第3話 作戦開始 / 拒絶

 ある日。

 HR前の喧騒の中、諸星君が登校してきた。


 特に足をかばっている様子もなく、ぬるっと入ってきては流れるように席に着いた。


 クラスの話題は退院した諸星君の話で持ち切り、というわけではない。

 彼とすれ違った生徒が時折「お、久しぶり」と軽い挨拶を交わすだけだ。


 私が聞く限り、結城さん以外に入院中の諸星君のもとを訪ねていたのは、担任の先生や校長先生といった、一部の教育関係者。

 そして、クラスを代表して一回だけお見舞いに行った、我がクラスの委員長だけだそうだ。


 私も入院時に少し立ち会っただけで、意識が戻った後は顔を合わせていない。


 そもそも、誰かをかばってはねられたという情報も、校内じゃ当事者達と一部の教師しか知らない。


 そのことを諸星君は気にも留めず、次の授業の教科書を眺めていた。


 まもなくHRが始まり、担任から改めて諸星君の復帰を宣言された。

 形式的な社交辞令の拍手がクラス内で鳴り響く。

 当の諸星君も、絵にかいたような愛想笑いを浮かべて応えていた。






「久しぶりだね! 諸星君」

「ああ、久しぶり。阿澄崎さん」


 四時限目が終わり、皆が昼食を食べたり友達とだべったりしている中、私はお昼を取りに教室を出た諸星君に声をかける。


「もう怪我の方は大丈夫なの? 丸々二か月も入院だったから、さすがにびっくりしたよ」

「ああ、もう大丈夫さ。そもそも、そんなに大した怪我じゃなかったんだ。正直、僕も大げさだと思ったよ」


 はいダウト。


 全治二か月の大腿骨骨折って、こっちは知ってる。

 おまけに昏倒して数日は目を覚まさなかったって話だ。


 こちらを気遣って、あえて捏造して話しているのだろうか。


「そうなんだー。でも無事に退院できて本当によかったよ。あ、校長先生が諸星君のこと呼んでたよ。なんでも事故の件でお話があるとかって」

「話? ……ああ、わかったよ」

「うん、それじゃあ行こうか」


 私たち二年生の教室は二階にある。

 五階の校長室に向かうため、二人並んで向かう。


「なにも、阿澄崎さんまで付いてこなくてもよかったんじゃない? 校長室だろ?」

「私も屋上に友達待たせてるの。せっかくだから、途中まで一緒に行こうよ」


 ちなみに、私が諸星君と並んで歩いているからと言って、周りが騒ぐことはない。

 私は男女ともに人脈が広く、様々なことに首を突っ込む。

 だから沢山の人と関わるし、老若男女問わず連れ歩くことも多い。

 私が目を引くことがあっても、諸星君に注目が集まることはないのだ。


「入院生活どうだった? やっぱり退屈?」

「……そうだね。スマホいじるか、勉強するくらいしかやることなかったよ。でもおかげで結構捗った。教科書と問題集はその範囲に追い付いているよ」

「あはは、勉強の方は一安心だね。誰かに教えてもらってたの?」

「……いや、一人だよ。独学さ」


 これも嘘だ。


 結城さんが、勉強の面倒も見ていることは知っている。


 ちなみに、私が事故に居合わせたことを諸星君は知らない。

 結城さんにも伝えなくていいと言ってある。


 そもそも私、大したことはしてないからね。


「やるねー。諸星君、成績はいい方だっけ?」

「ぼちぼちかな。暗記科目は比較的得意だけど、国語がどうもなぁ。古文とか漢文って将来役に立つの? って思っちゃってあまりやる気がしなくてさ。正直捨ててる。阿澄崎さんはどれもばっちりなんだろう? クラスで一位だっけ? すごいよなぁほんと」

「そんなことないよー。学年だと一位を取ったことないし、まだまだ頑張らないと」


 他愛もない会話をしつつ、校長室へと辿り着く。


 諸星君はドアノブをガチャリと回すが――


「あれ、鍵がかかってる」

「本当だ。もしかしたら屋上で一服してるのかも。行ってみよっか」


 屋上につながる階段のドアノブを開けると、涼しい風が入る。

 その爽やかな風に似つかわず、道中はじめっとしていた。


 何も知らずに黙って階段を上る諸星君を、彼女のいる屋上に誘う。


 登り切った先にあるドアを開け放ち、清涼感のある風が吹く屋外へ諸星君は踏み入った。


「あ……」


 扉の先には、真っ黒な髪と制服をたなびかせて佇む美少女、結城さんが待ち構えていた。


 髪をかき上げ、爽やかな空気を心地よく感じながら、こちらを横目で見る彼女に、私ですら目を奪われた。


 ほんと、絵になるなぁこの子。


「こんにちは、諸星君」

「……あぁ、君か」


 後ろからでもわかる。


 先程の会話での和やかな雰囲気はどこへ行ったのか、諸星君の声のトーンが明らかに落ちていた。


「久しぶりなのに随分なごあいさつじゃない。こんにちはって挨拶されたら、こんにちはって返すのよ?」

「ああ、そうだったね。こんにちは。これでいいか?」


 ぶっきらぼうに返す諸星君。

 どうやら、結城さんに対しては比較的塩対応気味なようだ。


「諸星君、その……この前のことなんだけど――」

「悪いんだけど、校長先生に呼ばれてるんだ。君と話してる時間はないよ」

「校長先生は今日学校にいないよ」


 校長先生は、今日用事でいないことはリサーチ済みだ。

 そう、校長先生に呼び出されたというのは真っ赤なウソなのである。


「だから、校内を探し回っても見つからないんじゃないかな」

「阿澄崎さん……友達が待ってるんじゃないのか?」

「うん、会えたよ。結城さんにね。諸星君、せっかく退院できたんだもん。あの事故に居合わせてた三人でお話ししたいなーなんて」

「三人?」

「あの時、阿澄崎さんも事故の現場にいたの。救急車を呼んでくれたり、一緒に病院まで付き添ってくれたのよ」

「ああ、そういう感じ……で、阿澄崎さんを使って俺をここに呼んだわけか」

「人聞きが悪いなぁ。頼ってくれるのはうれしいし、力になれたらもっと嬉しいよ」

「……噂に違わず、人がいいんだね」

「やだなぁ、諸星君がそれ言う?」


 自分の命を顧みずに人の命を救うなんて人の好さは、流石に私も持ち合わせてはいない。


「……はは、そうだな。お人よしは俺の方かもしれないな」

「諸星君。私、あなたに謝りたいの」


 諦めたような顔でごちる諸星君に、結城さんは真摯な思いで訴えにかかる。


「謝る? 君が? 俺に?」

「私、ずっと考えていた。あの時、どうして諸星君が私を拒絶したのか」


 諸星君は、押し黙って結城さんの言葉を待っている。


「私が、諸星君の気に障るようなことをしたから、こうなってしまったのよね?」


 心底申し訳なさそうな、子供が親に許しを請うような顔をしている結城さんの顔を見て、私はいたたまれなくなってしまった。


「だからきっと私が悪いの。あなたを不快にさせてしまった。ううん、もしかしたら傷つけてしまったかもしれない……だからご――」

「すまなかった」


 諸星君は結城さんの謝罪を遮り、先に頭を下げた。


「あの時、君にひどいことを言ってしまった。君に辛い思いをさせてしまった。あんなに世話になったというのにな。本当は感謝しているんだ。なんというか、少し照れていたんだ」

「諸星君……」


 結城さんは嬉しそうに眉を八の字に曲げる。感極まっていた。


「本当にありがとう、結城さん。君にはずいぶん助けられた」


 お互いに笑いあう二人。

 結城さんはほっとしたのか、目元にほんのり涙を浮かべていた。


 なによなによ。よかったじゃない。

 照れ隠しで心にもないこと言うなんて、諸星君も案外かわいいところあるじゃないの。


 ていうか、この二人もしかしてキテる?

 女の子のピンチに颯爽と駆けつける主人公と、それを支えるヒロインみたいで、めっちゃエモいじゃないの!


 なにはともあれ、これで一件落着。

 流石私、我ながら完璧な手腕ね。


「よし、それじゃあこれでお互いチャラってことにしよう」


 うむ。


「君との関係もね」


 ん?


「事故が起きる前の関係に戻るんだ」

「え?」


 ん? ん? んん~????


「これで、君も俺なんかに関わることもないだろう。お互い、自分の時間を大切にしよう。それじゃあ」

「あの、諸星君――」

「ちょちょちょ待って待って、待ってよぉ!」


 堪らず私も割って入る。踵を返して、しれっとこの場を立ち去ろうとしないでよ。


「はぁ……まだ何かあるのか」


 さっきまでの真摯な態度はどこへ行ったのか、気だるげにこちらを振り返る諸星君。


「もういいだろう? 謝ったんだからさ、勘弁してくれよ。早く戻って昼飯を食べたいんだ」


 マジか。

 早々に切り上げて、場を納めるために謝ったんだ。


「あ、あのね諸星君。多分だけど、結城さんはこれからも諸星君と仲良くしたいんだと思うな。関係を終わらせるとか、そういうのじゃなくて」

「わかってるよそれくらい。でも悪いけどさ、それはできない」

「えぇ!? そ、それは……どうして?」


 これ以上ないくらいきっぱりと断られる。

 ここまでバッサリ切られるのは、私の人生でもそう多くはない。


「何も、結城さんだから仲良くできないわけじゃないさ。俺は誰とも一定以上の関係になるつもりはないんだ」

「……それはその……恋愛関係的な意味で?」

「それももちろんだけど、友人関係も含めて」

「そんな! どうして友人関係もダメなの?」

「どうしてって言われてもなぁ……」


 困ったように頭をかきながら、諸星君は答える。


「なんというか、生き方が違うんだと思うんだ。君達とは」


 そんなわけだからと言い残して、諸星君は再び踵を返してドアノブを回す。


「じゃあな、結城さん。俺よりマシな奴なんていくらでもいるからさ、そいつらと仲良くしておいたほうがいいぜ。その方が君の為だ」


 そう言い残して、階段を降り去っていった。


 風の音が止み、静寂だけが支配したこの屋上で、口を半開きにして唖然としている私と捨てられた子猫のように寂しい顔をして扉を見つめる結城さんだけが残された。

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