世界の計算に入っていない俺と、混沌の厄災

K. Alder

「1」

この世界は、だいたいいつも同じだ。

 朝になれば太陽が昇り、夜になれば酒場の灯りが増える。

 街道には行商人が歩き、掲示板には依頼書が貼られ、運の悪い冒険者が時々死ぬ。

 特別なことではない。

 フィン・アルダーは、そういう「特別ではない世界」で生きている冒険者の一人だった。

 年齢は二十に届いたかどうか。

 背丈も体格も平均的で、剣を振れば一応は形になるが、誰かに教えを乞うほどでもない。

 魔法の適性はない。少なくとも、自分ではそう思っている。

 冒険者ギルドの掲示板の前で、フィンは腕を組んで立ち尽くしていた。

 高報酬の依頼には、赤い線が引かれている。

 危険度が高いという意味だ。

 自然と、それらを避けるように視線が動く。

 ――無理はしない。

 それが彼の流儀だった。

 命を懸けてまで得たいものがあるわけでもない。

 英雄になりたいわけでも、世界を変えたいわけでもない。

 ただ、明日も生きていたいだけだ。

 結果として、彼が選ぶ依頼はいつも似通っていた。

 荷物運び、見回り、魔物が出るかもしれない、程度の雑務。

 報酬は安い。

 だが、死ぬ可能性も低い。

「……これでいい」

 誰に聞かせるでもなく、そう呟いて依頼書を一枚剥がす。

 周囲にいた冒険者たちは、フィンをちらりと見るだけで、すぐに興味を失った。

 仲間に誘われることもない。

 だが、邪魔者扱いされることもない。

 それが、彼の立ち位置だった。

 平凡で、無害で、記憶に残らない。

 それでもフィンは、冒険者をやめなかった。

 理由は簡単だ。

 やめるほどの覚悟も、続けるほどの野心も、どちらも持っていなかったから。

 だから今日も歩き出す。

 この世界の、どこにでもある道を。

 ――その先に、自分が「0」になる瞬間が待っているとも知らずに。

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