が私兵として雇っている完全武装の警備員たちが殺到する。

彼らの銃口は、迷うことなく凪と、まだシリンダーの中で微睡む蓮に向けられた。


「終わりだ、凪……! ここは私の城だ、生きては出さん……!」


床を這いながら、桐生が呪詛を吐く。

絶体絶命。

だがその瞬間、背後の厚い壁が、凄まじい爆発音と共に崩落した。


噴煙の中から現れたのは、黒いタクティカルウェアに身を包んだ集団だった。

桐生の私兵とは明らかに一線を画す、洗練された殺気。

灰原が事前に手配していた、裏社会の『掃除屋(クリーナー)』たちである。


「仕事の時間だ。ターゲットの安全を確保しつつ、施設を無力化する」


乾いた指示と共に、激しい銃撃戦が始まった。

放たれたフラッシュバンが炸裂し、地下室は視覚を奪う白光と、鼓膜を震わせる轟音に包まれる。

私兵たちが次々と制圧されていく隙を突き、凪は蓮のシリンダーへ駆け寄った。


「蓮! 起きて、蓮!」


緊急解除スイッチを叩き、内部の液体が排出される。

意識を失ったままの蓮の体を受け止めた瞬間、そのあまりの軽さに凪の胸が締め付けられた。

どれだけのものを奪われれば、人はこれほどまでに脆くなってしまうのか。


「しっかりして……! 一緒に帰るんだから。シネシティ広場に……あの汚くて、でも最高に自由な私たちの場所に!」


凪は蓮の腕を自分の肩に回し、必死にその体を引きずり出した。

混乱と乱戦が渦巻く中、灰原から送られてきた脱出ルートが、凪のコンタクトレンズに青白く浮かび上がる。


銃声と悲鳴、そして爆発が『聖域』を粉砕していく。

凪は一度だけ、崩壊する実験室の中で茫然自失としている桐生を振り返り——。

それから迷うことなく、出口を示す光の方へと走り出した。


[Chapter 18]

背負った蓮の体温が、冬の湿った冷気にさらされた背中を伝う。

ぐったりと弛緩した彼の腕が凪の首に回され、その細い指先が、鎖骨のあたりを頼りなくなぞっていた。

重い。けれど、この重さこそが、彼がまだ「物質」としてこの世界に繋ぎ止められている証だった。


「……ナギ、……おろ……せ……」


耳元で蓮が掠れた声を漏らす。

意識は混濁し、言葉にならない吐息が首筋をくすぐった。凪は奥歯を噛み締め、ずり落ちそうになる彼の腿を強く抱え直す。地下通路の床は泥と汚水でぬかるみ、一歩踏み出すごとに不快な吸着音が鼓膜を打った。


「黙ってて、蓮。あんたは寝てればいい。あたしが、絶対、外まで連れてってやるから」


背後からは、執拗なまでの叫びが響いていた。

桐生湊の声だ。それは、かつて「希望の砦」で若者たちを慈しんでいた聖職者のものではなかった。

地位を、システムを、そして自ら粉飾した神性を剥ぎ取られた、一匹の獣の断末魔。


「凪! 戻れ! 君たちはそこでは生きられない! 私という光がなければ、君たちはただのゴミとして、この街の闇に飲み込まれるだけなんだぞ!」


凪は一度も振り返らなかった。

その叫びは、今の彼女には不快なノイズにしか聞こえない。

光? 救済? 

そんなものは、あの冷え切ったシリンダーの中には欠片もなかった。

あったのは、若者の命を「資源」としか見なさない、冷徹な計算式だけだ。


『凪、聞こえるか。右だ。三十メートル先に非常用の管理扉がある。その奥に上層へ続く梯子があるはずだ』


耳に差し込んだイヤホンから、灰原の低い声が届く。

その感情を排した響きが、今は何よりも確かな羅針盤だった。


「分かってる……。ねえ、灰原さん。他の子たちは?」


『掃除屋(クリーナー)が制圧した区画から順次、解放している。……と言っても、彼らの多くは心が壊れかけている。歩ける者は君についていくよう指示した』


凪が足を止め、指示された扉を蹴り開ける。

そこには「貯蔵庫」から這い出してきた数人の若者たちが立っていた。

皆、生気を失った瞳で、所在なげに虚空を見つめている。凪は彼ら一人ひとりの顔を、射貫くような視線で見据えた。


「あんたたち、生きたいんでしょ!」


鋭い声に、一人の少女が肩を跳ねさせた。


「死にたくないなら、あたしに付いてきな。ここから上は、あたしたちがいたクソみたいな現実だけど……あの冷たい箱の中よりは、百倍マシよ!」


凪は蓮を背負い直し、急勾配の梯子に取り付いた。

足が震える。肺が焼けるように熱い。

けれど、背中から伝わる蓮の心音が、彼女の動力を繋ぎ止めていた。

一人、また一人と、影のような若者たちが凪の後に続く。


どれほど進んだだろうか。

錆びついたマンホールの蓋の隙間から、細い光が差し込んできた。

それは地下の無機質なLEDなどではなく、もっと乱雑で、騒がしくて、温かい光。


「はぁ、はぁ……っ!」


最後の力を振り絞り、凪は重い鉄の蓋を押し上げた。

一気に流れ込んできたのは、冬の夜の凍てつくような冷気と、排気ガスの匂い。

そして、耳を刺すような街の喧騒。


そこは、シネシティ広場のすぐ裏手にある路地裏だった。

地上に出た瞬間、凪の視界を埋め尽くしたのは、クリスマスの余韻が残る歌舞伎町のネオンだ。

青、赤、金。毒々しいほどに鮮やかな光の奔流。

行き交う人々の話し声、遠くで鳴るクラクション、どこかの店から流れる流行歌。


凪は蓮をゆっくりと地面に下ろし、自分もその場にへたり込んだ。

続いて地上へ這い出してきた若者たちが、眩しそうに目を細め、新宿の空を見上げている。

彼らは皆、透き通った幽霊のようだったが、確かにそこに存在していた。


「……な、……凪……?」


蓮が、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

焦点の定まらない瞳が凪の顔を捉え、それから夜空のネオンへと泳いでいく。


「……ここ、は……」


「歌舞伎町だよ。あんたがずっと撮ってた、最低で、最高の街」


凪の声が震えた。視界が急速に滲んでいく。

頬を伝う熱い雫が、冷たい外気に触れて温度を失っていく。

それは悲しみでも恐怖でもなかった。

ただ、自分が今、この汚れた街の片隅で、確かに「生きている」という強烈な実感だった。


白いサンタなどいなかった。

願いを叶えてくれる奇跡も、優しい神様も、どこにもいない。

けれど、自分たちの足で泥を蹴り、自分の意志で呼吸をするこの瞬間こそが、奪われていた「ギフト」だったのだ。


凪は蓮の手を強く握りしめた。

遠くからサイレンの音が近づいてくる。日常という名の混沌が、再び彼らを飲み込もうとしていた。

けれど、もう迷わない。

この光と影の混ざり合う世界こそが、自分たちの居場所なのだから。


「おかえり、蓮」


涙に濡れた笑顔で凪が言う。

蓮は微かに、けれど確かな力で、その手を握り返した。


歌舞伎町の夜空に、予報にはなかった本物の雪が、静かに舞い降りていた。


[Chapter 19]

十二月二十六日、午前五時三十分。

聖夜の喧騒が引き潮のように去った大久保の一角で、凍てつく静寂を無機質なサイレンが切り裂いた。


「警察だ! 全員動くな!」


厚い防弾ベストに身を包んだ捜査員たちが、若者向けシェルター『希望の砦(ハースサイド)』の重厚な扉を蹴破る。

数分後、手錠をかけられた桐生湊が、無数のフラッシュを浴びながら連行されていった。かつての端正な面持ちは影を潜め、その瞳には光を失った深い虚無だけが沈殿している。


メディアはこぞって「若者の救世主、その裏の顔」という見出しを掲げ、地下施設で行われていた戸籍売買と非道な実験を報じた。だが、その華々しい報道の裏側で、救出された若者たちが直面した現実はあまりにも残酷だった。


新宿にある大学病院の特別病棟。

朝日が差し込む病室で、蓮は白いシーツに埋もれるように眠っていた。

一命を取り留めたものの、彼の瞳が焦点を結ぶことは稀だった。身体的な衰弱以上に、魂の「部品」を削り取られたような精神の乖離(かいり)が彼を蝕んでいた。凪は、彼の枕元で固く握りしめた手を離せずにいた。


「……蓮、朝だよ」


声をかけても、返ってくるのは不規則な呼吸音だけだ。

桐生の手によって改ざんされた社会的データの一部は、灰原の暗躍によってある程度復元された。しかし、失われた「記憶」や「他人の認識」のすべてが元通りになるわけではない。

役所のデータベース上で『蓮』という人間が復活しても、かつて、いまだ彼を「いないもの」として扱う薄い霧がかかったままだ。社会的証明の消失という傷跡は、そう簡単に塞がるものではなかった。


病室の扉が音もなく開き、灰原朔太郎が姿を現した。

いつもの薄汚れたコートを纏い、感情を読み取らせない冷ややかな眼差しを凪に向ける。


「仕事は終わった。桐生の個人サーバーから抜いたデータは、すべて検察の担当者に送りつけた。奴が二度と陽の光を浴びることはないだろう」


灰原の言葉は事務的だったが、凪はその声の奥に潜む微かな疲労を見逃さなかった。


「……ありがとう、灰原さん。あなたがいなかったら、私たちは今頃……」

「礼には及ばない。俺はただ、俺の美学に反する『濁った嘘』を排除しただけだ」


灰原は窓の外、高層ビルが立ち並ぶ西新宿の街並みを眺めた。

そこには、凄惨な事件などなかったかのように動き出す、巨大な社会の歯車がある。


「凪、忠告しておく。システムは修復されたが、この街の『歪み』そのものが消えたわけじゃない。第二、第三の桐生は、常に次の獲物を探している。お前たちの居場所は、いまだに境界線の外側だ。それを忘れるな」


彼はそう言い残すと、凪の返事を待たずに部屋を出て行った。

情報の海を泳ぎ、影の中に生きる男。灰原という存在もまた、この街が産み落とした一つの「形」なのだろうと、凪は思った。


数日後、凪は一人でシネシティ広場に立っていた。

白い雪の代わりに、汚れた冷たい雨がコンクリートを濡らしている。

かつて「白いサンタ」を求めて若者が群れたこの場所は、今はただの虚ろな空間に過ぎない。

しかし、凪の胸に去来するのは、かつての絶望ではなかった。彼女のポケットには、蓮が大切にしていたフィルムカメラが入っている。


「私たちは、まだここにいる」


たとえ戸籍が不完全でも、誰かの記憶から零れ落ちていても、心臓の鼓動だけは確かに自分たちのものだ。

凪はカメラを取り出し、灰色に霞む新宿の空にレンズを向けた。それは、記録されることのない自分たちの「生」を、自分たちだけのために刻みつけるための儀式だった。


サンタクロースは来なかった。

奇跡も起きなかった。

けれど、彼女は自分の足で冷たい地面を踏みしめ、確かに前を向いていた。


浄化の代償は重かったが、その引き換えに手に入れたのは、誰にも奪われることのない「自分」という名の現実だった。


[Chapter 20]

歌舞伎町の夜は、死なない。


ネオンが断末魔のように瞬き、空が露出オーバーのフィルムのような、濁った灰色に染まり始めても、街の呼吸が止まることはない。

その呼吸は、夜の静寂を食い破るように、明け方の路上に転がる空き缶の乾いた音や、清掃車が撒き散らす重低音へと姿を変えていくだけだ。


「……寒いね、凪」


隣でレンが、震える声で呟いた。

新宿を見下ろす雑居ビルの屋上。錆びた鉄柵に身を預け、彼は愛用のフィルムカメラを首から下げている。


救出から数週間が経った今も、彼の指先には地下施設で味わった極限の恐怖が、微かな戦慄となって残っていた。

デジタルですべてが完結するこの時代に、あえて不器用な手付きでフィルムを巻き上げる。その仕草は、彼にとって自分が「今、ここにいる」ことを確かめるための、静かな儀式のようにも見えた。


「冬だからね。あと少しで、本物の太陽が出る」


凪はコートのポケットに手を突っ込んだまま、眼下に広がるシネシティ広場を眺めた。

かつて『白いサンタ』という怪物が跋扈したあの場所には、すでに新しい「居場所」を求める少年少女たちが漂い始めている。


彼らの間では、もうサンタの話は過去の遺物だ。

今は『青い影の女』だとか『消えるコインランドリー』だとか、安価な新しい都市伝説が生まれては、スマートフォンの画面の中で消費され、消えていく。


街は何も変わっていない。

ただ、そこにいたはずの誰かがいなくなり、その空白を別の誰かが埋める。

ただそれだけの、無機質な反復だ。


桐生湊が逮捕されたニュースは、数日間だけメディアを騒がせた。

高潔な医師の裏の顔。臓器と戸籍の売買ビジネス。

だが、彼が構築した「社会的証明を剥奪する」というシステムの真の毒性を、世間は何も理解していない。


警察はあくまで物理的な犯罪として処理し、行政は失われた「データ上の存在」を修復する煩雑さに及び腰だった。

レンを含め、あの日生還した若者たちの多くは、今も公的には「存在しない」まま。

自分の名前と権利を取り戻すための、出口の見えない事務的な泥沼を歩まされている。


「僕さ、時々怖くなるんだ」


レンが、遠くのビル群にレンズを向けたまま囁いた。


「戸籍も、学校の記録も、親の記憶からも消されて……。僕は本当は、あのシリンダーの中で一度死んだんじゃないかって。今の僕は、誰かが作り直しただけの『偽物』なんじゃないかって」


「馬鹿言わないで」


凪は突き放すように言ったが、その手は優しくレンの肩に置かれた。


「あんたの心臓の音を、あそこで聞いたのは私だよ。記録がなかろうが、他人が忘れていようが、私が覚えている。それだけで十分でしょ」


レンは少しだけ照れくさそうに笑い、シャッターを切った。

乾いた音が、朝の冷たい空気の中に吸い込まれていく。


その瞬間、凪のスマートフォンが短く震えた。

画面には、発信元不明の暗号化されたメッセージが一通。

差出人の名はない。だが、その簡潔すぎる文体だけで、凪には送り主が誰であるか分かった。


『生きろ』


それだけの言葉。

灰原朔太郎――あの地下施設からの脱出を導き、桐生の罪を暴くと同時に、自らも情報の海へと霧のように消えていった男。


彼が今どこで何をしているのか、そもそも日本にいるのかさえ不明だ。

だが、その一言は凪の胸の奥にある、まだ癒えぬ傷口に、冷徹で確かな安らぎを与えた。


凪は画面を閉じ、空を見上げた。

ビルの隙間から、鮮烈なオレンジ色の光が差し込んでくる。


「……行こう。お腹空いた」


「うん。……ねえ、凪。僕、次のロールには、この街の『光』を撮ってみたいんだ」


     *


二人が屋上を去り、歌舞伎町が本格的な朝の喧騒に包まれていく頃。

街から数キロ離れた、防音設備の整った黒塗りの車内。


灰原朔太郎は、膝の上のラップトップに映し出される、膨大なログデータを眺めていた。

彼の耳には、ワイヤレスイヤホンを通じてノイズ混じりの音声が届いている。


「……ええ、桐生の件は片付きました」


灰原は淡々とした口調で、見えない相手に応答する。

その瞳には、かつて凪たちに見せた微かな同情の色など、微塵も残っていない。


「彼は目立ちすぎた。救済という甘い言葉で、システムを私物化しようとしたのが敗因です。……ええ、サンプルについては、一部にイレギュラーな動きがありましたが、概ね許容範囲内です。データの欠損は、また別の場所で補填すればいい……」


窓の外、新宿の街が朝日に照らされて輝いている。

灰原はふっと口角を上げ、冷徹な微笑を浮かべた。


「都市の歪みは、そう簡単には治りませんよ。……ええ、また連絡します」


通話を切ると、彼は画面上の「白いサンタ」に関連する最後のファイルを、一瞬の躊躇もなくゴミ箱へとドラッグした。


歌舞伎町の夜明けは、何かを終わらせるためのものではない。

それは、より深く、より巧妙な「次の夜」が始まるための、束の間の舞台転換に過ぎないのだ。

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白いサンタ 月雲花風 @Nono_A

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