生卵とゆで卵と卵料理

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

「ねえ、これってどういう状況?」

 テレビで、生卵とゆで卵の簡単な見分け方を紹介していた。卵を横に寝かせて、指でグルグル回す。軸の安定しているゆで卵はクルクル回る。一方、中身が不安定な生卵はグラグラと揺れる。

 しん君と二人、僕の家の居間にいた。

「昔、うちのお店で生卵とゆで卵混ぜちゃって、すっごく怒られてるバイトのお兄さんがいたよ。いつまでも店の裏で泣いてたから、ヨシヨシしに行ったっけ」

 進君がものすごい顔で見てくる。

早苗さなえお兄ちゃん、浮気してる……」

「えっ、違うよ。ちょっとギューってされただけだし!」

 早苗お兄ちゃんの浮気者と、何度も呟いている。困ったなあ。

「あれ? 早苗お兄ちゃんのお家って、お店やってるの? そう言えば、台所ないなと思ったんだ」

「そうだよ! ハンバーグとか、カレーとかそういうの作ってるの。あ、今度、オムライス食べに来なよ! おいしいよ?」

 こいつ、ごまかしているなという顔をされる。

「あっ、そうだ。お父さんから卵料理の映画を教えてもらったんだ」

 立ち上がり、DVDを持ってくる。

「ほら、これ。『ラナウェイ・ブライド』って言うの」

 ニコッと笑う。微妙な顔をされる。

「ブライド……。お嫁さん? 恋愛映画?」

「知らないの、進君! エリック・クラプトンの歌う『ブルー・アイズ・ブルー』がエモいんだよ!」

 誰なんだその人はという目をされる。

「はあー。進君はまだ子供だからなあ。港子こうこお姉さんくらいの歳にならないと良さが解らないかなあ。これはね、主人公の女の人が、男の人に合わせて自分の好きな卵料理が変わっちゃう話なんだよ。だから、毎回、結婚式から逃げちゃうの!」

 つまらなさそうな進君。神楽のほうが楽しいしと呟いている。

「僕も大人になって、進君のお嫁さんになったら逃げてみたいなあ~」

「何で……!?」

 大きな声。耳がキーンとする。

「逃げないでよお~」

 ポカポカされる。

「ごめんごめん、悪かったよ」

 だから、僕が何となく逃げちゃうのは、「ラナウェイ・ブライド」が好きなせいだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生卵とゆで卵と卵料理 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画