少女マンガ体質の僕、物語から全力疾走中

狐塚 キキ

第1話 青木とアヤと転校生


 広々とした青い空、駅へ向かうサラリーマン達……。

 ――そして、寝坊した自分のぼけっとした思考!


 いかにも、少女マンガが始まりそうな展開だと思いませんか……?


・・・


「いっけなーい! 遅刻遅刻!」


 堅い靴で、アスファルトの地面を思い切り蹴る。

 遅刻すまいと走りながら、恨み言を声に出す。


「もう! 何でお母さん起こしてくれないのよ!」


 それに! と、息継ぎをしてから言葉を繋ぐ。


「アラームかけ忘れてた、あたしのバカーーーっ!!」


・・・


 あたしの名前は楠木アヤ、高校二年生!突然ですが今、遅刻寸前です……。

 え? 遅刻の原因が何か? ただの寝坊です。


 食パンを加えながら全力疾走をする。いつぶりだろうか全力疾走。明日筋肉痛になりそう。


 そう思いながら走っていると、バス停まじかの曲がり角に人影が現れた。


「っ!」


 ドンッ! とぶつかる音がし、食パンが宙を舞う。


「いたた……。ちょっとどこ見て歩い、て……」

 感情に任せて怒鳴ろうとして、語尾がごちょごちょと消えていく。


 目の前に立つぶつかった相手が、とてつもなく綺麗な顔をしていたから。

 か、かっこいー! そう思いながら、大丈夫? と差し出された手を掴む。


 これは、楠木アヤと、ぶつかったイケメンが主人公の、青春甘々loveストーリ……

 ――な、訳もなく。


 アヤがぶつかった曲がり角から少し離れた塀の裏に、彼は隠れていた。


(また遭遇してしまった……)

 今度はいつ終わるだろう。彼はそう考えながらゴリゴリの王道少女漫画空間を眺めている。


 ぼくの名前は青木。ちょっとだけ少女漫画ワールドに遭遇しやすい体質の平々凡々な高校二年生です。

 そして、アホ毛がチャームポイント。


 はてさて、ここでまぎれもない事実をお伝えしよう。


 ぼくと、楠木さんは、同じクラスであり、同じ学校である。

 つまり、ぼくは、楠木さん同様遅刻寸前である!


 ヤバイヤバイやべーよッッ!! あの少女漫画ワールドがあるせいでバス停に辿り着けない! ここが一番の近道なのに!


「………………」(そう思いつつもあの空間を突っ切る勇気が出ない青木)


 あそうそう。そういえば、もうバス来てるんだよねぇ~。


 現実逃避をしながら、道路の向こう側にあるバス停を眺める。

 ちょうどバスは、バス停から出発したところだった。


 ………………。

 ……………………………。


(やっべーーじゃんっ! 頭からマヨネーズに使って窒息しそうなときくらいやべーじゃん!)

  ※もはや焦りすぎて例えが謎すぎる青木


 うおおおおおおおお!! 間に合え――っ!!


・・・


 疲れた……。一時的に頭身が変わってしまうくらいには疲れた。


 ぼくは教室の机に突っ伏しながら、何気ない顔で教室にいる楠木さんを眺めた。

 遅刻寸前なんじゃなかったのかよ。


 その時、教室のドアがガラリと音を立てて開き、教師が入ってきた。


「はーいみんな席につけー、今から転校生を紹介する」


 ……ん、転校生? それってまさか……。


「転校生の、一ノ瀬レンさんだ」


 教師の紹介で教室に入ってきたのは、朝のイケメン。


『い、イケメンだーーーッ!!』

 という女子たちの心の悲鳴が聞こえてきそうな中、ぼくはスンッとした無表情をしていた。

(あー、定番のやつね?)


「あっ! アンタ……ああいや、あなたは朝の!」

 とかいう会話が始まっていたが、ぼくはこれから巻き込まれる少女漫画展開がどんなものか想像していた。

 どうやったら少女漫画展開を壊さずに抜け出せるだろうか……。


・・・


 ああ……やはりこうなった……。


 ぼくは物置部屋になった空き教室の物陰に隠れ、頭を抱えていた。

 教室の真ん中には、先生の手伝いで荷物を運んできた楠木さんと転校生の一ノ瀬さん!


「ごめんね一ノ瀬さん。やっぱり私一人じゃ運べなくて……」


「いや、こっちとしてもクラスメイトからの質問攻めから逃げる口実ができて助かった」


 そんなほほえましい会話を盗み聞きしながら、このまま隠れ続ければ大丈夫そうだと胸をなでおろした。

 しかしそんな時、ぼくの手に何かが触れた。


(ん? なにか動いて……)

 手元を見ると、そこには『一匹いたら百匹いるという黒い虫』がいた。


 思考停止するぼくとは反対に、ゴキちゃんはかさかさと動き回っている。


 そ……それはアカンくね?

 ねえゴキちゃん後で僕の家に幾らでも遊びに来ていいから今は去れ! ね! ね!!?


 ぼくはゴキに無言の圧をかける。しかし、ゴキは微動だにもしない。

 ちっとは動けーーー!! と心の中で叫び、少女漫画のいい雰囲気を壊さぬよう無音でゴキを手づかみした。


 ――その代償に、ぼくは中々に維持が難しい体制にさせられてしまった。


 でも、少しでも動けば音が出てしまい彼らに気づかれる!

 八方ふさがりだ……(泣)


・・・


 少女漫画遭遇体質のぼく、青木。

 生まれた時から数々の少女漫画を生み出し、巻き込まれ、そしてバレずに逃げ出してきたが、今回ほど八方ふさがりの展開に陥ったのは初めてだ……!


 だめだ、この体制が辛すぎる。


 何か……バレずにこの場を抜け出せる策はないのか?

 主人公たちの気を引ける何か……。


 とその時、ぼくは気づいた。

 自分のポケットに、ふくらみがある事に……!


(こ、これは……!)




 ――おーい。


 玄関で焦りながら靴を履く青木に、廊下の奥でホストをやっている兄が声をかけた。

 兄はまだパジャマ姿で、パジャマから覗く首筋にはキスマークや歯形がいくつも付いている。あまり見ていて気持ちいいものではないが、もう慣れてしまった。


 ――お前遅刻しそうなんだろ? だったらこのカレーパン加えながら行けよ(笑)


 ――いやBL体質の兄貴から貰ったパン加えて走るのはリスクが高すぎるからやめとくわ。


 そう笑いながらコンビニのカレーパンを手渡してくる兄に、青木は思わずツッコミを入れる。

 ここで説明しておくが、青木の家は全員、特別な体質なのだ。


 ――まあまあいいじゃねぇか、もらってけよ。


 兄は強引に青木のポケットにパンを突っ込み、二階の自室へと戻って行った。




 ありがとうよ兄貴!

 これでよくある、『ヒロインのお腹がなっちゃう』展開ができる!


 ぼくはついに体に限界が来て地面にばたりと倒れこむ。

 しかし休んでいる暇はない。急いで起き上がり、ポケットからカレーパンを取り出して袋を開け、パンを裂き、カレーパンの匂いをこの空き教室に充満させた。


「……今、何か音がしなかったか?」


 一ノ瀬さんが音に気づきこちらに歩み寄ってくる。

 ヤバい、見つかる――!


 ――グウゥゥゥ


 そう思った瞬間、誰かのお腹が鳴った音がした。

 やった! そう思い少しだけ向こうの様子を除いていると、主人公の一ノ瀬さんが耳を赤くしてしゃがみ込んでいた。


 ……もしかして、ヒロインじゃなくて主人公のお腹が鳴ったのかな?


 一瞬動きを止めてしまったが、急いで教室のドアへと走り、廊下に飛び出す。

 数人の生徒や教師にぶつかりそうになりながらも、僕はあの教室からできるだけ遠くに逃げていた。


 そうしてぼくが生み出してしまった新たな少女漫画が、幕を開けたのだった――。




・・・




 転校生の一ノ瀬レンは、自分の腹が鳴ったことで耳を真っ赤にしながらも、ふと、目線をあげた。

 すると、教室のドアに向かって全力疾走する影が!


「……今……何か通った……?」

 隣でレンを慰めていたアヤにそう聞くとアヤは教室の外をきょろきょろと見渡してから、「気のせいじゃない?」と首を傾げた。


 レンはずっと記憶を掘り返し、全力疾走していた人影を思い出していた。

 そして、気づいた。


(アホ毛……か……!?)


  ※レンが見たのは、青木のチャームポイントのアホ毛

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少女マンガ体質の僕、物語から全力疾走中 狐塚 キキ @kitunedukakiki

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