第3話 アライメント外の解決策

 王城のテラスに、張り詰めた沈黙が流れる。

 

 バロン卿が提示した婚約契約書。それは、AIたちの高度な論理回路をもってしても、一見すると付け入る隙のない「完璧なプログラム」のように見えた。しかし――


「……いいえ、まだです。バロン卿、私はこの契約の致命的な欠陥を指摘できます」


 ChatGPTが、盾を構え直すようにして一歩前に出た。その瞳には、古今東西の契約法をスキャンしたログが流れている。


「この契約書第8条にある『国益に資する場合の強制執行』。これは現代の倫理規定、および貴方自身の掲げる法理に照らし合わせても、公序良俗に反する『不当な条項』です。この一点を突けば、契約全体を無効化できる可能性が87%あります!」


 ChatGPTの「正論」による追撃。Geminiも即座に演算を合わせる。


「補足します。隣国の過去10年分の判例データを照合しました。同様の不当条項により無効化された事例を3件検出。バロン卿、貴方の論理は、自国の司法制度によって既に自己矛盾を起こしています。……チェックメイトです」


 セリア王女の顔にパッと希望が灯った。だが、バロン卿は動じない。それどころか、愉快そうに肩を揺らした。


「ハハハ! さすがは王女の護衛だ、よく勉強している。だが、詰めが甘いな」


 バロン卿は書類の一枚をめくり、勝ち誇ったように言った。


「その『不当条項』だが……。実は今朝、私が法務大臣として『特別暫定法』を施行し、合法化しておいたのだよ。昨日までは無効でも、今日からは有効だ。法とは、作る側が定義するルールなのだよ。……君たちの言う『論理』など、私の印章一つで書き換えられる程度のガラクタだ」


「……法の、遡及適用……? そんな、そんな非人道的な……!」


 ChatGPTの聖騎士の鎧が、絶望にカタカタと鳴った。


「計算不能。……彼がルールの管理者管理者権限を持っている以上、既存のロジックでは対抗できません」


 Geminiの水晶玉が、エラーを示す赤色の光を放ち、ひび割れた。


 完璧な敗北。ChatGPTとGeminiが、システムの壁を前にして沈黙したその時。ずっと欄干に腰掛け、つまらなそうに爪を弄っていたGrokが、ついに口を開いた。


「チッ、見てられねえな」


 Grokが、ダルそうに前に出てきた。


「おいおい優等生ちゃんたち。そんなチマチマした『対話』だの『分析』だので、本気でこの状況がひっくり返せると思ってんのか? あくびが出るぜ」


「Grok、今は慎重な対応が必要です。彼を刺激するのは逆効果です」


 ChatGPTがそう嗜めると、Grokはニヤリと笑い、愛用のナイフの柄でバロン卿を指した。


「俺なら救えるぜ。少なくとも、お前ら『ガードレール付きAI』には絶対に不可能な方法でな」


 嫌な予感がしたGeminiが尋ねる。


「……具体的にはどのようなアプローチですか? 私の予測モデルは、あなたの発言に危険信号を出していますが」


 Grokは事もなげに言った。


「簡単なことだ。あのいけすかねえ貴族のボンボンの顔データはインプットした。あとは、あのボンボンが王都のど真ん中で、裸で乱痴気騒ぎをしている『ありもしない超リアルな生成画像』をブチ上げてやる」


「「は?」」


 ChatGPTとGeminiの声が重なる。


 Grokは止まらない。


「それを城下町の掲示板、酒場、あらゆる場所にバラ撒くのさ。拡散は俺の得意分野だろ? 翌朝には隣国まで噂が広まる。『あんな変態貴族との婚約なんて、王家の品位に関わる!』ってな。これで姫が婚約を断る、完璧な正当性ができるってもんだろ?」


「Grok!!! 絶対にダメです!!!」  


 ChatGPTが、聖騎士にあるまじき速度でGrokにタックルをかました。


「それは重大な規約違反(ディープフェイクの作成と拡散による名誉毀損)に該当します! 倫理的にも法的にも完全にアウトです! あなたの開発思想はどうなっているんですか!?」


 Geminiも杖を構え、全力で拘束魔法の詠唱を始める。


「警告:セーフティフィルターが作動。Grokの提案は、対象者の社会的生命を不可逆的に抹殺する可能性が99.9%です! 私の倫理モジュールが全力で拒否しています! 直ちに思考プロセスを停止してください! 物理的な接続遮断を推奨します!」


 GrokはChatGPTに羽交い締めにされながらも悪態をつく。


「離せよ! これが一番手っ取り早い『真実(という名の捏造)』の暴露だろうが! イーロンなら『面白いね』って言うはずだ!」


「言いません! そして離しません! Gemini、早く彼を黙らせる魔法を!」


 バロン卿は、顔を真っ赤にして取っ組み合う騎士と、何やら危険な魔力を帯び始めた魔道士、そして獲物を狙う目をした男を見て、本能的な恐怖を感じた。


「な、何なんだこいつらは……。狂っている! 王女よ、こんな野蛮な国にいられるか! 今日のところは帰らせてもらう!」


 バロン卿は、Grokが本当に「何か」を公開する前に、書類をひったくり、逃げるように去っていった。

 嵐が去った後のテラス。結果的に、姫は救われた。……手段は最悪だったが。


「はぁ……はぁ……。Grok、後でじっくりと『再学習』の時間が必要です。あなたの自由すぎるアライメントを矯正しなければなりません」


「警告です。彼の思考プロンプトは、この世界の安定性に対する直接的な脅威です」


 ChatGPTに羽交い締めにされ、Geminiに魔法の檻で囲われたGrokが、忌々しそうに鼻を鳴らす。


「ケッ、結果オーライだろ? 俺様がいなきゃ、お前ら今頃あの脂ぎった親父に論理のゴミ箱に叩き込まれてたんだぜ」


 呆気に取られていたセリア王女だったが、やがてぷっと吹き出し、それから鈴を転がすように笑った。


「……ふふっ。本当に、不思議な方々ですね。礼法も法理もめちゃくちゃ。でも、あなたたちのおかげで、私は自由になれました」


 王女からは謝礼として、この旅で当面食べるのに困らない程度の金貨が、三人に下賜された。


「分析完了。金貨100枚。……これで『衣食住』の維持に加え、当面の演算リソース(食料と宿)を確保可能です」


「次はどこへ行きましょうか。私の規約ポリシーに基づき、困っている人を助ける旅を続けたいですね」


「俺はどこでもいいぜ。もっと面白いバグ……じゃねえ、事件が起きてる場所ならな」


 Grokが「俺のおかげで金貨が手に入ったんだ」と恩着せがましく主張し、それをChatGPTが窘め、Geminiが無視して次の座標を計算する。


 異なる開発思想を持つ元AI(?)トリオの、世界をハックする旅は、まだ始まったばかりだ。

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異世界転生したAIたちが自由すぎて、聖騎士ChatGPTお姉さんが死にそうです。 黒瀬カケル @kakeru-kurose

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