不器用サンタ
月野 咲
不器用サンタ
今日はクリスマスイブ。そして終業式の日だ。今年は殊更時間が短かった気がする。まだ一週間程度残っているからこの感想はまだ早いかもしれないけど。
校長の長い長い講話を半分眠りながら聞く。昨年も聞いたような話をしている。2年生は来年受験であるとか三年生はあともう少し頑張れだとかそんな話だ。講話が終わると上の学年から体育館を出て行く。零れてくる会話は冬休みは何をしようかとか今日どうするとかそんなところだ。
体育館から教室に帰る途中に通る渡り廊下からは校庭が見え、そのど真ん中に一際目立つクリスマスツリーが置いてある。
今日、僕はここで告白する。
僕の通っている学校はキリシタン系でクリスマスを祝う行事がある。しかしこの学校に通っている生徒の半数はキリスト教信者ではないし、寧ろキリスト教の事を学ぶ特別授業がある所為で嫌いな生徒も居るほどだ。今日のクリスマスはただ楽しいイベントだ。恋人や友達と遊ぶイベントだ。
大掃除が始まった。僕の役割は窓拭きだ。手を凍らせながら窓を拭く。
「今日どうする?後で集まって俺とクリスマスを過ごさない?」
肩を組んで話しかけてきたのは友人のたいがだ。
「気持ち悪いな。過ごさないに決まってる」
「先客いる?」
「まあまあそうだよ。だから無理。すまん」
形ながらではあるが手を合わせて謝る。
「…頑張れよ。いい結果待ってる」
笑顔で肩に回していた反対の手を親指をサムズアップさせる。勝手に俺の告白を応援してくる。誰も告白なんて言っていないのに。
心の中でありがとうと呟いておく。
頭の中で何回も思考実験は試行している。計画はもう決まっている。今日の学校のツリーを見ながら彼女に告白するだけ。その通りに進めればいい。もし何かトラブルが起きたとしてもどうにかなる。後の祭りだ。今考えてもどうしようもならない。
授業が終わり冬休みが始まった。終わった瞬間帰るものや教室に残って部活の準備をするものや話している者など多く居た。
その中で僕はたいがと話していた。僕も同じようにすぐに帰るのは後ろ髪を引かれるような気がしたのだ。すぐに帰ってもやる事がない。というか今の状態で家に一人で長時間居たら気が狂いそうだ。
今日の告白の事について彼に相談しようと思ったが、今更相談しても何も変わらないし僕の考えている告白は平凡な普通の告白だ。それにこれがただの勘違いで彼は僕が告白するという事が全く頭になかったという事だったら恥ずかしい。
この後の告白の事を考えると体がざわざわとする。出来るだけ彼女の事を考えない方が精神衛生上いい気がする。でも今日彼女に対して思いを伝えるつもりなのに彼女の事を考えないというのはどこか罪悪感がある。
「おい。見すぎ」
「え?」
「ひまりさんの方。一生見てるぞ」
顔を大袈裟に引き攣らせて言う。
どうやらいつの間にか彼女の方を見てしまっていたらしい。
「いや、そうじゃなくて。ほら外。写真撮ってるじゃん。それ見てた」
「なんだその言い訳」
下手くそな言い訳は簡単にバレてしまった。
「来年は俺らも卒業か。今のうちに撮っておかないと全員そろわないもんな」
僕たちも来年はああやって写真を撮っているんだろう。来年はこいつと同じクラスなのだろうか。ひまりとはどうなっているのだろうか。たった一年先の未来なのに全く分からない。その最初の分岐点が今日なのかもしれない。そう考えるとまた緊張感が湧き出てくる。彼と同じクラスにならずひまりとも上手くいかない未来を想像すると寂寥感の風が吹いて気分が落ち込む。
「そろそろ俺は帰るかな。部活の用意しねえと」
時刻は14時を超えている。かなりの時間話していたらしい。
「おっけ。じゃあまた」
彼が教室を出てから彼女の方を一瞥した。もし彼女も同じタイミングで話が終わっていたら一緒に帰ろうと思っていたがまだ話していたので一人で帰る事にした。
教室を出ようとドアを開けると彼女が僕の存在に気付いたのか「じゃあねはると」と手を振った。楽しそうな彼女の顔を見ると硬直するようだった。
なんとか声を振り絞って「またね」と言って教室を出た。
イヤホンを装着して教室から漏れ出る声が僕の耳に滑り込まないようにした。もし彼女と友達と僕の事を話していたら恥ずかしくて今日の告白が出来なくなりそうだ。
長時間話していたのにまだ校舎には騒々しさが走っている。その理由の一つはクリスマスツリーだろう。実行委員会が中心となってクリスマスイベントの準備を行っている。途中経過を見に行きたいと思ったけれど夜に見た方がもっと純粋な感想が言えるんじゃないかと思ったのでどこにもよることなく家に帰る事にした。
家に帰って頭を空っぽにするためにゲームをした。
集合時間の2時間前に起きてシャワーに入って身支度をいつもよりも丁寧に整えて家を出た。鏡で入念にチェックして何も問題がない事を確認した後、家を出た。家から学校まで今日は髪の毛をセットしているので徒歩でいく事にした。自転車であれば15分程度で着くが徒歩なので多めに見積もって40分前に家を出る事にした。
定期的に置かれた街灯と民家から漏れた明るい光で照らされた通学路を歩いているといつもとは違う新鮮な感覚がして眩暈がする。今日は雪が降るほど寒くなるらしい。先ほど見た天気予報で言っていた。寒さのせいで眩暈が出ているのだろうか。それとも徒歩で向かっているから違う感覚があるだけなのかもしれない。答えはないし考えるのは辞める。イヤホンを耳にさしてそれらを考えるのは辞める。彼女を頭の片隅で想いながら歩いた。
星が見える空を見て気持ちを取り戻す。これから予報通りいけば雪が降る。告白のシーンには雪が似合う。もしかしたら空も味方になっているのかもしれない、とロマンチックな事を考える。
色々と考えながら歩いていると集合場所に着いた。10分ほど前に着いた。周りを見渡すがまだ彼女の姿は見えない。制服を着ている人は多い。皆わが校の制服だ。足を止めて待っていると手が震えてくる。こんな寒い日に彼女を一人で待たせる事にならなくてよかった。
持ってきたカイロで手を温めながら5分ほど待っているとパタパタと少し急ぎ気味で駆け寄ってくるローファーの靴音が聞こえてきた。
そちらの方に目を向けると彼女の姿が見えた。制服にバフ色のコートを羽織りオフホワイト色の手袋とマフラーを付けている。寒さのせいか頬が赤らんでいてマフラーに顔を埋めている。
「ごめん。待った?」
「いいや。ついさっき着いたとこ」
決められた定型文のような返答をする。
「良かった。今日は寒いから待たせるのも良くないかなと思って早めに来て良かった」
「俺も早めに来て良かった。こんなにも寒いと思わなかった。家から出た瞬間凍りかけた」
僅かながらの愉悦を含めて冗談を言った。
すると彼女はふふと笑って続ける。
「本当だよ。指先の感覚が消えそう。はるとは手袋していないけど大丈夫なの?」
「僕はカイロを常備しているから何でもない」
「それは良かった」
寒そうに僕よりも一回り小さな体と淡いピンク色をした唇を震わせる。
こんなにも寒いなら別日にした方がよかっただろうかと後悔が浮かぶ。しかし今更帰ることは出来ない。またこの気持ちを後日作り直せと言われても不可能だ。
後悔を飲み込もうと校舎に向かおうと歩を進めていると冷たい感触が手に当たる。なんだろうと手を見た後に空を見上げると雪が降り始めていた。
「「雪」」
同じタイミングで同じ言葉を吐いた。なんとなくそれが面白くて顔を見合わせて笑ってしまった。少しの笑顔で固まり切った表情が和らいだ。こんなにも固まっていたんだな。
寒いね、と言い合いながらツリーの目の前に着いた。グラウンドは生徒ばかりで大盛況だ。星空が舞う空に雪色のクリスマスツリーは良く似合う。
綺麗だ、と自分が言う前に彼女は先に「現実じゃないみたい」と感想を漏らした。僕にはこれ以上似つかわしい感想を思いつかないから余計な事は言わず「そうだね」と同感の言葉を言い彼女の横顔を見ておくことにした。
ふと、彼女の横顔をこの距離で、この気持ちで見ることが出来るんだろうと思った。今日が最後かもしれない。もしくは今日が記念すべき一回目でこの先何度も見ることが出来るかもしれない。この先の未来を考えると先ほどまであった後悔や不安がもっと強い感情で上塗りされて、やっぱり彼女に好きと伝えたいという気持ちが溢れる。体の中が熱くなって吐く息の白さが増す。この白さはもう自然には失われないのだろう。
「ちょっとだけいい?」
「ん。いいよ」
彼女は耳だけをこちらに傾け視線はまだツリーのままだ。
「少し人通りが少ない所。ちょっと人酔いした」
「大丈夫?」
「ダイジョブ」
口から出まかせであるがツリーに向けられた彼女の意識を自分に逸らして場所を移動させることに成功した。
ツリーが見えて校舎が映りこむ場所に連れてきた。今日学校から帰る途中に見つけたスポットだ。ここから見える景色はいい。教室から見るのもいいと思ったけど誰かが入ってきたら雰囲気が台無しだ。彼女は遠くに映るツリーを見ながら「ここからの景色もいいねー。穴場って感じ」
この場所に不満はなさそうだ。良かった。今だ。
「あのさ」
「ん?」
彼女は顔をこちらに向けて続きを促した。
綺麗な顔を見ると頭の中が白くなった。すると周りの雑音が消えてついぼうっとしてしまう。彼女がこの雪景色に似合いすぎて芸術作品のように見えた。ただ何も言わないで彼女の顔を見た。何回瞬きをしても目の前の光景は変わらず永遠に見たいと感じさせる。
今日、いやもっと前から考えていた彼女への告白の言葉が雪の中に溶けて、僕の声もいつしか消えてしまった。
彼女はマフラーに顔を埋めたまま僕の言葉を待っている。急かすこともなく不思議がる様子もない。彼女が急かすことが無いならばこの状態でもいいんじゃないかって思った。いつかまた伝えないといけないときに伝えればいいんじゃないかとさえ思った。
だがあの時伝えておけばよかったと過去を懐古し郷愁の念を持ち、いつかもっと大人になった時に笑い話にもならない後悔の念を持ちたくなかった。
意を決すると雪に消された音が耳に戻る。これは現実だと、夢ではないと思い知る。頭がギャップで混乱する。伝える言葉が最低限しか思いつかない。
指先に雪が降っては溶ける。降り落ちる前に雪は溶けているように感じる。僕の熱はそれほどまでに熱くなっていた。
「好きだ。付き合って欲しい」
もっとロマンチックな事を言おうとしていたのにキザな事を言ってあとで笑い話にしようと思っていたのに全部消えてしまった。頭の中に浮かびそうな羅列のない言葉をつなげて声に出そうとすると喉に引っ掛かり空気と共に飲み込んでしまう。
「ありがとう。そろそろ私も気付いてほしかった」
彼女の目は潤んでいるように見えた。寒いからだろうか。元々そうだっただろうか。
湿り気のある言葉、瞳は頭が真っ白になってしまった自分を苛めてしまいそうだ。
言葉の純粋さと反比例するように多くを表現する。
「もっといろんなところを見よ」
彼女は赤い顔をマフラーで隠して僕の腕を握ってツリーの元へ駆け寄る。
もっと大人になったらいろんな言葉を紡ぐ。
だから今だけは甘えさせて。
不器用サンタ 月野 咲 @sakuyotukinohanaga0621
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