クレメンタインは微笑んだ

杜本 慧

【本編:第一章① 1956年7月ウィスコンシン州テイラー郡パーキンズタウン】~Clementine Davis~

クレメンタイン・デイヴィスは蚊よけコイルを焚き、庭仕事に精を出していた。


アッシュグレイの髪に小さな瞳。皺の目立つよく働く手は、ウィスコンシン州のどこにでもいる老女である。

彼女が十三年後の同月に被告人として法廷に立つなど、いったい誰が想像するだろう。

罪状は殺人。十五件の殺人と、十一件の死体損壊、そして四件の窃盗である。


クレメンタインは庭を見渡す。

ハーブがたくさん伸びている。ミント、レモングラス、オレガノ。今日はミントとレモングラスを摘もう。

ミントを摘みながら、亡夫ジョン、遠くアーリントンで暮らす一人息子リチャードのことを思い浮かべる。


彼女は自分の今までの人生に、おおむね満足していた。

しかし、一人息子リチャードが妻に選んだ女性――ライラ・ウィンスローは好きになれない。二人の結婚式も不快な思い出だ。


昨年、夫を亡くしたとき、リチャードは多忙のため、故郷に帰って来られなかった。

弁護士として法律事務所で働く、優秀で優しい息子。

父親の葬儀に出席できないなんて、あの子は心が張り裂ける思いをしたろう。

クレメンタインはリチャードの勤め先に憤った。

しかし、当の息子から、

「どうしても無理なんだ、母さん。ごめんよ。この埋め合わせはきっとするから」

と言われ、怒りを鎮めたのだった。


「陽射しが強いわ」

独り言ちて、クレメンタインはミント摘みを一時中断する。

ミントをはじめとするハーブ類と、シャーレーポピーが勢力争いをしている前庭は、野趣に富んでいて気に入っている。

クレメンタインは早めの昼食を摂る。彼女の食事は、家の周りで穫れる自然の恵みでほとんど賄える。

衣服も靴も、新しいものは必要ない。

自分は豊かな土地に暮らしているのだと、クレメンタインは思っている。


食事を摂りながら、チェストに置いた写真たてに目をやった。

嬰児の写真だ。リチャードとライラの間に産まれた女の子、リサのカラー写真。それが、この家には似合わない、都会的なフレームに収まっているのだ。

産まれて間もない嬰児を抱くライラの唇は紅く塗られている。

ライラとリサの後ろに立って、両者に笑みを向けるリチャード。


クレメンタインは眉を顰める。

赤ん坊を持つ母親が、商売女のように唇に色を乗せることは、クレメンタインにとって理解しがたいことだった。

そもそも、はじめて会った時から、ライラはクレメンタインに良い印象を与えなかった。

この女性はリチャードに相応しくないことが、クレメンタインには判っていたのだ。


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クレメンタインは微笑んだ 杜本 慧 @syuzokuruizoku

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