第5話 ママとパパのけんか
その日は、たまたま、かっちゃんの聞き忘れていたラジオを聞いていて、深夜一時になってしまった。トイレに行って、のどがかわいたので、ノンカフェインのルイボスティーを飲もうと、一階へ降りると、台所の方から話し声が聞こえてきた。
なぜか聞いちゃいけない気がして、扉の後ろに隠れて、パパとママの会話に耳をそばだてた。
「あなたがそんな態度を取って、ナリを甘やかすから、あんな風になっちゃったのよ。もっと厳しくしてくれないと」
「俺のせいか?」
「なに、私のせいだとでもいうの?」
「お前が厳しすぎるから、へそ曲げているんだろ」
「何、その言い方、私は忙しいあなたに代わってナリをここまで育ててきたのよ」
「一人で育てたみたいに言うなよ」
「そうじゃないと言えるの?」
「すぐ感情的になるなよ」
「あなたの態度にはいらいらするわ」
それを聞いて、びっくりした。まるで自分の知らない戦場で起こった紛争地域の人から、思わぬ方法で攻撃されたような気分だった。パパとママからいきなり攻撃されたと感じた。大きな地震が起きたように足元がぐらんぐらんに揺れた。
パパとママの中にも、うねるような感情があることをがつんと知らされた感じがした。今まで、パパとママは、どんなにあたしがへんてこでも、あたしが傷つかないように、常に気を遣っていて、傷つかない世界を先回りして用意してくれていた。
パパとママの本当のけんかを目撃した覚えはあたしにはない。少なくともあたしには、仲良しの夫婦に見えていた。直接ではないが、パパとママの本音が聞けた。おい、待てよ、と思った。ここで反撃に出るのはなんとなく違う。気がしただけだけど。反撃に対する違和感だけが肌にどわっと広がった。感じてしまった攻撃への傷跡を隠せるぐらいには成長していた。パパとママがくれていた表面上だけだとしても、今まで育ててくれたことやお菓子を作ったこと、そういう全体を通しての、なんちゅうか、傷ついた言葉と愛の行動が頭の中でぐるぐる合わさって、あたしは、ここで生きている。生まれて今まで死なないで生きられている事実を。優しくされたことを。見放さず育ててくれたことを。
あたしは、パパとママといると、ぬるま湯でいいと甘えて自分の世界から一歩も出ない温泉につかるカピバラと一緒だ。
あたしは、それから毎晩のようにあたしには秘密で開催されていたパパママ会議の様子を盗み聞きした。夜になると、必ずパパママ会議があるので、あたしの気持ちは沈んだ。
心配してくれて嬉しいというより、期待に応えられない自分のふがいなさに心を痛めた。
「ナリの将来が心配だわ。私たちが生きてるうちはいいわよ。死んでから、ナリは一人でやっていけるのかしら」
「ナリは強い子だと思うがな」
「それでも一人で生きていけるわけがないわ」
「そうだな」
「あれはどうかしら」
「なんだい?」
「安堵山というところに、病気をなんでも治してくれる魔女がいると聞いたことがあるの。二人でナリを連れて、行けばいいのよ」
「おいおい、俺には仕事があるんだよ。何を言い出すんだ。そんな眉唾な話を持ち出すなんて」
「仕事なんて言っている場合?ナリのためなのよ。それともまたわたし一人に押し付ける気?」
「そんなことは一言も言ってないじゃないか。現実的ではないと言っただけだよ」
「あなたは、ナリのことに本気じゃないのよ。本気ならなんでもやってみようとするはずだわ」
「それは心外だ」
パパとママは、あたしの前だといい顔をして、優しい両親の顔を見せていたが、夜には毎日のようにののしりあっていた。
あたしは、そんな二人の姿を見たことがなくて、悲しくていたたまれなかった。
そして、家庭の中だけには自分の居場所があると思っていたが、それが幻想であることを理解した。
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