聖夜の祈り

みみのり6年生

聖夜の祈り

クリスマス―聖誕祭や降誕祭とも呼ばれるキリスト教由来の聖日である。いや、と表現する方が、妥当な表現だろう。ヒトがいた頃ならいざ知れず、もうヒトがパークを去り何百年、何千年経った今のパークのクリスマスは、もうキリスト教の要素は正しく皆無である。


今のジャパリパークに伝わるクリスマスは、由来も意味もわからずにただよくわからないままツリーを飾りプレゼントを交換し、少し贅沢な物を食べるくらいのものであったが、結局楽しいイベント事である事には変わらず、多くのジャパリパークのフレンズは23日までの疲れをここで吹き飛ばすのである。


彼らハンター以外は。


セルリアンにはクリスマスという文化は存在せず、例えクリスマスに浮かれるフレンズとはいえ情けをかけてはくれないので、ハンターにクリスマスは存在しないのである。


クリスマスまで僅かとなったこのシーズンは街には浮かれるフレンズ、浮ついたフレンズ達に苛立ちを覚え苦い顔で仕事をするハンターの2極に分かれていた。


しかし、一部のフレンズはそうでもないようだが。


時は12月が始まった頃。セントラルハンターの詰め所ではようやくストーブの使用が解禁された頃である。ヤマカガシは両手一杯に薪を抱え、まだ日が窓から僅かに注がれているだけの大研修室のドアを開けた。


中はまだ当然ストーブは点火されていないので寒い。ヤマカガシは一回大きく身震いをした。なんだこの寒さは、下手したら廊下より寒いではないか。


ヤマカガシは慌ててストーブに近づくと、火窓を開け、薪に火をつけた。これでも焼け石に水ではあるが、無いよりはマシというものだ。


ヤマカガシは一仕事終え、周りを見渡した。早朝故に人は疎らであり、各長机に一人いるかいないかくらいの配分といった所であった。さて、どこに座ろうか・・・


ストーブに近すぎると、講義中に息苦しくなるし、遠いと話にならない。ヤマカガシは真ん中のいい感じの席に座ることにした。先客は一人であったし、これで今日一日は快適だろう。


席に近づくと、見覚えのあるフレンズが座っていた。えっと・・・確か名前は・・・


「おはよう。」

「あ・・・おはよう。」


席に座るとあまりの冷たさに一瞬立ち上がりそうになった。隣の・・・ティラなんたらちゃん(失礼!)はわたしを見るなり面白がって


「座布団かなんか持ってきてないの?」

「えっ・・・なにそれ。」


名前の覚え出せない子は、人差し指をピンと立て、冬の詰め所はとても寒いが、暖房設備は充分ではないこと。歴代の先達は、座布団を椅子に敷いて対策を立てていた事などを話した。


「へぇ・・・詳しいんだね。」

「まぁね。姉がハンターだからさ。」

「もう今年で3年目だけど知らなかった・・・」


今日知れたね。などと冗談めかして笑った。そして一通り笑うと、彼女は鞄から一冊の本を取り出した。てっきり今日の予習とでも思ったが、よく見ると、「カワイイ!ぬいぐるみの作り方!」という本であった。ハンターが読むには少し違和感がある本である。


彼女はそれを丸で本が魂を吸ってしまっているのではないかという位に熱心に読んでいる。いや、それ絶対にそんな目で読む本じゃない。なんてツッコミはしても恐らく右から左に抜けていくだろう。そう思わせる熱意がそこにあった。


「あの・・・」

・・・

「あのォ・・・」

・・・・・・

「あのォッ!」

「!ごめんね。どうしたの?」

「そろそろ・・・」

時計はあと少しで始業時間を指そうとしていた。


次の講座は移動であった。名前の覚えていないあの子が、一緒に行かない?と誘ってきたので、取り敢えず同行することにした。

「ねぇ・・・お人形さん・・・作ってるの?」

「えっ・・・」

まるで、出生の秘密を知られた時みたいな反応をする。

「その・・・本読んでたからさ。」

「うん・・・」

「ごめんなさい!!!」

「えっ!別に謝らなくてもいいよ!」


私は取り敢えず頭を下げた。しかし返ってきた返答は予想外なものだった。


「ねぇ・・・ヤマカガシちゃんってさ・・・ぬいぐるみ作れる?」


名前の覚えていない子はティラコスミルスというらしい。


「長いからさ、ティラミスとか、ティラミとか呼んでよ。覚えやすいでしょ?」

彼女は図書室に居ることに配慮した声の量で言った。


「でさ!ぬいぐるみ作り、手伝ってくれる?」

「・・・」

「お願い!!!この通り!」


何をしだすかと思ったら急に土下座しだすから私は驚いた。

「ちょっと!・・・人はいないけどさ・・・」

「わたしは手伝ってくれるって言うまで下げ続けるから!」


私は図書室という場所を全く配慮しない声で言ってしまった。

「別に頭下げなくても手伝いますよって!」

彼女はきょとんとした顔をした。窓の外は枯れ木の一葉を風が吹き飛ばした。


「痛っ!」

本日30回目の針を間違って指に刺す事故である。無論私ではない。ティラミスちゃんの方である。


「大丈夫!?」

「うん。普段の鍛錬と比べたら、大した事ないよ。」

けろっとした顔で言うが、指は悲惨であった。


「ねぇ・・・やっぱり、私がやろうか?」

「それは、ありがたいけど、大丈夫だよ。」

さっきと同じ強い言葉でレスポンス。私は気になった事を聞かずにはいられなかった。

「ねぇ・・・このぬいぐるみはどうするの?」


ティラコスミルスは照れくさそうに答えた。

「プレゼントだよ。」


プレゼントか・・・なるほど。色々腑に落ちた。プレゼントなら自分で作りたいだろう。彼女はさらに続けた。


「わたしね・・・なんだろう子供娘がいるんだけど・・・まだ正直心を開いてないんじゃないかなぁ・・・って。」

だからこのぬいぐるみで・・・ティラミスは俯いた。


「きっと開いてくれるよ。こんなになりながら頑張ってるんだから。」

「そうかな?」

きっと。根拠はなかった。でも、きっと心を開いてくれるはず、そう確信していた。


わたしは完成したぬいぐるみを眺めた。しっかり子供が遊んでも壊れない様な強固あ造りなのは私のこだわりである。


白い鳥のフレンズと思しきぬいぐるみだった。それが何を意味するのかはわからなかったが、ティラミスの満足する顔を見たら、どうでも良くなってしまった。


俗に言うクリスマス・イブである。ティラコスミルスは少し早く仕事を切り上げ自宅に向かった。本来であれば休暇を取りたかったのが本音であったが、そこは、ハンターという職業。せめての早退を切り出すのがやっとであった。


オオモズにはいつも苦労をかけちゃってるなぁ・・・家は確かに前よりマシだろうが、全然家でも喋れてない。心を開いてないのは、わたしの方だろう。でも、何を話せばいいのか、わからないのが正直な所である。


「ただいま〜」

わたしの宿舎はヒト時代から残ってる一部機構を活用しており、毎回扉を開けようとすると軋んでしまう使用である。そろそろDIYでもしようかしら。


「オオモズ〜」


オオモズはいつもの如くカーテンの裏に隠れていた。


「ただいま。」


わたしは優しくカーテンをずらした。カーテンの裏にいたオオモズは虚無を見つめていた。以前はまばらにしか生えていなかった羽は、今は多少ましになっていた。・・・それでも床に何枚か散らかっていたが。


「オオモズ、だめだよ。」


わたしはできるだけ優しく諭した。もうリストカットはしなくなっていた。


オオモズは聞いているのか、いないのか。やはりわたしを通して虚無を見ている。


やっぱり、駄目か・・・。クリスマスならいつもよりコミュニケーションが取れると思ったんだが、これじゃいつもと同じだ。急に疲れが現れ、わたしは床にへたりこんだ。


わたしは漠然とオオモズの見ている方を眺めた。日で焼けた天井は薄茶色だった。


よく見たら天井の模様はどこか人の顔の様に見えた。しかも笑ってる人のだ。もしかしてオオモズも・・・


 太ももに確かな重さを感じたので、下を見ると、オオモズがわたしのあぐらに座っていた。わたしが見たとわかると、オオモズは背中をわたしの胸に預けた。


わたしは髪をわしゃわしゃかき回す。わたしと違って繊細な、細くて絹みたいな髪だ。オオモズは別に嫌そうではなかった。


「ねぇ、夕飯なんだけど、美味しいとこに食べにいかない?」


オオモズはこちらを見た。虚無などではない、確かにを見ていた。


「・・・家がいい・・・」

「そっか。じゃあ一緒にご飯、作らない?」


オオモズは静かに頷いた。


料理を作って疲れてしまったのか、寝つきは普段より良かった。今日の為に作ったぬいぐるみを物音を立てないように鞄から取り出す。今日までずっと見つからないように持ち歩いてきたのだ。ようやく渡せる。胸は高揚していた。


わたしはリビング隣の寝室に忍び足で入る。セルリアンとの戦闘技能が、こんな所で役に立つとは。


オオモズの枕元に近づくと、わたしはぬいぐるみをゆっくり右側に置こうとした。しかし置くが早いか、「さんたさんえ」と書かれた紙が置かれてる事に気がついた。


わたしは瞬時にあぁ・・・そういうことかと紙を拾い上げた。頼むから今から手に入らないものは書いてないといいなぁ。そう思いながら、わたしは手紙を開いた。


「おかあさんともっとあそびたい」


目から涙が出てきた。安心したんだ。正直怖かった。オオモズがわたしのことを親と認めてくれてくれていなかったらと思うと。だから傷つかないようにちょっと遠くに置いていたのかも知れなかった。


わたしはオオモズのふとんに入った。オオモズに抱きつく、思ったよりもオオモズは体温が高くて暖かかった。明日は休もう。方法はなんだっていい。仮病でも使ってみようかな?色々考えを巡らそうとしたが、オオモズが逆に抱きついてきたので、全てどうでも良くなって思考停止した。


オオモズが笑った。寝ているくせに。よっぽどいい夢を見てるんだろう。


そりゃそうか。明日はクリスマスだ。





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