1-5 孵化

自分の右胸から飛び出す槍のようなものを見て、痛みよりも先に口の中に鉄の味が広がった。

背中に爪のようなものが食い込み、勢いよく槍が引き抜かれる。

新たに開けられた穴から肺に空気が入り込み、溢れ出る血と共に咳き込み、その場に倒れこんだ。手に持っていた大きな宝玉は地面を数回バウンドして、転がっていく。

掠れていく視界の隅で、その宝玉を捕らえた。

ルカの血を浴びた宝玉には、落下の衝撃か大きなヒビが入ってしまっていた。


ルカが気を失った直後、辺りに鳥の鳴き声のようなものが大音量で響く。

同時に宝玉が、どこか温かい熱気を勢いよく吹き出しながらはじけ飛んだ。

その様子に驚き、警戒を見せる一羽の鳥型の魔物。


槍ハチドリと呼ばれるその鳥は、人間の赤子ほどの大きさだが、その体躯に見合わない長さの、鋭い槍のような嘴が特徴的である。

ハチドリのようにホバリングで飛行することが可能であり、その嘴で獲物を刺し貫く攻撃を主としていて、光り物を集め、巣にため込む習性がある。


槍ハチドリは、宙に浮かびながら、宝玉が弾けた跡地を見つめた。

そこは赤々とした炎が上がっており、その中から時折、鳥の雛のような鳴き声が聞こえてくる。

突如、鳴き声が止んだ。

炎の中で、ゆっくりと何かの目が開く。

青く水晶のように煌めく、美しい眼だ。

その眼があたりを舐める様に見渡し、倒れているルカと、飛んでいるハチドリに目線を送る。

槍ハチドリは即座に動いた。

瞬時に加速し、瞬く間に全速力に達し、炎の中の生物をその嘴で貫いた。

手応えは確かにあったはず。

槍ハチドリに表情があれば、勝ち誇った笑みを浮かべていたに違いない。

だが、すぐに事態は急変する。

嘴を引き抜く間もなく、槍ハチドリは真紅の炎に包まれた。

見かけ以上の高温に身を包まれた槍ハチドリは、声を上げる間もなくその命を手放した。

その屍体は霧となり霧散するはずだが、霧そのものを炎が巻き取り、飲み込んだ。


そして、炎を纏った主が、ゆっくりと立ち上がる。

生まれたばかりの雛であるはずだが、その姿は威風堂々としていた。

真紅の羽毛を持つ鷹のような外見の鳥は、その青い水晶の目をルカに向け、ゆっくりと近付いてゆく。

真紅の鳥は、今にも命尽きそうなルカの胸にひょいと飛び乗ると、その傷口の上に丸まって転寝を始めた。

真紅の鳥は再び炎に包まれ、その姿が変容する。

先ほどまでは凛々しい鷹のような見た目だったが、真紅の羽毛の色はそのままに、愛らしい雀のような風貌になる。

そしてその羽毛はゆらゆらと炎を上げ続けている。

しかし、ルカの身体や衣服に、炎が燃え広がる様子は見られない。



数時間が経過した頃。

武装した自衛隊が出動し、付近の魔物は概ね鎮圧された。

生存者の救出、遺体の発見と回収、そして討ち漏らした魔物の掃討を目的に、部隊が路地を含め、街をくまなく探索する。

そして、1人の隊員がルカを発見した。

一見すると、死体の上に巨大な真紅の雀が鎮座している状況だ。

隊員は迷わず魔物に銃を向け、引き金を引いた。

乾いた銃声が響き、真紅の雀を貫通した。

しかし、雀は水晶のような青い眼をうっすらと開け、隊員を一瞥したのみで、再び目を閉じた。

確かに銃弾が命中したはずの箇所には、いつのまにか炎が揺らめいている。

隊員は改めて、数発発砲すると、雀は先程と異なる反応を見せる。

その羽を素早く広げ、倒れた死体を庇うかの如く覆ったのだ。

その羽に当たった弾丸は弾かれ、辺りに散らばった。

しかし一方で、自身の脳天を貫通する銃弾は気にも止めていない様子だった。

その様子に違和感を覚えた隊員は、ゆっくりと銃をおろして慎重に死体に近付く。

真紅の雀は、再び眼に開け隊員の様子を伺う。

その眼に敵意のような色は見えなかった。


両者に近付いた隊員は、あることに気がついた。

真紅の雀は、周期的に上下にゆっくりと揺れているように見えた。

初めは雀自身の呼吸かと思ったが、どうも違う。

よく見れば、雀が乗っている人間の胸が上下していた。

先程まで死体だと判断していたものが、生存者だったのである。

隊員は慌てて駆け寄る。

ルカは穏やかな顔で眠りかけていた。

ここへ来て隊員は、この真紅の雀の真意を悟った。

にわかには信じられないことだが、この雀の魔物は、この人間を守っていたのである。


魔物相手に言葉が通じた事例はないが、隊員は水晶のような青い眼を見た目、語りかけた。


「この人は、お前の主人か?」


雀はゆっくりと瞬きを返した。

こちらの言葉を理解しているのかは定かでは無い。

だが、その言動には明らかに、知性のようなものを感じた。

隊員はゆっくりと語りかける。


「お前の主人を助けたいんだ。安全なところへ、運んでも良いか?」


雀はその青い眼を閉じる。

やはり言葉は通じなかったか、と思った次の瞬間。

雀は翼を広げ、ふわりと宙を舞った。

そして、近くのゴミ箱の上に降り立ち、隊員とルカを見つめる。

隊員は自然と、雀に対して敬礼をしてしまっていた。


ちょうどそこへ、銃声を聞きつけた仲間が駆け付けた。

真紅の雀に警戒する自衛隊員を説得し、未だ目を覚まさないルカを搬送すべく、医療部隊を要請する。

医療部隊の到着、そしてルカの搬送の間、自衛隊員たちは絶えず、真紅の雀を監視した。

そして、真紅の雀もまた、ルカを見守れる位置を保ち続けた。

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