ミニスカサンタ(男)の贈り物 ~聖夜はなんでも許される~

トキナガ ルル

ミニスカサンタのデリバリー


「メリークリスマス。どーもサンタさんです」


 紛うことなき不審者が、目の前に立っていた。

ミニスカサンタの衣装をまとった、立派な成人男性である。


 タイツを履くでもなく、足はむき出し、肩と二の腕も肌が晒され、なのにご丁寧に顔は、豊かな白髭と浮かれたパーティメガネで隠されている。

歩きやすそうな運動靴だけが、これはあくまで仮装だと主張しているみたいだ。


 すっ、と目を逸らし、通り過ぎようとしたが、進行方向に立ち塞がってくる。

これだけ人通りの多い街中でも、誰もミニスカサンタ衣装の男を気にもとめずに歩き去っていく。


 なんと言っても今日はクリスマイブ。

街はイルミネーションの灯りに満たされ、キラキラと光り輝き、道行く人はみな楽しそうに笑っていたり、プレゼントらしきものを抱えて家路を急ぐ姿もある。

なんて平和な光景だろう。

とはいえ年末も近いこんな夜には、浮かれて羽目を外すこういった輩も現れる。


「メリークリスマス、急いでるので」


 もう一度、横をすり抜けようとしたが、やはり通してはくれなかった。

普通に怖い。


「欲しいものはありませんか」

「ほしいもの?」


 実の所、私はこの展開についていけていなかった。

サンタクロースの格好をした人間は、クリスマスになると路上にごろごろいる、トナカイもよくいる。

パーティ帰りだったり、宅配、客引きや、ケーキを売っていたりする。

その為、そこまで不審者という訳でもないのだ。

このような見た目でケーキを売っているわけではなさそうだが、買ってもいいかもしれない。

クリスマスなのに、まだなにひとつ食べていない。

恋人達がイルミネーションを見上げる横を一人で歩いていただけだ。

周りからしたら私も立派な不審者だが、こういった場所は、そういうものだ。

人々が集まり、賑わい、寒ささえ吹き飛ぶような熱に満ちている。

どんな者が歩いていようと誰も気にもとめやしない。

そしてそういう場所は、トラブルも集まりやすいのだ。


「ほしいものね、お金でしょ。なんでも買えるもの」

「夢がないなあ」

「こんな夢見がちな場所に一人でいる女に聞くんじゃないわよ」

「それもそうだ」

「それで、サンタさんは何をくれるの?」

「俺をプレゼントするよ」


 不審者が変質者に格上げである。

気持ち悪いものを見る目をしている私に臆することなく、男は尚もアピールしてくる。

ほらほら、どう?と言いながら、男は手をひろげてくるくると回った。


「若くて食べ頃だと思うよ」

「間に合ってます」


 こちらにも選ぶ権利がある。勿論、好みもある。

少なくとも、こんな風に声をかけてくる人間はお断りである。


「じゃあ、これをあげよう」


 ふぉふぉふぉ、と笑ってみせながら、尚も引き下がらない男が差し出してきたのは、トナカイの角のカチューシャだった。

そういえば、男はサンタクロースの帽子は被っておらず、邪魔になるからだろう、トナカイの角を装着する予定だったのかもしれない。


「トナカイさん、君だけが頼りなんだ」

「誰がトナカイよ」


 トナカイの角をひったくって、頭につけてみる。

こんな日もあっていいだろう。

なんてったって、今夜はクリスマスイヴだ。

誰にでも、サンタクロースは来てくれる、かもしれない。

そして暗い夜道、サンタクロースには、トナカイが必要だろう。


「イルミネーション、誰かと見てみたかったの」


 差し出した手を、男は握り返してくれる。

クリスマスイヴに、手を繋いでイルミネーションを見上げるなんて、最高にロマンチックなシチュエーションだ。

相手がミニスカサンタの衣装を着てさえいなければ。


「ね、あっちの公園に、大きなツリーがあるの、付き合って」

「ああ、待ち合わせで有名なとこ」

「恋人たちの定番でしょ」


 手を繋いだまま、ツリーのある公園を目指す。

人で溢れかえった道も、時間が遅くなってきたからか、まばらになってきた。

とはいえ、やはりツリーの近くは、恋人たちで溢れている。

普段なら、こんなところにはこれないだろう。

互いの顔を見つめ合うばかりで、色とりどりのライトで飾られた大きなツリーを見ている者はほとんどいない。


「綺麗なのにもったいない」

「ツリーはいつでも見られるからじゃないか」

「そうでもないわ」

「見られてよかった」


 ツリーを見上げた顔は、きっと、笑っているのだろう。

浮かれたメガネと白髭で隠れた顔を、お互いの名前も、知ることはない。

サンタクロースとトナカイ、一夜限りの恋人だ。


「そろそろ時間かしら」


 ここへ来るまでに、道行く誰かが、イルミネーションの点灯時間を話しながら、急いでいるのを見かけた。

そうしたら、このサンタクロースとトナカイの恋人ごっこもおしまいだ。

遠くで、サイレンの音が響いている。


「俺も最後に楽しかっ」


 言葉を遮るように、背伸びをして白ひげ越しに口付ける。

その瞬間、イルミネーションの灯りが消えていった。

周囲からは残念そうな声がもれ聞こえる。


「プレゼントをありがとう。でも、まだ早いわ」


 離した手で、トン、と男の胸を押す。

たまには、こんな特別な日があったっていいでしょう?

今日はクリスマスイヴだもの。


「メリークリスマス!あわてんぼうのサンタさん」



――本当のおじいさんになったら、またここで。

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ミニスカサンタ(男)の贈り物 ~聖夜はなんでも許される~ トキナガ ルル @inorr

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