除け者とスクール(2)
「……」
「いちごオレ飲む?」
「飲みます」
灰色の手から、未開封のいちごオレを受け取る。
先ほど、恐喝の現場に居合わせた私は、主犯の男子生徒をはっ倒した。助けを求められた気がして、つい。その後は虐められていた少年の手を取り逃走。
校舎裏に来たところで、連れてきてしまったことに気づいたが、彼は気にせず、苺色の紙パックを取り出した。
「それにしても、あの『宇宙人』にビンタするなんて」
キツネを思わせる顔をした彼は、愉快そうに笑う。灰色の髪と肌を持っているのはそういう種族だからかな。というか宇宙人って、現代だと差別用語に当たるんじゃなかったか。
怪しむような顔を向けると、少年はニッと笑った。
「僕のこと助けてくれたんだよね? ありがと」
さわやかな笑みを浮かべているけど、何か信用できない。ゴマをすられているような感覚に、私は「別に、あなたのためじゃないです」と顔をそらす。
「ふぅん。でも、おねーさんは僕の救世主になってくれそうだし」
「いや、もう助ける予定ないですが」
「ないんだ」
「ないですよ、厄介ごとに首を突っ込むのはこれで最後」
そう言って、飲み終わったいちごオレをポケットにねじ込む。そろそろ帰らないといけないな、と思って少年の方に目を向ければ……なぜかニヤニヤ笑っている。やはり、どこか薄ら寒さを感じる気がする。
「私、帰りますね」
「あ、僕もそろそろ塾の時間だ」
少年は「また明日が楽しみだね」と言いながら帰路についた。私も、首をかしげながら帰った。
+++
そして、翌日。彼の言っていた意味を知った。
下駄箱に行けば靴がないし、教室に行けば机が勝手に移動している。ついでに、昨日はっ倒した男子生徒が私の机を足置きにしていた。
「あの」
「あそこのバーガー店、ネズミ混入で潰れるらしい」
「うわー安くてよかったのに」
「ってか、俺たちもネズミ食ってたりして」
「言うなよ」
げらげらと笑っている三人組を見て、私は溜め息をもらす。それから、周囲に助けを求めようとして――昨日のキツネと目が合った。
そういえば、この少年、虐めっ子の前の席だったなーと考えながら、目線で助けを求める。しかし、少年は片目をつむって「ごめんね?」のポーズをした。
「明日が楽しみってそういうことかー」
ぼけっと口にしたら、目の前の男子三人が顔を上げる。そのうちの一人は頬に手形がついている気がしなくもない。
「あ、ナギちゃんだっけ」
「怖くて登校してこないかと思ったわ」
「ちょっと机を借りてるけど、いいよね?」
とりあえず「良くないので返してください」と平和的な解決を望んだのだが、私の態度が悪かったのか、彼らは「反省が見えないんだけど?」「んでそんな上から目線なんだよ」「人間サマだからじゃね」なんて笑っている。
果ては、人間の女とヤッたことあるかという話に発展し、私は遠い目をしながら自分の席を引っ張った。その手を、ドンと叩き潰される。
「ナギちゃんさ、
「……」
その一言で、私は周りのすべてが異質なものに見えた。なるべく考えないようにしていたけど、人間と違う形、色、姿をした存在が当たり前のようにいるのは、恐怖でしかない。
「……いや」
呼吸が浅くなり、意識がなくなりそうになる寸前――聞こえてきたのは、ゲームのピコピコ音だった。音のする方を見れば、電脳人の二人組が、いつものように携帯ゲーム機で遊んでいた。
「はい、ロットくんの負けー」
「うぜえ」
青年二人をジッと見つめていたら、そのうちの片方と目が合った。ロットと呼ばれていた方の彼は、ひとつ息を吐くと、面倒くさそうな声で言う。
「あんた、人間襲ったら死刑だけど」
「ひっ」
どうやら、力関係はあの二人の方が上らしい。虐めっ子がひるんだうちに、私は机を奪還。そして、元の位置に戻してから言う。
「私は、種族でしか『いきれない』やつよりよっぽど強いので」
最後に爆弾として「現にビンタしましたし」と、ちゃっかり言えば、虐めっ子は顔を真っ赤にした。
大胆に言ってみせたけど、実際この先、自衛できる自信はない。そのうえで、言いたいことを言ってすっきりした私は、遅刻してやってきた担任教師の授業を真面目に聞いた。
授業中、ずっと感じていた視線。好奇心からくるものが多かったが、その中でもキツネの少年の視線は刺さるように痛かった。
きっかけは自分だとしても、これ以上、関わるつもりはない。そう考えていたのだが、彼は、昼休憩になった瞬間やってきた。
「なに」
「……えっと」
彼はキツネの耳を垂らしながら、私の方を見てくる。元々虐められていた少年に近づかれると、勘繰られるというか、純粋に目立つ。それはもう、視線が集まる。
見ないふりをすることは——できないのだろう。こめかみを抑えた私は、少年の肩を叩いた。
「お昼、一緒に食べるよ」
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