第3話
声の方向から、一瞬、おとなりの人が言ったのかと思った。けれども、そうではなかった。
おとなりのベランダとの境の蹴破り戸が、非常に古い木の扉に変わっていて、女の人は、閉じた扉に、もたれかかって立っているのだった。すらりとした腕を組み、涼やかなほほ笑みを浮かべて。
それから女の人は続けて、
「あなたを迎えにきたの」
と言った。鈴花は混乱した。意味がわからなかった。聞き返そうにも、その聞き返しかたがわからなかった。
すると、
「そりゃそうよね。えっと……なにから言えばいいのやら。つまり私は、さいきん大人になって、すばらしい力を得たのだけれど、気のきいた使い道が見つからず、退屈していた。だれか仲間を作ろうと思った。それで、だれにしようかと探していたところ、あなたが目にとまった。というわけ」
――そういうことではなかった。……いや、そういうことなのだろうか?
「私といっしょにくるかこないか、どっちにする?」
「……でも、」
と、やっと答えかけて、しかし答える前に考えなければならないことは山ほどあった。
ありすぎて考えられなかった。それなので、
「――おばあちゃんに、お話をしてあげないといけないし、福耳さんとも約束があるし……」
どうにもなさけない答えのように思う。頭の悪い子だと思われはすまいかと心配になった。けれども女の人は、バカにするようなふうもなく、
「そりゃあ、事情はあると思うわ。むしろもっと重要なことがあると思うけどな」
「すぐには思いつかなくて」
「学校とか、親のこととか。それからなにより、私について行くことの危険とか」
「なるほど――」
「おっと、私が言ったことを考えないで。なにをさしおいても、今決めるのよ。チャンスはいちどだけ。くるかこないか。じっくり判断する時間はない。シミュレーションもできない。なのに、あなたは決断をせまられてしまったの。さあ、どっちにする?」
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