【悲報】「バフしか使えない無能」と追放された付与術師の俺、実は「概念」まで書き換えられる神職だった件~俺を捨てたSランクパーティが弱体化で転落するのを横目に、俺は伝説の魔獣を愛でてのんびり無双する~
01『無能と罵られ全てを奪われた付与術師、パーティを去る。――なお、維持していた全バフを解除した模様』
【悲報】「バフしか使えない無能」と追放された付与術師の俺、実は「概念」まで書き換えられる神職だった件~俺を捨てたSランクパーティが弱体化で転落するのを横目に、俺は伝説の魔獣を愛でてのんびり無双する~
バナナな男爵
01『無能と罵られ全てを奪われた付与術師、パーティを去る。――なお、維持していた全バフを解除した模様』
「……お前はもう、我がパーティには不要だ。今日限りで出て行ってもらう」
静寂が支配する会議室に、冷酷な宣告が響き渡った。
王都の一等地に居を構える、国内屈指のSランククラン『黄金の獅子』。その最上階にある豪華な応接室で、俺――アルスは、机に叩きつけられた一枚の書面を見つめていた。
『パーティ追放通告書』。
事務的な文字が躍るその紙切れは、俺がこの三年間、血の滲むような思いで支えてきた仲間たちとの絆が、あっさりと断ち切られたことを示していた。
「ケヴィン、正気か? 今は魔王軍の残党が活性化し、北方境界線の緊張が高まっている時期だ。俺の付与術バフがなければ、君たちの装備の摩耗や、魔力運用効率が――」
「ああ、その話か。聞き飽きたよ、アルス」
リーダーのケヴィンは、金色の髪をこれ見よがしに掻き上げながら、鼻で笑った。彼の腰に下げられた聖剣は、俺が昨日、心血を注いで『極致強化』を施したばかりのものだ。その輝きは、主人の心の汚濁とは無関係に、神々しく室内を照らしている。
「お前の付与術なんて、所詮は数字を少し上乗せする程度のものだろう? 攻撃力が数パーセント上がったところで、俺たちの圧倒的な実力の前では誤差に過ぎないんだよ。むしろ、お前の術式を待つ数秒のラグが、攻略のテンポを乱しているんだ。理解しているか?」
「ラグ……? それは、君たちの身体が術の負荷に耐えられるよう、概念的な同期を取るための必要な手順だ。それを無視すれば、君たちの筋肉は――」
「黙れよ、無能」
傍らで爪を研いでいた魔導師のルカスが、冷ややかに言葉を遮った。 彼は俺が提供した『詠唱短縮』の恩恵を最も受けていたはずの男だ。
「君の役割は、せいぜい便利な荷物持ち兼、予備の魔力タンク。それ以上の価値を見出せと言う方が酷だね。僕たちは選ばれた天才なんだ。君のような『凡人の小細工』に頼らなくても、世界を救える。いや、君がいることで僕たちの完璧な伝説に泥がつくんだよ。わかるかい?」
部屋の隅では、聖女のクラリスまでもが、憐れむような目で俺を見ている。彼女が窮地に陥るたび、俺がどれほどの『状態異常耐性』を裏で付与し、彼女の清廉さを守ってきたか。彼女はその事実さえ、とうに忘れてしまったらしい。
「……わかった。そこまで言うなら、俺は退こう」
俺は静かに椅子を引き、立ち上がった。これ以上の対話は無意味だ。彼らは、自分たちが受けている恩恵を「自分自身の才能」だと錯覚してしまっている。一度傲慢に染まった魂に、裏方の苦労を説いたところで届くはずもない。
「ああ、そうだ。そのボロボロの杖と、支給した安物のコートは置いていけよ。それはクランの資産だからな」
ケヴィンが下卑た笑みを浮かべながら、俺の私物を指さした。俺は何も言わず、三年間使い込んだ杖を壁に立てかけ、着慣れたコートを脱ぎ捨てた。残ったのは、シャツ一枚と、腰に差した一本の古びたペン――付与術師の刻印筆スタイラスだけだ。
「せいぜい、野垂れ死なないように気をつけるんだな。まあ、バフしか使えないお前が一人で生きていけるとは思えないがな! ハハハ!」
背後で爆発するような笑い声が響く。俺は一度も振り返ることなく、重厚な扉を開け、ギルドを後にした。
王都の街並みは、相変わらず活気に満ちていた。だが、その喧騒が今の俺には遠く、酷く冷ややかに感じられた。
(……さて、これからどうするか)
懐には、ケヴィンから投げつけられた退職金代わりの数枚の銀貨しかない。宿を探すにしても、まずはこの王都を出るべきだろう。『黄金の獅子』の影響力が及ぶこの場所では、俺のような「追放者」に居場所はない。
俺は当てもなく歩き続け、気がつけば王都の外縁、荒れ果てた街道へと足を踏み入れていた。空からは、俺の境遇をあざ笑うかのように冷たい雨が降り始めている。
「ふぅ……」
雨宿りのため、道端にある崩れかけた祠に身を寄せた。全身が濡れ、体温が奪われていく。だが、不思議と心は軽かった。三年間、俺は常に『黄金の獅子』のメンバーたちのコンディションに意識を割き続けていた。誰の体力が削られているか、誰の武器が限界に近いか、誰の精神が汚染されているか。数千の術式を常時展開し、維持し続ける作業は、精神を削る過酷な労働だった。
それが今、すべて解放されたのだ。俺の中に眠っていた魔力が、出口を求めて激しく脈打ち始める。
「……静かにしろ」
俺は独り言ち、自身の内側を探る。すると、どうだ。これまでは「仲間に分け与えるため」に薄く引き伸ばされていた魔力の解像度が、異常なまでに高まっていることに気づいた。
世界が、違って見える。
ただの雨粒が、空から降る【水分】と【重力】の物理現象として視認できる。祠の壁を構成する石材が、【風化】という概念に蝕まれているのが手に取るようにわかる。
「これは……どういうことだ?」
俺は腰のポーチから、唯一持っていくことを許された古びたペン――父の形見であるスタイラスを取り出した。そして、手近な地面に落ちていた、ひどく錆びついた一本の鉄釘を拾い上げる。
以前の俺なら、これに『硬化』や『鋭利』の付与を施すのが限界だった。だが、今の俺の目には、その釘の深層にある「情報の羅列」が見えていた。
【状態:劣化鉄】【概念:ゴミ】【耐久:1/10】
「見える……。この文字列を、書き換えればいいのか?」
本能に従い、俺はスタイラスの先を空中に走らせた。インクなど不要だ。俺の純粋な魔力が、現実の理を上書きする「コード」となって空間に刻まれる。
「『ゴミ』ではない。これは……『万物を貫く神の針』だ」
パキィィィィン!
鼓膜を劈くような高音が響き、周囲の空間が歪んだ。手に持っていた錆びた釘が、白銀の光を放ちながら変質していく。重さは増し、密度は極限まで高まり、その先端には空間そのものを削り取るような鋭利さが宿った。
【名称:神貫の針】【概念:絶対貫通】【耐久:無限】
「嘘だろ……」
俺は愕然とした。ただの付与バフじゃない。これは、対象の存在理由――『概念』そのものを改変する、神の権能に等しい力だ。
俺がこれまでの三年間、パーティメンバーに施していたのは、この力のほんの「残り滓」に過ぎなかったのだ。俺自身が、自分の可能性を『パーティの補助者』という枠に閉じ込めていた。
その時だ。
「――ひっ、いやぁああああ!」
雨音を切り裂いて、少女の悲鳴が聞こえてきた。
俺は反射的に祠を飛び出した。街道から少し外れた森の入り口で、一人の少女が地面に這いつくばっている。彼女を囲んでいるのは、この辺りでは珍しいBランクモンスターの『シャドウウルフ』が五匹。
少女の姿を見て、俺は息を呑んだ。ボロボロの衣服から覗く手足には、無数の打撲痕と、何より忌まわしい『奴隷の刻印』が刻まれていた。しかも、それはただの奴隷紋ではない。主人が死ぬか、あるいは飽きた時に命を奪う『破滅の呪印』だ。
「……助けて……誰か……」
少女の瞳から、光が消えかけている。 【概念:生贄】。 彼女の深層情報には、そんな絶望的な文字が浮かんでいた。
「おい、そこの犬ども」
俺の声に、シャドウウルフたちが一斉にこちらを振り向く。低く唸り声を上げ、捕食者の視線が俺を射抜く。以前の俺なら、逃げ出すのが精一杯だっただろう。だが、今の俺の手には、先ほど作り上げた『神貫の針』がある。
「ちょうどいい。俺の新しい力の、実験台になってもらう」
一匹のウルフが、弾丸のような速さで跳びかかってきた。俺は落ち着いて、手の中の針を軽く――本当に、指先で弾く程度の力で放った。
シュン。
音すらなかった。放たれた針は、空中で軌跡を描くことすら許さない速度でウルフの眉間を貫き、そのまま後方に控えていた残りの四匹をも一列に串刺しにした。
さらに、針の軌道上にあった直径一メートルを超える巨木が十数本、バターのように切り裂かれ、森の奥へと消えていく。
「…………あ」
少女が呆然と口を開ける。Bランクモンスターの群れが、一瞬で、塵となって消滅したのだ。
俺は歩み寄り、針を回収した。そして、震える少女の前に膝をつく。
「怪我はないか?」
「あ……あ、ありがとう、ございます……。でも、関わらないでください……。私は、呪われた奴隷で……もうすぐ、この刻印で、死ぬ運命なんです……」
彼女は泣きながら、首筋の呪印を隠そうとした。
なるほど。これまでは、こういう「運命」や「呪い」といった不可逆な力には、神殿の高度な浄化魔法が必要だとされていた。だが。
「運命? そんなもの、俺が書き換えてやる」
「え……?」
俺は彼女の首筋に指を触れた。高解像度の視界が、呪印の深層構造を暴き出す。
【概念:死の束縛】。
複雑に絡み合った負の魔力が、彼女の命を蝕んでいる。
「消去デリート。そして、再定義リビルド」
俺の指先から、清冽な白銀の魔力が流れ込む。
呪いの黒い霧が悲鳴を上げるように霧散し、その後に全く新しい術式が刻まれていく。
【概念:死の束縛】 → 【概念:無限の加護】
「……っ!? 体が、温かい……?」
少女の肌から傷が消え、淀んでいた魔力が澄み渡っていく。
彼女を縛っていた奴隷の鎖(物理的な首輪)が、パリンと音を立てて砕け散った。
「信じられない……。教会の高司祭様でも解けなかった呪いが……一瞬で……」
彼女は信じられないものを見る目で俺を見上げ、そして、堰を切ったように泣き崩れた。それは絶望の涙ではなく、生への希望が溢れ出した証だった。
俺は彼女の肩を優しく叩きながら、遠く王都の方角を見やった。
今頃、ケヴィンたちはどうしているだろうか。俺が維持していた数千の『概念付与』が消えた。
折れないはずの剣が折れ。疲れないはずの体が鉛のように重くなり。
当たるはずの攻撃が空を切り。防げるはずの魔法が盾を貫く。
自分たちを「神に選ばれた天才」だと信じ込んでいた彼らにとって、それは地獄以上の悪夢になるだろう。
「……自業自得だ。あいつらには、もう二度と『バフ』なんてかけてやらない」
俺は立ち上がり、少女に手を差し伸べた。
「行くぞ。俺は北へ向かう。……もし行くあてがないなら、ついてくるか?」
「はいっ……! どこまでも、お供させてください、アルス様!」
少女の手を握りしめる。俺を捨てた世界。俺を無能と罵った仲間。
そのすべてを見返すための旅が、ここから始まる。
『概念書き換え』という、文字通り世界を再構築する力を携えて。
俺は辺境の地で、誰にも邪魔されない、俺だけの最強の居場所を作り上げていくのだ。
その先にあるのが、かつての仲間たちの破滅だとしても。俺はもう、知ったことではない。
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