この夜を、神様に奪わせない

南賀 赤井

Stage.1:運命を運ぶプロローグ



渇いた心


文化祭まであと一週間。放課後の屋上、ボーカルのナツミは一人、練習不足でかすれた声を絞り出していた。


「……私、何やってるんだろ」


歌詞ノートの端に書いた《渇いた心に駆け抜ける想い》というフレーズが、今の自分をあざ笑っているように見えた。かつてのバンドメンバーは「方向性の違い」という便利な言葉で去り、残ったのはベースのユイと二人だけ。新しく入ったドラムとギターの1年生は、まだどこか遠慮がちだ。


孤独の淵で


「ナツミ、また無理してるでしょ」


背後から、重いベースケースを背負ったユイが現れた。彼女はナツミの隣に座り、沈む夕日を見つめる。


「孤独なふちでもがいてるのは、あんた一人じゃないよ」


ユイの言葉に、ナツミは唇を噛む。自分一人で背負わなきゃいけない、完璧でいなきゃいけない。そう思えば思うほど、喉が締まって歌えなくなっていた。


「私、怖いの。また誰かがいなくなるのが。だったら、最初から一人のほうがいい……」


「バカね」ユイは笑った。「『私について来なさい』って言ったのは、あんたじゃない。私たちは、あんたのその背中を信じてここにいるんだよ」


God knows...


練習スタジオ。4人が揃う。

ナツミはマイクを握り直し、メンバー一人一人の目を見た。不安はある。でも、今の自分には、この不器用な仲間たちがいる。


「……いくよ。全開で」


ドラムのカウントが響く。

激しいギターのカッティングが空気を切り裂く。それはまるで、運命を無理やり変えようとする祈りのようだった。


《貴方がいて 私がいて 他の人は消えてしまった》


歌詞の意味が、ナツミの中で形を変えていく。それは排他的な意味じゃない。今、この瞬間に鳴っている音だけが真実で、それ以外はどうだっていいという「覚悟」だ。


《未来の果てまで 強くなる想いに 弱気な私は出番がない》


サビに向かって、感情が爆発する。ナツミの声は、もう震えていなかった。ユイのベースが地を這い、1年生たちの音が荒削りながらも必死にナツミの背中を押し上げる。


前へ


演奏が終わった後、スタジオには心地よい耳鳴りだけが残っていた。


「……今の、最高だったね」


ドラムの子が、汗を拭いながら笑う。

ナツミは自分の胸に手を当てた。そこにはまだ、激しい鼓動が残っている。


《情熱に抱かれて》、私たちはどこまでも行ける。たとえこの先にどんな困難があっても、この音が、この絆が、神様だけが知る未来を切り拓いていく。


「よし、もう一回! 次はもっと、世界を壊すくらいの音でいこう!」


ナツミの宣言に、3人が力強く頷いた。

文化祭のステージまで、あと少し。彼女たちの「奇跡」は、もう始まっていた。

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