長安博牌、長安の博打
800年頃の唐代(特に安史の乱後の9世紀初頭)の長安に博打場(賭博場)が存在したかどうかについて、『旧唐書』『新唐書』『唐会要』などの史料や関連研究を基に考察する。
結論から述べると、唐の長安には明確に「博打場」と呼ばれる専用の施設は史料に記載されていないものの、賭博行為自体は広く行われており、平康坊や東市・西市などの繁華街で酒肆(しゅし、酒場)や民家、街頭で賭博が行われていた可能性が高い。以下、詳細を説明する。
1. 唐代の賭博に関する史料
唐代の賭博については、『新唐書・食貨志』や『唐会要』、また文学作品(例えば白居易や杜甫の詩、段成式の『酉陽雑俎』)に断片的な記述が見られる。賭博は「博戏(はくぎ)」や「博(はく)」と呼ばれ、サイコロを使ったゲーム(双六に似たもの)や碁、投壺(矢を壺に投げ入れる遊び)、闘鶏、闘蟋蟀などが一般的であった。これらは貴族から庶民まで広く楽しまれ、賭けの対象として金銭や物品(絹、米、酒など)が用いられた。
史料の例:
『酉陽雑俎』には、長安の市井で「博戏」が盛んだった記述があり、商人や庶民が酒肆でサイコロや碁盤を囲んで賭け事を楽しんだ様子が記されている。たとえば、市場でソグド人商人が金銭を賭けて碁を打ち、負けた者が絹1匹(400文=8万円相当)を支払う場面が描かれる。
『旧唐書・刑法志』には、賭博が法律で制限されていた記述があり、唐律(『唐律疏議』)では「博戏禁制」として、賭博による多額の金銭移動が社会秩序を乱すとして罰則(杖打ちや流罪)が定められていた。しかし、実際には取り締まりが緩く、庶民や官僚の間で賭博が日常的に行われていたと推測される。
白居易の詩『長安行』には、平康坊の歓楽街で酒と賭博に興じる若者の姿が描写され、都市の享楽的な雰囲気が伝わる。
2. 長安の繁華街と賭博の場
長安の平康坊、東市、西市は、9世紀初頭の商業と娯楽の中心地であった。これらの場所では、酒肆や娼館(例:紅花楼、醉月楼)が社交場として機能し、賭博もその一環として行われたと考えられる。
平康坊:『北里志』によると、平康坊は娼婦や歌妓が集まる歓楽街で、酒肆や民間の宿舎が賭博の場として使われた。たとえば、酒肆の座敷で客が胡床に座り、葡萄酒(50文=1万円)を飲みながらサイコロを振ったり、碁を打ったりする場面が想像される。賭博は娼婦との遊興とセットで行われることが多く、詩や舞の合間に賭け事が盛り上がった。
東市・西市:『新唐書・食貨志』によれば、東市はソグド人やペルシア商人が集まり、飛銭(手形)や絹で取引される経済の中心地であった。市場の酒肆や露店では、商人たちが胡饼(1文=200円)を食べながら投壺やサイコロ賭博に興じ、賭け金として銅銭(開元通宝、1文=200円)や絹をやりとりしたとされる。西市では闘鶏や闘蟋蟀が人気で、庶民が少額(10~50文=2000~1万円)を賭けた記録がある。
3. 博打場の有無
現代的な意味での「博打場」(専用の賭博施設、カジノのようなもの)は、唐代の長安には存在しなかったとされている。唐の賭博は以下のような形で分散的に行われていた:
酒肆や民家:酒肆(例:紅花楼、醉月楼など)は、酒、食事、娼婦の接待に加え、賭博の場としても機能した。『酉陽雑俎』には、酒肆で客が碁盤やサイコロを持ち込み、夜通し賭け事に興じる様子が記されている。民家でも、富裕層が私邸で闘鶏や投壺の賭博パーティーを開催した。
街頭や市場:東市や西市の露店では、簡易な賭博(サイコロや投壺)が即興で行われ、通行人が少額を賭けて参加した。たとえば、農民が米1石(400~600文=8~12万円)の売上で得た銅銭を賭け、負けて泣き笑いする姿が想像できる。
寺院周辺:『入唐求法巡礼行記』(空海の記録)には直接言及がないが、青龍寺や国清寺近くの市場で、僧侶や庶民が賭博を楽しんだ可能性がある。仏教の禁欲主義にもかかわらず、唐の僧侶は世俗的な遊びに寛容であった。
4. 賭博の具体例と経済的影響
賭博の種類:
双六:
サイコロを使ったボードゲームで、貴族や庶民が賭けの対象にした。賭け金は1文~100文(200円~2万円)程度であった。
碁:
戦略的なゲームで、ソグド人や漢族の商人が高額(絹1匹=8万円)を賭けた。
投壺:
矢を壺に投げ入れる遊びで、宴会で人気であった。賭け金は10~50文(2000~1万円)。
闘鶏・闘蟋蟀:
西市で盛んで、庶民が鶏や蟋蟀に1~10文(200~2000円)を賭けた。
経済的影響:
賭博は唐の現物経済(絹や銅銭が主)に影響を与え、飛銭の利用を促進した。たとえば、商人がある都市で絹を賭け、飛銭で別の都市で現金化する取引が見られた。『唐会要』によると、賭博による負債で破産する者もおり、社会問題として認識されていた。
5. 遣唐使との関連
遣唐使(例:橘逸勢、佐伯次郎、高橋三郎)が平康坊の酒肆で遊ぶ際、賭博に興じる可能性は高い。『北里志』に基づく平康坊の描写では、酒肆で詩や舞の合間に賭博が行われ、遣唐使のような外国人も参加した。たとえば、橘逸勢が紅花楼で小蘭と葡萄酒を飲みながら、サイコロ賭博で10文(2000円)を賭け、負けて笑う場面が想像できる。彼の私費(金30貫=600万円、絹20匹=160万円)の一部が、こうした賭博で減った可能性も考えられる。
6. 結論
800年頃の唐の長安に、現代のカジノのような専用の博打場は存在しなかったが、酒肆(紅花楼、醉月楼など)、市場(東市・西市)、民家、街頭で賭博行為が広く行われていた。『新唐書』や『酉陽雑俎』から、サイコロ、碁、投壺、闘鶏などが庶民から貴族まで人気で、平康坊の歓楽街では酒と娼婦の接待と共に賭博が盛り上がった。唐律で制限されていたものの、取り締まりは緩く、賭博は長安の夜の娯楽文化の一部であった。遣唐使の橘逸勢らが参加した可能性も高く、彼らの持ち金(例:逸勢の30貫=600万円)が賭博で減ったエピソードも、平康坊の雰囲気と合致する。
映画「007/カジノ・ロワイヤル」
映画「007/カジノ・ロワイヤル」で、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)がル・シッフル(マッツ・ミケルセン)と対決するポーカーゲームはテキサス・ホールデム(Texas Hold'em)である。
イアン・フレミングの原作小説『カジノ・ロワイヤル』(1953年)ではバカラ(Baccarat)が使用されていたのに対し、現代の観客に馴染み深いポーカーゲームとして変更されたものである。以下に、映画で描かれるテキサス・ホールデムのルールと、劇中のポーカーシーンの特徴を解説する。
テキサス・ホールデムの基本ルール
テキサス・ホールデムは、現代で最も人気のあるポーカーゲームで、以下のルールに基づいて進行する。
プレイヤーとディーラー
プレイヤーは2~10人程度で、映画ではボンド、ル・シッフル、その他の参加者による多人数のトーナメント形式である。ディーラーはカードを配り、ゲームを進行する。映画ではカジノのディーラーがこの役割を担う。
カードとハンド
各プレイヤーに2枚のホールカード(非公開のカード)が配られる。テーブル中央に5枚のコミュニティカード(全員が共有)が順次公開される(フロップ:3枚、ターン:1枚、リバー:1枚)。プレイヤーは、自分のホールカード2枚とコミュニティカード5枚を組み合わせて、最強の5枚のハンド(役)を作る。
ベッティングラウンド
ゲームは4つのベッティングラウンドで進行する。
プリフロップ:ホールカード配布後、最初の賭け。
フロップ:コミュニティカード3枚公開後。
ターン:4枚目のコミュニティカード公開後。
リバー:5枚目のコミュニティカード公開後。
プレイヤーは以下のアクションを選択できる。
コール:現在のベット額に合わせる。
レイズ:ベット額を増やす。
フォールド:降りてそのハンドを放棄する。
チェック:ベットせずに次のプレイヤーに順番を渡す(ベットがない場合のみ)。
ブラインド
ゲーム開始前に、ディーラーボタンの左隣のプレイヤーがスモールブラインド、その隣がビッグブラインドとして強制的にベットを置く。映画では高額なトーナメントのため、ブラインドは高額(数百万ドル規模)に設定されている。
役の強さ(ハンドランキング)
以下の順で強い役である。
ロイヤルフラッシュ:同じスーツの10-J-Q-K-A。
ストレートフラッシュ:同じスーツの連続した5枚(例: 5-6-7-8-9)。
フォーオブアカインド:同じ数字4枚(例: 7-7-7-7)。
フルハウス:3枚同じ数字+2枚同じ数字(例: 8-8-8-5-5)。
フラッシュ:同じスーツの5枚。
ストレート:連続する5枚(スーツはバラバラ)。
スリーオブアカインド:同じ数字3枚。
ツーペア:2枚ずつのペア2組。
ワンペア:同じ数字2枚。
ハイカード:上記なしの場合、最も強いカード。
トーナメント形式
映画では、モンテネグロの「カジノ・ロワイヤル」で開催される高額ステークスのトーナメントが舞台である。参加者は初期チップ(映画では1,000万ドル相当)を受け取り、チップを失うと脱落する。最後まで残ったプレイヤーが勝利する。
映画「カジノ・ロワイヤル」でのポーカーシーンの特徴
映画のポーカーシーンは、テキサス・ホールデムのルールを基盤にしつつ、ドラマチックな演出が加えられている。以下は劇中の描写と実際のルールとの関連である。
トーナメントの設定
ル・シッフルはテロ組織の資金を補填するため、1億ドル以上の賞金を目指してトーナメントに参加する。ボンドはMI6から提供された資金で参加し、ル・シッフルを破ることでテロ資金の流れを断つ任務を負う。ヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)がボンドの資金管理役として同席し、心理戦や緊張感を高める。
劇中の最終ハンド
クライマックスのポーカーシーンでは、ボンド、ル・シッフル、他の2人のプレイヤーがオールイン(全チップを賭ける)する手に突入する。コミュニティカードはA♠-8♠-6♥-4♠-8♣で、以下のような役が競う。
一人目:フルハウス(A-A-A-8-8)。
二人目:フラッシュ(スペードの5枚)。
ル・シッフル:フルハウス(8-8-8-6-6)。
ボンド:ストレートフラッシュ(5♠-6♠-7♠-8♠-9♠)。
ボンドのストレートフラッシュが勝利し、ル・シッフルを破る。
このハンドは現実のテキサス・ホールデムでは非常にまれで、映画の劇的な効果を高めるための誇張された演出である。
映画特有の脚色
実際のトーナメントでは、複数のプレイヤーが同時にオールインする状況はまれであり、映画のような高額なハンドが一斉に揃う確率は極めて低い(ストレートフラッシュは0.00139%程度)。ボンドのブラフや心理戦(ル・シッフルの表情を読むなど)は、テキサス・ホールデムの戦略的要素を強調する。ル・シッフルの「目からの出血」(ストレスによる症状)は、彼の動揺を視覚的に表現する映画的演出である。
ポーカーシーンの文化的意義
原作のバカラは、運に依存するゲームであり、1950年代の優雅なカジノ文化を反映する。テキサス・ホールデムへの変更は、2000年代初頭のポーカーブーム(特にクリス・マネーメーカーの2003年WSOP優勝以降)を反映し、戦略と心理戦を重視する現代的なゲームとして観客に訴求する。
長安博牌(はくはい、Chang’an Poker)
このゲームは、ローマ交易を通じてシルクロード経由で伝わり、ソグド人とペルシア人が改良を加えたものだった。逸勢は、2枚の伏せ札と5枚の共有札を使い、賭け金を段階的に増やすルールである。
52枚の木版カード(ローマのトランプに似た、数字と4つの紋章)を使い、2枚の伏せ札(ホールカード)と5枚の共有札(コミュニティカード)で役を作り、賭け金を競う。役は「五同(ロイヤルフラッシュ)」「順同(ストレートフラッシュ)」から「一対(ペア)」まで、現代のテキサス・ホールデムとほぼ同じだ。
2枚の伏せ札を配られ、3回の共有札公開(フロップ、ターン、リバー)で賭け金を増やす。役は五同が最強、後は順同、四同(フォーカード)、三同二対(フルハウス)と続く。相手の表情と賭け方を読む。
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