ブラックサンタは、知っている。
長晴
ブラックサンタが来る夜
ブラックサンタのことを、俺は知っている。
いい子にプレゼントを配るサンタとは別に、
悪い子のところにだけ来る、もう一人のサンタだ。
大人は信じていない。
笑って、「そんなのいるわけないだろ」と言う。
でも子どもは、なんとなく知っている。
理由は分からない。
ただ、知っている気がするのだ。
「来るよ」
「夜中に、名前を呼ぶんだ」
そんな噂を、俺は笑って聞いていた。
怖がるふりをして、内心ではどこか他人事だった。
――だって俺は、悪い子だから。
嘘をついた。
自分を守るために、誰かを悪者にした。
友達が困っているのを見て、関わりたくなくて目を逸らした。
でも、誰にも見られていなかった。
怒られなかった。
罰もなかった。
だから思った。
バレなければ、なかったことになる。
今年のクリスマスも同じだ。
ケーキを食べて、テレビを見て、布団に入る。
特別なことなんて、何も起きない。
そう信じて、
何も考えずに、目を閉じた。
――コツ、コツ。
天井の上から、足音がした。
トナカイの軽い音じゃない。
重くて、ためらいのない足取り。
まるで、行き先を間違えない人間の歩き方だった。
「……気のせいだ」
そう思った瞬間、
耳元で、はっきりと声がした。
「〇〇」
自分の名前だった。
低く、掠れていて、
それでも逃げ場のない呼び方。
目を開けると、
部屋の隅に“黒”が立っていた。
服も、帽子も、袋も――全部黒。
顔は影に沈み、表情は見えない。
なのに、見られていると分かった。
「ブラック……サンタ?」
黒いサンタは、ゆっくり頷いた。
「悪い子は、覚えている」
袋の口が開く。
中は暗く、底が見えない。
冷たい空気が、足元を撫でた。
「プレゼントは?」
震えながら聞くと、
ブラックサンタは、優しく答えた。
「後悔だ」
次の瞬間、
頭の中に記憶が流れ込んできた。
助けを求める視線。
気づかないふりをした沈黙。
何も言わず、何もしなかった自分。
胸の奥が、ゆっくり締めつけられる。
「やめてくれ……」
ブラックサンタは、首を横に振る。
「いい子は、やり直せる」
「悪い子は――」
俺の名前を、もう一度呼んだ。
「袋に入る」
視界が闇に沈む。
鈴の音が、遠くで鳴った。
翌朝。
俺の家に、俺はいなかった。
部屋はそのまま。
ベッドも、布団も、乱れていない。
枕元に残されていたのは、
黒い小さな鈴だけ。
その鈴の裏には、
小さく文字が刻まれていた。
「見て、見ぬふりをした子へ」
――ブラックサンタは、
悪い子を連れていくのではない。
《《助けられたはずの誰かを、
助けなかった子》》のところに来る。
ブラックサンタは、知っている。 長晴 @Hjip
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