魔眼のペイルは理解らせたいだけだった

徘徊

第一話 収支報告

 ペイルは、魔眼で作り出した粘弾性の膜を手の形に象った魔法、魔法の手マジックハンドを三つ顕現させて命じていた。


 自分の身体をイメージ通りに動かせ、と。


 足は歩く動きをなぞっている。だが、実際には魔法の手が身体を支えていて、それによって歩いているフリをしながら、貧困街の中に仲間と作った秘密基地へと進んでいた。


 ペイルはふわっふわに浮かれていた。


 浮かれすぎて、本当にわずか目に見えない高さだけ、魔法で宙に浮いて生活していた。


 四日ほど前の未明に仲間と四人で、貧困街三大ギャングの一人『炎馬』の本拠地から、王国の秘宝『真紅煌魔石』を強盗ぬすみ出してから、ペイルは起きている間はずっとこの状態で暮らしていた。地に足なんかつけてられるか、と思った。


 襲撃アレは楽しかった。たくさん魔法を使えた。スリルがあった。


 ここ数日は、それを思い出しながら娼館の用心棒の仕事をしていた。


 一緒に盗み出した仲間達、ラヴァとヴェルデはいつも通り『壁の穴』から外に出て、冒険者達の荷物持ちに行っている。幼馴染のブルーは盗み出した秘宝をネタにして、国と交渉してお金を払わせると言って秘密基地に設置してある研究室ラボに籠っていた。


 秘宝がお金になったら、何をしよう。娼館の用心棒は続けよう、いや、あの娼館自体を女狐から買うか。そんな事を考えて、ふと今回の件のはいくら位になるのか、気になった。


 あの性悪な幼馴染が、金を払わせると言ったからには、国が相手だろうが、きっと王城を削り取ってでも払わせる。そういう方面である種の信頼が、彼にはあった。

 

 貴族は気に食わない事が多いけど、ペイルは仲間達が住むこの都市が好きだった。だから都市の守護の要である秘宝を、国に返却する事自体は大賛成だった。秘宝自体はペイルも見せてもらったが、あんなものはペイルにとって、魔眼で見た時にだけピカピカと光るただの石だった。持っていても何の意味もない。


 でもタダで返してやる義理もない。


 返還にあたって、莫大な金貨を要求する事は、ペイルにとって普通のことだと思っていた。要求すれば国家反逆罪だろう。王国民として秘宝を奪還したら、提出が義務である、みたいな理論だろうが、ペイルは孤児であった。戸籍もない。だから従う義理もなかった。


 それに要求して国家反逆罪になったとして、ペイルとしては、だから?と思っていた。


 騎士団もバカじゃない。ちょっと調べれば秘宝をすり替える事で盗み出した『炎馬』から、さらに秘宝を盗み出した奴がいて、そいつはここ最近貧困街でブイブイ言わせてる四人組の強盗団だって事位、きっとすぐにわかるだろう。


 だけど、その強盗団と自分達を繋ぐ証拠がないのだ。顔も体も一切晒してないペイルは、指名手配なんか全く恐れていなかった。ラヴァもヴェルデもその辺はどうでも良さそうだった。


 ペイルはふと、ブルーは指名手配についてどう考えているのか気になった。ブルーとは三歳の頃から一緒にいると言うのに、未だに何を考えているのかわからないところがあった。


 一緒に秘宝を強盗した仲間であるラヴァとヴェルデ、同じ孤児院出身のブルー。それにペイルを加えた四人は、ブルーとラヴァが組んだ事で出来上がった、炎馬から秘宝を盗み出す為の強盗団だった。


 四人とも幼い頃からの友達だ。同い年だが年上のようなブルーに紹介して貰って友達になった記憶があるペイルにとっては、兄ちゃんとその友達、のような三人だった。

 

 つい一ヶ月ほど前に、ラヴァが自分の親分『炎馬』の手元に、国の秘宝があるという情報を持ってきた。奪いとって、国から大金を巻き上げられないか、と。


 少し前に同じく『炎馬』の傘下組織を足抜けした際に、追ってきた組織を壊滅に追い込んで以来、家を襲撃されて無くすほど苛烈に炎馬から追われていたブルーがそれに乗った。


 そしてブルーがペイルに声を掛け、ラヴァがヴェルデを呼んだ。


 そんな四人でこの計画を立てた時、ペイル達は満場一致で対価に金貨を選んだ。勲章なんて要らなかった。ペイル達は全員が厳しい貧困街で生き抜いてきた親のない孤児だった。勲章なんかより現金。そういう奴らなのだ。肝心なのはいくら貰うか?って一点だった。


 あの時、ラヴァが金貨一万と言った。ブルーもさっさと金にして終わらせたいから、要求金額は安くてもしょうがねぇか、なんて言ってたのを思い出す。


 ペイルは考えた。例えば計画の時にラヴァが口にした額。金貨が一万枚だったとして。


 二千五百枚!


 、二千五百枚!すごい!『ラ・メゾン』で働かなくても遊んで暮らせる!


 ペイルは危うく空を飛びそうになる自分を、必死で押さえ込んでいた。ブルーは性悪だから五割り増しくらいはするだろう。一万五千枚の四分割は、と計算しようとして出来なくて、諦めた。


 入ってくるであろう膨大な額の報酬に、本当に空を飛ぼうか考えて、今も厳密に言えば飛んでいる事で満足した。ペイルの他に空を飛ぶ人間なんて見た事がない。


 もうすぐそこに見える秘密基地に向かって、ペイルが両手を思い切り広げ左足を踊り子のようにピンとダンサーのように跳ね上げると、魔法の手がペイルの体を運ぶ。


 ペイルはポーズを決めたまま微動だにせず、石造りの道路上を回転しながら滑るように並行移動した。


 


 近くまで来たので、路地裏に入り、人目を忍んで秘密基地の建物の屋上を目指す。一階からの出入り口は埋めてしまっているので、秘密基地へは屋上からしか入れない。


 ペイルの魔眼が怪しく紅く輝きを深める。魔法の手がペイルの身体を持ち上げて、建物屋上へと運んだ。粘弾性の膜に包まれた身体は、魔眼を通すと輝いて見えた。


 建物の屋上から階段を降りて、扉を開ければそこは、ペイル達が四人で作り上げた秘密基地だった。


 ある日ブルーが急に扉と空間を設置した、内部が見た目よりも広いブルーの研究室がある。昔ヴェルデが暮らしていた部屋もあって、そこにはいろんなガラクタが置いてある。ラヴァはよく、このリビングで一服してから家に帰る。


 そんな秘密基地のリビングの真ん中には、テーブルが置かれ、周囲を四つの椅子が囲んでいる。


 テーブルの椅子にはすでにラヴァもヴェルデも来ていて、それぞれ引き攣った顔を浮かべて、どこか投げやりな態度で座っていた。


 こんなにめでたい日には相応しくないように見えた。


 そこにブルーが研究室から出て来て、ペイルに向けて何事もないかのように告げた。


「あ、さっき二人には言ったけど、王国の秘宝さんは、金貨三万五千枚だったから。一人頭八千七百五十枚の計算だけど、今回の経費として金貨二百枚使ってるから、俺貰うわ。だから、頭八千七百ね。


 ハッキリ言って要求がぬる過ぎたな。俺には楽勝だった。手間と上がり考えたらそれでもボロかったけど。今となっちゃもっと貰えば良かったとも思うし。」


 ブルーが左手首、内側に刻まれた魔法陣へ右手を突っ込む。時空がずるりと歪み、手が飲み込まれていく。


 ブルーの亜空間から戻ってきた右手からその辺の旦那の財布くらいの皮袋が出てくる。ブルーがその皮袋の口を開け、テーブルの上で乱雑に振る。


 がざざざざざざぁ。ぎゃりんぎゃりんぎゃりん。


 物理的にその皮袋の量の大きさからは出て来てはいけない量の金貨が机の上に踊り、溢れて床へと広がっていく。金が響いた残響が、ペイルの耳にキィンと残っていた。これが、三万五千枚。


 その迫力にペイルは息を呑んだ。秘密基地の居室の、ちょっと暗めの照明の下でも、大量の金貨は、怪しげにギラリと光った。


 ペイルの想像していた倍以上の金額だった。


 今の生活のままなら人生を三回楽しんでもお釣りが出る金額。


 ペイルは思わずラヴァとヴェルデに視線を向けた。二人とも、目が金貨から離れていない。


 ブルーはヘラヘラと笑っている。


「金なんて一万で十分だったろ。金貨五百もあれば戸籍が買える。戸籍が買えれば冒険者になれる。弟の分の戸籍も買える。八千七百だと、それをして、残りは?……あぁ!わからん!」


 ラヴァが自分の許容量を超えた、混乱した行き場のない衝撃を口にした。


「あ?どうせ奪うんなら、一万も三万も変わんなくね?てかモノの重要度考えたら十万枚でも文句言わせないけどねぇ。それを国の経済状況まで考えて、三万五千で、すませてやってんだから。感謝はされても怒られる筋合いは絶対にない」


 ブルーが何だか恐ろしいことを言っている。


「金貨八千七百枚。ウィスキー、何樽買える?」


 ヴェルデが酒に換算しようとする。


「蒸留所ごと買えるんじゃないかなぁ」


 それをペイルがまぜっ返した。現実感の無い光景だった。


 その日、金貨三万五千枚を山分けして、ペイル達は別れた。しばらくは四人で集まらないようにしようと約束した。


 


 次の日、王都中に公示が出た。長々とうざったらしい王国の発表は、ざっくりこうだった。


 『土塊』と、四人組の強盗団を国家反逆罪で指名手配とする。

 懸賞金は四人揃って金貨三万五千枚。


 奪った金額とぴったりおんなじ額の懸賞金だなぁ、とペイルはその公示を眺めて、ふとこんな事を思った。


 僕たち、土塊なんて名乗った事あったっけ?



★★★


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2025年12月30日 12:13

魔眼のペイルは理解らせたいだけだった 徘徊 @bida7313

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