クロバン ーCrawl up Wind bandー

明烏 彩夜

第1話 出会い

「はあ……。本当はそんな時間があるならバイトしたいんだけどな……。」


職員室の扉を閉めたあと、うなだれた様子の生徒がそうこぼした。


「この学校は部活強制参加なのか……。どうしようかな。」


転校生のその生徒は、この学校に来るまで、部活強制参加の存在を知らなかった。とりあえず先程先生から渡された部活動案内のパンフレットを持ち、部活見学に行こうと歩き出した。……が、


「あ、今日月曜日だ。パンフレットで見た限り、確か部活が休みの日だったはず。どおりで妙に静かだと思った。」


この学校は毎週月曜日は部活休止で、練習等したい者は自主練をする。


「何も先生も部活休みの日にこの話しなくともいいと思うけど……。でもこれから今すぐ部活見学行ってこい。とか言われるよりマシか。……ダメ元で体育館でも行ってみようかな。」


もしかすると誰かしら自主練をしていて、話を聞けるかもしれない。そう思い体育館へ足を運ぶ。


「ん?なんだろう?この音。」

体育館に近付くにつれ、なにか音楽が聞こえてくる。聞いたことは無いような音。その音は反響して校内に柔らかく響く。体育館に続く渡り廊下を歩き、開け放たれている扉をくぐる。そこには────


楽器を奏でる少年の姿があった。


「…………………………。」

生徒はその音に惹かれたようで、しばらく無言で聴き込んでいた。


「ふう…。」

吹き終わり、一息を着いた少年に、生徒は拍手を送る。

「うお!?だ、誰、いつから!?」

驚き急いで振り返った少年の顔を見て、生徒は見覚えがあるようで話しかける。


「……、あれ?もしかして地結季《ちゆき》?」

「え?」


一方地結季はいまいちピンと来ないようで、生徒の顔を凝視する。

「僕だよ。響《きょう》。」

「は!?お前、響なのか!!?」

その名前を聞いて思い出したようで、地結季は目を丸くした。


「ほんとに響なのか?だとしたら背ぇ伸びすぎだろ…。何センチだよ今。」

「今年の身体測定では173cmだったよ。っていうか背が伸びすぎなのはそっちもでしょ?そっちこそ今何センチ?」

「直近で186cmだったな。」

「伸びたね。」

「そんなことより、お前マジで響なのか?」


たわいもない会話を交わす2人。まだ地結季は響だと確信をえれていないようで、言動から半信半疑が透けて見える。そこで響は前髪をめくる。

「はい。これ。」

「…………あっ!」


そこにあったのは額の傷。幼い頃、響が地結季を庇ってつけた傷。呼び起こした記憶により、確信を得た。響であることは間違いなかった。だが、ならば何故。


「お前、その格好……?」

「ああうん。これ、兄さんの。」

「ああ、なるほどな。」

中学は別々だったが、この一言の会話で、全てを察せるくらいには2人は仲がいい。


「おふくろさん、まだ体調芳しくねえのか。」

「うん。そう。」

「最近、兄やんは?」

「体調と相談しながら日雇いやってるよ。」

「そうか。……どうする?その格好に合わせて接し方変えるか?それともいつも通りがいいか?」

「この格好に合わせていつも通りがいいな。」

「欲張りだな。」


すっかり昔と同じ調子でコミュニケーションをとる2人。響がここに来た理由も、地結季なら簡単に分かった。


「部活、何かしら入れって言われたんだろ?」

「うん。今日は部活が休みだから、ダメ元で誰か何かやってないかと思ってた体育館覗きに来たんだ。」

「なるほどな。」

「…………。」

先程まで割と饒舌に話していた響が、急に下を向いて黙り込んだ。


「ん?どうした?」

「それで……」

「それで……?」

そしてバっと顔を上げ、地結季に近づく。

「それで、さっき吹いてたその楽器何!?めちゃくちゃ綺麗な音だったね!」

「うお……っ!」

いきなりぐいっと来られ、地結季は困惑して後ずさりしたが、興味を持ってもらったことが嬉しいようで、頬を緩め説明を始める。


「これはユーフォニアムっつー楽器でな。柔らかくて響きが豊かなのが特徴なんだよ。」

「さっき吹いてたのって、なんの曲?」

「ああ。基礎練がてらちょっと有名な曲をな。普段体育館で吹けることなんて中々ねえからな。体育館は響くから、割とホールと近い音響環境で吹けていいんだよ。出来れば体育館での練習も定期的にやりてえんだが、なんせ体育会系の奴らが部活で使うからな。今日はたまたま床のメンテがあるとかで体育館使う系の奴らは自主練もダメでな。だが楽器なら関係ねえから、ありがたく使わせてもらったわ。」

「なるほどね。確かに響くもんね。」


ふと、ハッとしたように地結季が響に話をもちかける。

「なあ、もし興味あるなら、吹奏楽部見学に来ねえか?」

響はパッと顔を明るくして答える。

「行きたい!」

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