世界が止まった帰り道、猫が世界を起動する

小鳥遊 彗

短編 / 世界が止まった帰り道、猫が世界を起動する


――ある復帰装置についての覚え書き


散歩の帰り道

世界が止まっていることがある。


家に向かう途中、信号のない道を渡る。

そこはごく普通の生活道路で、特別な場所ではない。

車が一台も通らないことは、珍しくない。

けれど、人の気配まで消えると、少し事情が変わる。


音がない。

遠くのエンジン音も、足音も、生活のざわめきもない。

街全体が、静かに停止している。


私はその中を歩く。

道を渡り、家に近づき、

振り返っても、やはり何もいない。 


――もしかしたら。


今この地上には、

私しかいないのではないか。

そんな考えが、唐突ではなく、

自然なものとして浮かんでくる。

もちろん、理屈ではわかっている。

世界が突然無人になるはずがないことも、

どこかで誰かが暮らしていることも。


それでも、この時間は、

「誰もいない」という前提のほうが、

現実よりも現実らしい。


家のドアに手をかけるまで

気配は戻らない。

風も、視線も、

こちらを意識する存在もない。

世界は存在しているのに、

活動だけが止まっている。 


玄関のドアを開ける。

猫がのんびり現れた。


その瞬間

空気が揺らぐ


見えないエネルギーが流れ込み

家の中から外へ

そして世界全体へと行き渡るような感覚。


世界が息を吹き返す。


猫は何事もなかったように、

私の足元に来て、

いつもの顔でこちらを見る。

そこで、世界は完全に戻る。


音があり、温度があり、

「生きている」という感触が戻ってくる。 


猫は、復帰装置なのかもしれない。

停止していた世界を、

そっと起動させる存在。

あるいは、

私が戻ったことを、

世界に知らせるためのスイッチ。


あるいは、

私が戻ったことを、

世界に知らせるためのスイッチ。


猫が現れるその直前まで、

世界は確かに無人だった。

そう感じてしまう時間が、

ときどき、確かに存在する。


それが錯覚なのか、

ただの感受性なのか、

それとも、世界の仕様なのかはわからない。 


ただ、

あの無音の帰り道と、

ドアが開くまでの数十秒は

今も私の中で

「本当にあったこと」として残っている。

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世界が止まった帰り道、猫が世界を起動する 小鳥遊 彗 @s_takanashi

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