第15話 トラブル

仲間も人数が増えると、トラブルも表面化した。

 操り人形さんが、あたしに言った。

「壊れた双眼鏡を貸してくれんかの?」

「どうするんですか?」

「ええじゃろ。わしに考えがある」

 あたしは、腑に落ちなかったが、操り人形さんを信じて、壊れた双眼鏡を貸してあげた。

 しばらくすると、ベリーが叫んだ。

「のぞきよー」

 次に、別なところから操り人形さんが叫ぶ。

「糸がからまってしもうた」

 ベリーの元へは、ノーベンバーが行き、あたしは操り人形さんの元へ向かった。

「どうしました?」

 操り人形さんのそばには、壊れた双眼鏡が落ちていた。

「まいった。わしの糸がからまってしもうた」

「もしかしてベリーの風呂をのぞいたのは、操り人形さんですか?」

「ちがう!」

 と操り人形さんが叫ぶ。

 仕方なく、あたしが、操り人形さんのからまった糸を一つ一つほどいてあげた。

「もう!なんで仕事増やすんですか?」

「わしも好きでからまったんじゃない」

「悪いことしようとしたんですか?」

「全て忘れた」

 と言ったが、操り人形さんは、言い直した。

「いや、安堵山を見ようとしたんじゃ」

「うそ」

 みんな操り人形さんを疑った。あたしは、目を凝らして真実を探そうとした。何を信じるか選ぶんだ。あたしは、考えた。操り人形さんは、失敗した。まだ犯罪前で、天罰を神様から受けた。あたしは、とんでもない悪人と旅をしていたのかもしれない。

 でも、隣で、ぺろりと舌を出して、おどけて見せている操り人形さんを見ていたら、あたしは、考えが徐々に整理されてきた。操り人形さんには、あたしが完璧に信じていられる人でいてほしかったけど、そうだ、ここで確かなことは、ベリーがすごく魅力的だってことだけだ。のぞいたか、のぞかなかったか、あたしにはわからない。それに双眼鏡は、レンズが壊れている。人を惑わせてしまうベリーの魅力に感嘆しつつ、厄介なものだと思った。ベリーのスタイルに、多くの人が惑わされて、うっとりした目で見つめる。ベリーは、そのための努力を怠らない。美しいものへの価値観が、あたしたちには、それぞれにある。痩せている方がいいとか。足は細い方がいいとか。デコルテが美しい方がいいとか。肌はキレイで、いい匂いがする方がいいとか。誰が決めた美しさなのかは怪しいけども、美しさの基準が、誰の中にもあるんだろう。あたしは、太っているベリーでもいいと思うけど。ベリーには、ベリーの目指す美しさがあるんだと思う。あたしが、この世で一番美しいと思うのは、笑顔で、ストレスを溜めていないすっきりとした笑顔だ。あたしの心の目がとらえてしまうのは、形の美しいものではなく、その裏の醜さだ。あたしは仮面の美しさには、興味がない。だって美しくいるためには、本人の血のにじむような努力が隠れているから。全て美しいものではできていない。妬み、嫉妬、執着が美しさの裏に隠れているものをどうしても感じてしまう。あたしは、美しさを第一に考える人には、決まって嫌われてきたから。青くなるというだけで。あたしの身体は美しくなかった。もし美しいなら、みんなから賞賛を向けられたはずだ。ほどほどがいい。美しさや醜さへの怨念は、時に、軽蔑や差別の種にもなるから。

 あたしは、ふーっと息を吐いて、操り人形さんに言った。

「神様は見ていますよ。神様に感謝してくださいね」

 それだけ念を押した。この一件で仲間であるはずの一行に、疑念の種が植えられた。 あたしは、困ったな~と思って、解決策を提案した。

「この穴の開いたフライパンを司令官さんがこないだスープをすくうときに壊したお玉で叩いて、自分がお風呂入り終わったら、知らせる。そうしませんか?」

 そうあたしが提案すると、みんな同意した。あたしがばかなふりをして、こう言った。

「良かった~、人が増えると、意志統一が難しいですね~。それぞれに思い思いの行動をするから」

 あたしは、場を和ませようとしたのだ。和ませることを選んだ。人と一緒に行動するために。あたしの行動が、正解か不正解かは、わからない。トラブルを招いた人を責めることもできるけど、あたしはそうしなかった。そうしなかったのだ。

 一緒にいるために、他人のすべてを知る必要があるだろうか。あたしに見えてない裏の顔を知らないからと言って、すべてがダメではない。あたしだけに、いい顔しているかもしれない操り人形さんも否定する気にはなれない。だってあたしにとっては、必要な人なのだ。だからこそ一緒に旅をする相棒である操り人形さんには、最後まであたしがすべてを信じられる人でいて欲しかった。そうならなかったことは悔しい。

 操り人形さんは言った。

「そうじゃ、自由とは、試行錯誤の先にあるのじゃ」

 あたしがまだ疑いの目を操り人形さんに向けた。すると、操り人形さんは目をそらした。

 トラブルは続く。また司令官さんがノーベンバーの作った料理の味つけに文句を言って、

「あなたには作りたくないわ」

 とノーベンバーが言い出した。操り人形さんが、司令官さんに注意した。

「あんたが悪い」

 すると、司令官さんは操り人形さんの言葉に怒り出した。

「はさみ持ってこい。糸があるんだろ。それを切ってやる」

 と言い出し、操り人形さんが、今度は、本気で怒って、

「糸が見えんやつに切ることはできん」

 と怒鳴った。

 タイコタタキさんは、みんなのいざこざを見ていて、たまらず、

「はい、みんなで拍手しましょう」

 と言って、太鼓を叩いた。それぞれがタイコタタキさんの声で思い思いに拍手した。

「それじゃ、リズムが合いません」

 とみんなの拍手の音が重なるまでタイコタタキさんはみんなに拍手を続けさせた。

「タイコタタキ、おぬしも休むのじゃ」

 と操り人形さんが、タイコタタキさんが休んでいないことを心配して言った。みんなが同時にタイコタタキさんを見た。

 すると、

「仲良くやりましょうね~、心配、あんがとな~」

 とタイコタタキさんが笑って、その場が和んだ。あたしの下手なフォローより、タイコタタキさんのリズムに合わせることが必要だったのかもしれない。気持ちを一つにできる音楽は素晴らしい。

 タイコタタキさんが、リズムを刻み、それぞれの歌詞を歌い、騒ぎ、司令官さんが嫌がり、ランナーは、あちらこちらとよく動き回り、ノーベンバーが料理を作り、ベリーのいい匂いのお風呂に入る。

「うまい具合にいきよったな」

 操り人形さんが、満足げにあたしに言った。

「だって操り人形さんが考えた通りになったんでしょ」

「いや、わしは、チケットを売った相手の情報を元に歩いただけじゃ」

「そうなんですか?」

「そうじゃ、思い通りになど、この世はいかん」

「あたしは、全部操り人形さんの策略かと思っていました」

「あんた、それは失礼じゃ」

「えっ?」

「策略など、わしは考えん」

「いっつも悪いことを考えていると思っていました」

 とあたしが冗談を言うと、操り人形さんは笑わずに、真剣な顔で言った。

「ここからが大変な道になる」

 その様子が少しよわよわしく見えたので、あたしは不安を覚えた。

 けんかしながらも、なぜか毎日が充実していて、楽しくて、安堵山に行かなくても、幸せなんじゃないかと思った。

 操り人形さんは、ある村に入ろうとするあたしにたちに言った。

「待て。ここが安堵山に続く最後の村じゃ。二つの村が隣接しておる。ハンドル村とタイヤ村だ。ハンドル村では、タイヤ以外の自転車の部品を作って、輸出しておる。タイヤ村は、タイヤだけじゃ」

「どうしてそんなにめんどくさいことしているの?隣の村だし、一緒に作ればすぐ自転車になるのに」

「かつては同じ村だった。その経緯は、わしにもよくわからないのじゃ。昔からじゃからの。二つの村は、毎年十二月になると、スポーツの大会が開かれ、買った方の村が、七割、負けた方が、三割の自転車の利益を得ることになっておったのじゃ。じゃが、五年前に伝染病が流行り、そのスポーツ大会が中止になると、二つの村は、バランスを失った。今はどうなっているか知らん」

「関わらないほうが良さそうね」

 とベリーが言った。

「どっちにも言い分があるだろうね」

 とあたしは言った。

「簡単に解決できると思うのは、外側の人間じゃ。人の暴走は止められると、甘く見ないほうがいいのじゃ。我々は、あくまでも旅人にすぎない」

 と操り人形さんが言った。

「それでも何人もが解決しようとしたのじゃが、誰も何十年も続く分断と争いに、辛抱強く解決への道筋を作ることはできんかったんじゃ」

 と操り人形さんは、悲しい目をして言った。

「口で言うだけなら簡単なのじゃ。必要なものは、理想ではない。カネと感情論を同期で考えるからさらに難しくなるのじゃ」

「そうか。なんとかいい方法はないの?」

 あたしが訊ねると、操り人形さんは言った。

「わしにもわからん。せめてまたスポーツ大会が無事に行われるようになるといいんじゃがの。スポーツ大会は、苦肉の策だったのじゃ。争いについての最善の解決策など、どんな天才もどんな有識者も持ち合わせておらんのじゃ」

「難しいね」

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