Stage.2:逆転のアンセム
嵐の前の静寂
文化祭当日、体育館の照明が落ちる。
観客席からは「あいつら、人数減ったバンドだろ?」「大丈夫かよ」という心ない囁きが聞こえてきた。
舞台袖で、ナツミの手は小刻みに震えていた。
その時、隣にいたユイがナツミの右手を無言で掴み、自身のベースのネックに押し当てた。硬い弦の感触と、わずかに残る練習の熱が伝わってくる。
「……ナツミ。『運命を無理やり変えよう』」
ユイの不敵な笑みに、ナツミの恐怖が熱狂へと変わった。
覚醒の旋律
ステージ中央へ踏み出す。
一歩。たった数メートルの距離が、永遠のように感じられた。
ナツミはマイクスタンドを掴み、喉の奥に溜まった感情のすべてを解き放つように叫んだ。
「――聴けえええええっ!!」
1年生ギタリストが放った、鋭いチョーキング。それはまるで、停滞した空気を引き裂く《稲妻》のようだった。続いて重厚なドラムが心臓を叩き、ユイのベースが床を揺らす。
《貴方がいて 私がいて 他の人は消えてしまった》
ナツミの歌声が響いた瞬間、観客席の私語が止まった。
視界に映るのは、共に音を紡ぐ仲間たちの姿だけ。周囲の雑音も、過去の挫折も、今のナツミには届かない。ただ、目の前の音を信じて突き進む。
神のみぞ知る領域
演奏が中盤に差し掛かった時、トラブルが起きた。
激しすぎるストロークに耐えきれず、ギターの弦が一本弾け飛んだのだ。一瞬、演奏が乱れそうになる。
(終わった――)
そう思った1年生の背中を、ナツミの鋭い視線が貫いた。
《強くなる想いに 弱気な私は出番がない》
ナツミは歌いながら、一歩も引かずにフロントへ躍り出る。その背中が「止まるな、弾け」と語っていた。
ギターの子は歯を食いしばり、残された5本の弦で、今まで以上に歪んだ………そして魂を削るようなソロを奏で始めた。
その不協和音スレスレの旋律が、逆に会場のボルテージを最高潮へと押し上げる。
孤独の終わり
最後の一音をかき鳴らし、体育館が静寂に包まれる。
一秒、二秒。
直後、割れんばかりの歓声が彼女たちに降り注いだ。
《渇いた心に駆け抜ける想い》を、4人で共有した瞬間だった。
ナツミは、もう孤独ではなかった。
「……見てなよ、神様」
ナツミは溢れそうになる涙を堪え、空を仰いで小さく呟いた。
《私について来なさい》と心の中で繰り返しながら。
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