絶家(仮)

土膿

第1話 2人の会話

「幽霊、信じる?」


彼はよくこの話をしている。“幽霊”という存在について、誰しもが一度は議題にした事があるだろう。


「あー、まあ信じてますね」


私がそう言うと彼は憎たらしいニヤけ顔を浮かべ、黒霧島のソーダ割りをぐびっと飲み込んだ。


この質問は何度も聞かれている。何度同じ会話をしたか覚えていない。幽霊がいても怖いだけ、正直言うと自ら恐怖へ向かう人が理解出来ない。彼はホラーと付くものは全てが趣味で、興味本位で一人で心霊スポットを巡るほど、つまるところオタクなのだ。変わった人だ。


彼は会社の先輩で4年程の付き合いだ。よく飲みに連れてってくれるため、それなりに仲が良い方だとは思う。たまに心霊スポット巡りに付き合わされるのだけは厄介だが。


その矢先、少しの沈黙の後、先輩が言った。


先輩「でさ、⬛︎⬛︎神社に一緒に行かない?」


また付き合わされるのか。︎⬛︎⬛︎神社とは、何処にでもある名前のないような山の奥に位置する小さな廃神社で、影の薄いような、周りから無視されてるような、存在がなかった事にされているような、そんな場所である。その地域に住む人しか名前を知らないだろう。そもそも心霊スポットかもあやしい。


私「︎なんでそこなんですか?」


先輩「それがさ、妙な噂を耳にしたんだよね。何十年か前に凄惨な事件があったとかなんとか」

私「珍しく霊的な噂じゃないんですね」


先輩「ある程度調べてみたけど記録が殆ど残ってないんだよね。人名とか人数とか事件の詳細が分からなくて」

私「そんなことあるんですか。そもそもそんな噂はどこで?」


先輩「いつものあいつから聞いた」

私「ああ、あの人か」


“あの人”とは先輩の友人の金森さん、界隈でも屈指のオカルトオタクで、先輩よりも情報通らしい。金森さんから流れてきたオカルト話をよく聞かされていた。大学からの仲で付き合いが長いらしい。何の仕事をしているのかは知らない。


私「でも噂程度ですよね。信憑性なくないですか?」


先輩「ないね。でもさ、そいついつもと様子が少しおかしくてさ」

私「おかしい?」


先輩「まあおかしいというほど大袈裟なものではないんだけど、なんていうかいつもと違う感じ」


私は金森さんと会った事がない。いつもの様子がまず分からず、黙って考えていると先輩が話し出した。


先輩「いつもは割とノリが軽い感じ。些細なことでも即行動しちゃう性格というか。でも細かいことは気にしないタイプだから、行動力あるO型な感じ?」


私「ほおう。先輩とは逆ですね。先輩気にしいですもんね笑」


先輩「そうか?おれもノリ軽いだろ。まあ気にしいではある笑。おれは確認しなきゃ気が済まないというか、納得出来ないと気が済まないな」

私「え〜、ノリ軽いのは飲みだけでしょ笑。あ、あとオカルトもか。好きな事に関してはノリ軽い。いつもランニングの誘い断るじゃないですか」


先輩「うるさいな。まあおれのことは置いといてだな。そんな性格な奴がさ、ここ1週間以上家から出てないらしいんだよ」

私「え、1週間?インフルエンザとかではなく?」


先輩「うん、体調崩したとかではないみたい。それならとっくに言ってるだろう。しかも体調崩しててもあいつは外出を厭わないぞ」

私「じゃあ仕事の悩みとか、鬱とかじゃないですか。なんの仕事をしてる人なんです?」


先輩「ああ、言ってなかったっけ。フリーライターだよ。webも紙もなんでもやる。アルバイトもたまにしてるみたいだけど、フリーで好きなように働いてる人が仕事で悩むか?あいつの性格的にもさ」

私「初めて知った。そうですね。そうなると確かに変ですね。何か話してなかったんですか?先輩よく金森さんと会ってるじゃないですか」


先輩「最近は会えてないな〜。最後に会ったのは︎その噂を教えてくれた時か。でも最近通話してさ。その通話で“家から出てない”って聞いたのよ。会った時も通話した時もいつも通りの感じで話してたけど、噂を教えてくれた時にこれから詳しく調べてみるって言ってたから。まさかなって思って」

私「でもいつも通りだったんですよね。考えすぎじゃないですか。誰だって人に会いたくない期間はあるでしょう」


先輩「まあそう思うよな。それとさ通話で家出てないって知った時、なんでか聞いたのよ。そしたら「怒られるから」って。意味分かんなくてさ。でも普通に話し続けるから深掘り出来なくて。」

私「怒られる?」


先輩「うん。2回くらい聞いたけど、ただ「怒られるから」って。大の大人が怒られる機会なんて親族か上司ぐらいだけど、30過ぎの人間が怒られる事なんてまずないよな。仕事柄上司に怒られる事はないだろうし、一体誰に?って思ったんだよ」

私「うーん、確かに変ですね」


確かにおかしい。まず、“怒られるから家を出る”なら、まだ想像し易い。だがこれは逆だ。今の時代に社会に生きてたら考えられない。あたかも家に引き篭もる事が安全かの様な。


先輩「だよな。だから︎あの神社に何かあると思ってる。気になってきた?」

私「まあ理解はできましたけど、危険だと思いますよ」


私は気になってなどいない。私は少しだが霊感がある。くっきりとは視えなくても感じるし、朧げに視えたりする。その上で先輩には何度も付き合わされてる。勘弁してほしい。それに今回は何か嫌な予感がする。というか普通に凄惨な事件があったと言われる現場に行くのは嫌だろ。


私「現地に行こうとしてる事を金森さんには言ったんですか?なんなら一緒に行ったらいいじゃないですか」


先輩「まさにその事をあいつに聞いたら話したがらないんだよ。逃げる様に話変えてさ」

私「でも金森さんからその噂を聞いたんですよね?」


先輩「そう、会った時にな。その時は意気揚々と話してた。通話した時は別の話題ばっかりよ」

私「流石に何かありそうですね。けど私は嫌です。関係ないので」


先輩「よし!今決めた、まず2人であいつの家に押しかけてみよう」


こいつ、殴った方がいいかな。

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