持続可能夫婦

@now543

第1話

 12月25日、クリスマスの朝。

 ダブルベッドで目覚める歩美。隣は誰もいない。夫の健二は海外出張中だ。

 伸びをして、まだ眠たい頭のまま、ふと枕元を見る。

「臭い…なにこれ」

 硫黄、あるいはアスファルトのような重く鼻をつく強烈な匂い。

 匂いのもとを探し、視線を落とす。

 フローリングの床、ベッドの真横に直径約10センチほどの穴が空いている。そこからドクドクと黒い液体が湧き出している。

「え?…まさか石油?」

 液体はじわじわと広がり、お気に入りのラグを黒く染めていく。

 歩美はパニックになりかけながらも、持ち前の冷静さを取り戻す。

「とりあえず換気をして、掃除をしなくちゃ。二階の寝室から石油なんて…火災保険下りるのかしら」

 この家は夫と一昨年建てたばかりの新築だ。埋設物も何もないと言われたし、まさか二階から石油が湧くとは夢にも思わなかった。

 とりあえず窓を全開にして、キッチンから鍋蓋をもって来て蓋をした。念のためその上から辞書を置き、噴出を抑え込もうとする。

「こんなんで止まるといいけど…」

 妙に落ち着いている自分にも違和感を覚えながらも、対処する手は止まらない。

「床のシミは取れるのかしら…」


 その時、スマホが鳴る。健二からだ。

「おはよう歩美!メリークリスマス!」

「ちょっと健二…大変なことになったの!寝室から黒い水が…」

「雨漏りか何かの勘違いじゃないか?…ごめんね近くにいてあげられなくて。本当は今すぐ飛んで帰りたい。愛してるよ」


ボンッ!


 鍋の蓋が勢いよく跳ね上がり、隙間から黒い液体が吹き出ている。

「きゃあっ!」

 歩美は驚き振り返る。

 黒い液体は勢いを増している。

「歩美?大丈夫か?」

「ううん…なんでもない。大丈夫よ。でも…」

 (まさかこの油田…健二の愛に反応してる?)

「ん?何か言った?」

「健二、もう一度さっきの言葉を言ってみて」

「あぁ何度でも言うよ。歩美、愛してるよ」


ドッバアン!


 黒い液体はさらに勢いを増す。まるで愛のエネルギーを質量に変換するように。


 歩美は確信した。

「間違いない。この油田は健二の言葉に反応してるんだ。それにしても随分と重たい愛ね」

汚れて臭気が充満する部屋の中で、歩美の瞳はこの異常事態をチャンスと捉えて、怪しく光り始めた。

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