ネラーいんベビーカーを爆誕させた話

南 伽耶子

第1話 お台場のコミケビルでさいたまさいたまーをしてみた@ベビーカー

ばばあの昔語りである。

雨は一日降り続き、でも夜更け過ぎでも雪にはならないそうである。

早番の仕事を終え、かかりつけ医に走り血圧と血糖の薬をもらいながらこれを書いている。

これからクリスマスの深夜ミサなんだぜ。しらんけど。


旦那氏との間に子供ができたころ、2ちゃんねる(今は5?)は、今よりももっとのどかだったように思う。

生息する板(掲示板)によっても違うけれど、私ののぞいていた園芸、献立、外食などの掲示板は有用な情報に満ち溢れていたし、旦那氏のいたテレビの実況版? などは『牙狼』の放送に合わせてヤハドフヤハドフ歌っていた。らしい。


ヤフーの掲示板で知り合った人たちとのオフ会も盛んで、「マイナー車に乗っている人たち」の集まりでは、まだ開発途上で空き地が多いお台場に集い、寒空の中おでんを食べながら互いの車をめでたりしていたのだ。

おでんは私が大鍋に煮て、バスタオルと毛布で包み、プジョー505の助手席で膝に抱えて持って行った。

「うまい、うまいっすよ奥さん」とみなさん空にしてくれた。

のどかな時代であった。


子育ての最中、ノートパソコンが我が家のお出ますと、夫婦で色んな情報をあさった。

その中には2ちゃんねるの『大規模オフ板』という掲示板があった。

『〇〇で××するオフ』というような企画が建てられ、実行されていたらしい。


「お台場でゲリラサイタマサイタマするオフ』なる見出しが私の目を引いた。


当時はやっていた顔文字「さいたまさいたま」の万歳ポーズを、お台場の国際展示場で同時多発ゲリラするというものである。


アホだ。


だがそれがいい


私は書きこんだ


「ベビーカーに乗った赤ちゃん連れですが、良いですか?」


なんという不用心かつ安心軽視な母親か。


「いいですよー。大丈夫ですよー」

「最大限安全に配慮しますから」

「最年少のにちゃんねらー爆誕ですね。すげえ」


その板に集った方々は大いに盛り上がった。


当時、土曜出勤の旦那氏と新橋あたり?で待ち合わせてご飯食べるというのが、月に何度かの我が家のならいであったので、そのタイミングが合えば参加してみたかった。


コミケの聖地。メッカの巡礼のごとくあふれんばかりの人が押し寄せる国際展示場。

だがその板が立ったころは閑散期で、本来の用途であるビジネスの展示が行われている感じだ。

主催者は念入りに調べ、大きな催事が入っていない週末に、ターゲットを定めた。


「〇月✕日に決行です。△時にゆりかもめの東京ビッグサイト駅改札に集合です」

「ママさんはお子さんの様子を見て、無理そうならご遠慮なくキャンセルしてください」

「赤ちゃん優先で」

「承知しました。それでは当日」


決行当日、私は子供をベビーカーに載せ、おやつ、おむつ、着替え、水分、おもちゃをつめたママバックを背負い、ガラガラとベビーカーを押してお台場にやってきた。

アホである。

見も知らぬ、顔も素行も前歴もわからぬ人たちと「さいたまさいたま」するためだけに、電車を乗り継いでやってきたのだ。


ベイビー息子氏はあうあう言いながら、にこにこと満面の笑みでお出かけを楽しんでいる。

君はこれから最年少の2ちゃんネラーになるのだよ。

私は漏れ出る喜びに笑いをかみ殺した。


東京ビッグサイト駅に、それとわかる目印を持った男たちが待っていた。

目印はモナーのバンダナか、うまい棒だったと思う。

「どうもー。ママさんとベビです」

「こんにちはー。…本当に赤ちゃんだ」

本当だ、赤ちゃんだ、赤ちゃんだとほぼ全員に言われながら、(言うても多分1歳くらいにはなっていたと思う)

母親とベビーを拉致した(みたいに見えたろうなあ) 集団は、ビッグなサイトに移動した。


首尾はこうだ。

全員で東京ビッグサイトのロビーに行き、各自適当に散る(撤退路は確保すること)

代表が中央で「さいたまさいたまー」と万歳しつつ叫ぶ

全員が「さいたまさいたまー」と唱和し、即走って逃げる。

守衛さんにお手数かけさせないよう、あくまでさりげなく、仕事で来ました風を装うこと。

さいたま時や撤退時に周囲の一般の方々を巻き込まないこと。

周囲を見て無理そうなら「さいたま」せずに一般人に紛れてそっとビルを出ること。

再集合地はビッグサイト駅の改札。


「ママさんはあかちゃんだっこしてゆっくり来てください。ベビーカーは俺が建物の外まで走って待機しています」

「わかりました」


いや、わかりましたじゃねえよ。疑えよ。心配しろよ。

ベビーカーをそのままパチられたらどうするんだよ。

つーか、ベビー息子君に何かあったらどう責任取るんだ。


当時の私はかくも無垢(無知)だったのだなあ。


怪しい集団は、現実世界でもまもなく大勢の善男善女にあふれかえるであろうコミケビルに向かった。

代表氏のリサーチ通り大きなイベントがないおかげであまり人はおらず、お昼休みということもあって人さまへの影響は最低限ですみそうだ。

エスカレーターの乗り降りも少ないし、逃走経路も確保できそうである。

メンバーはロビーに散った。

待ち合わせの振りをするもの、商談をしている態で対話している者、時計を見るもの…

私と「ベビーカー係」は入り口に近い、周囲に人がおらず見晴らしがいい場所に立った。


代表がエスカレーターの近くに立つ。

今だ。

くるぞ。

両手を天に突き上げて、今、必殺のサンアタックならぬ

渾身の


「さいたまさいたまー!」


代表氏の掛け声がビッグサイトのロビーに響き…あいにく防音性が優れていたせいで、あまり反響しなかった。

しかしわしらは


「さいたまさいたまー!」


ご唱和ください「さいたま」の名を。


一斉に万歳して叫ぶとみな散り散りにダッシュし、出口に走る。

私もすかさず赤子を抱き上げ、走る。

もう一人は素早くベビーカーをたたみ、抱えて走る。

赤子、きょととん。

すぐに楽しそうにキャッキャと笑いだす。

お台場の青空。

赤子の笑顔と笑い声。

走るママ

そろそろ疲れたぞママ


そして「さいたまさいたま」


最高じゃね ?


ビッグサイト駅の改札に再び参集した私たちは、ゲラゲラ笑った。

ちょっと不発だったかなー。

いやいやあれくらいがいいのよ。

守衛さんポーゼンとしてたよね。

今度のコミケから「さいたま禁止」って言われるかもね。

あーたのし。


お兄さんたちはベビー息子君のために自販機でりんごジュースを買ってくれて、

「大きくなったらこの地で会おう」

との言葉を賜った。


あとで合流した旦那氏に一部始終を話すと、ひとしきり笑った後めっちゃ叱られた。

そりゃそうだ。


今、当時を振り返りながらこれを書いているクリスマスイブの夜。


2025年12月30日(火)と31日(水)冬コミな参加される方々、ビッグサイトに入ったら、ちょっぴり思いだしてほしい。

25年前、このロビーで「さいたまさいたま」叫んだ男たちと母親、そして赤ちゃんがいたことを。


いや本当にアホだわあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネラーいんベビーカーを爆誕させた話 南 伽耶子 @toronamasan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ