「スルー」

ナカメグミ

「スルー」

 俺の噂、スルー。俺の兄貴の噂、スルー。俺の父親、俺の母親の噂、スルー。俺の彼女の噂、スルー。全部スルー。やり過ごす。慣れてしまえば、なんてこと、ない。

感情、オフ。スルー。


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 俺のうち。兄貴と父親、2人ともヤクザ。母親、水商売。

学校の先生、近所、地域のヤツ。みんな知ってる。中学2年の3月。もうすぐ3年。

 兄貴は2年前に卒業した。高校、行かず。半分ヤクザの暴走族。中学校の先生方、俺に何かあると、必ずいう一言。

「おまえの兄貴はすごかった」。

 学校で同級生を、野球のバットで殴った。大怪我させた。原付きバイク、盗んでサツのご厄介。

 知ってる。兄弟だから。でも俺はまだ、兄貴ほどすごいこと、してないじゃん。

湧く怒り。スルー。まともに相手にしていたら、きりがない。だからスルー。


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 今のクラス。いわゆる不良は、俺も入れて男3人。トップは俺じゃない。田中がトップ。田中のオヤジ。地元の建築会社の社長。家がとにかくでかい。髪の毛、無駄におったててるのがこいつの特徴。短ラン。チビ。がたい、特別いいわけじゃない。

 

 なのになぜ、トップか。頭がイカれてる。すぐ、キレる。キレたら手がつけられない。制服のズボンのポケット。いつも飛び出しナイフを持ってる。持ってること、隠してない。先生も取り上げない。少し前。よその県の中学校で、教師が生徒に刺されて死んだ。自ら危険に飛び込むヤツはいない。


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 俺の親友。中村。母子家庭。いわゆる母1人、子1人。夜、先輩の命令で、原付バイクを一緒に盗む仲間。たいてい、夜、兄貴の友達に命じられると、盗みに行く。鍵の壊し方、盗みやすいスポット、マスター済み。夜、原付き盗んだ次の朝は、超眠い。学校に寝に行く。


 俺の彼女。1個下。制服のブレザーの下に、真っ赤なシャツ。わざと。1年から3年までの女子で、おそらく1番悪い。不良。体、細い。でもケンカ、メチャクチャ強い。

 俺も学ランの下は、赤いTシャツ。でも女の赤は、趣味が悪いからやめろ、といくら言ってもきかない。

 目下の楽しみ。こいつとのセックス。何事も、覚えたてが1番楽しい。こいつの母親も水商売。たいてい夜は留守。だから家でやり放題。楽しい。


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 中3。4月。転校生が来た。釧路から来たメガネブス。瞬く間に有名人。勉強ができるから。風の噂じゃ、母子家庭。

  あらゆるテストが100点。なのにときどき、、わざとヘマやらかして、おっちょこちょいに見せている。騙されるか、バーカ。おまえのわざとなんざ、教室の後ろから見てたら、まるわかりだ。

 憂さ晴らしに授業中、消しゴムのちぎったヤツとか、丸めた紙とか、背中にぶつけてやる。びびってる。面白い。クズをいじるのは、面白い。


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 メガネブスのもうひとつの使い方。カンニングを手伝わせる。あいつと俺。出席番号が前後。あいつが俺の前。使える。

 定期テスト。ヤンキー集中区の底辺中学校でも、内申、気にするヤツもいる。緊張感でピリピリ。始まる。

 開始25分ごろ。ブスが解き終わって、見直しに入ったことが姿勢でわかる。見回りの教師は、教卓で自分の教科のまる付け中。シャープペンシルで背中、つつく。ブス、答案をずらす。絶妙な加減。答え、うつす。だいたい記号で答える問題。

 目標40点。受け取った答案60点。取りすぎた。説教、確定。


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 担任の30代女教師。放課後、2人、教室に残された。しばらく続く、問い詰め。メガネブス。否定も肯定もしない。ばれたのは2回目。だから説教、長い。長過ぎる。苛ついてくる。

 と思ったら、隣りのメガネブスが泣き出した。慌てる女教師。「もう、次はないからね!」。締めくくられた説教。


 生徒が帰り終わった廊下。2人で歩く。

「クズ。嘘泣き、うまいな」。

仏頂面。何も言わない。憎たらしい。動揺させたい。このエセ優等生のツラを。

「おまえさー、セックスってしたことある?ねえだろ」

「あるよ。中1」

度肝を抜かれた。俺より早い。

 ひとりで留守番してたら、死んだオヤジの知り合いだったヤツが仏壇、拝みに来て、その時にやられたという。呆気。でも何も言い返せないのは悔しい。

ギリで、きく。

「どうだった?」

「痛かった」

だろうな。2人で無言。生徒玄関で靴を履いた。夕暮れ。


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 2学期。秋。最悪のことが起こった。俺の彼女。気に入らない女の後輩。女子トイレでぼっこぼこにした。髪の毛、切って、ライターで焼いて。腹、蹴りまくり。内臓までいったらしい。


 やられた後輩。シングルマザーやらシングルファザーやらが多いうちの中学で、まともな家庭だったらしい。中学はもちろん、教育委員会とやらに怒鳴り込んで、ニュースになった。俺の彼女、少年鑑別所行きが決まった。


 中学3年。高校の推薦入試を狙ってる奴らは、ニュースになったから、中学のイメージ悪くて、落ちるかもって、あちこち、こそこそ話してる。俺にとっては、セックスできない方がつらい。教師どものしめつけも、厳しくなった。


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 その日、田中は機嫌が悪かった。こいつの機嫌は読めない。何が気に食わないのか、わからない。悪くなったら、手がつけられない。帰りのホームルームを終えた掃除当番。机と椅子を、教室の後ろに下げてできた前の空間で、それが始まった。

「あーあ、だれか殴りたいなー」。いつものでかい声。


 当番の男も女も、田中から距離を置く。結局、俺の前に来る。

「はい、おまえな。自分の女の管理くらい、ちゃんとしとけよ」。

 みぞおち、腹で蹴られる。いつものパターン。うずくまる。背中、グーの両手で連打。合間に蹴り。

 こうなったら、手が付けられない。ほかのヤツはもちろん、中村も黙って見ている。薄笑い。

 お互いの約束。田中にやられてるときは、黙って見ている。助けに入ったところで、何も変わらない。時間だけが、長くなる。

 田中はいつも、ナイフを持つ。手は出せない。兄貴のようには、弾けられない。

気が弱い俺。


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 自宅に帰る。父親、兄貴。どこに行ったか、いない。いつものこと。母親、水商売にご出勤。学ラン、田中の靴の汚れだらけ。そんなのはいい。学ランの下に着る赤いTシャツが、ない。洗濯機、回した。

 赤。赤いシャツ。俺の彼女、いない。いつ出てくる。わからない。


 自分の部屋に行く。上半身ハダカ。トランクス一丁。ベッドの上。座る。左の腕。右の太もも。今日じゃない。前回、田中にボコられたときの青痣。青と黄色。無様な変色。トランクスをずり下ろす。出す。握る。しごく。しばらく。

 飛び出す。白い粘液。

 あふれる。目。涙。

悔しい。悲しい。つらい。痛い。スルーできない感情。したいのはセックスじゃない。欲しいのは人肌。あたたかい人肌。ぬくもり。

さびしい。さびしい。会いたい。こらえきれない嗚咽。

 ベッドの枕元のティッシュを取る。両方、拭く。


****


 真夜中。中村と待ち合わせ。覆われたシートの中を入る。田中のオヤジが今、建てている途中の家。ほぼほぼ、木で家の骨格ができた。その中。


 中村が開けた。垂らした。俺がつけた。赤い炎。育つ。仕上げを。

 制服のズボンのポケットから取り出した、タバコの吸殻。10本ほど。家の前の、道路の端に撒く。ここの現場で働いてるヤツの吸い殻。

 兄貴の中学時代の同級生。中卒で大工見習いになった。田中のオヤジの会社で働いてる。兄貴の部屋で、タバコ吸いながら、人使いが荒いってひとしきり、田中のオヤジの悪口。こいつ、いつも俺と中村に、原付きバイクの盗み、命令するヤツ。

 田中とこいつ、両方、罰ね。


 原付きバイクの盗みをやっていてよかったこと。ここらへんの防犯カメラの位置、兄貴から徹底的に仕込まれた。無駄にサツの世話にならないように。宅地造成されたばかりの、まだ家もどきのこの場所。まわりに防犯カメラはない。


「意外と、燃えるのな」

「ライターオイルって、すごいのな」

2人で無駄な感心。しばらく燃える火を見る。気分など晴れない。晴れるわけがない。何も変わらない。でもいっときの気休めとしては、本物の火はきれいだ。


 「行くか」。夜の道。2人で歩く。メガネブスの貧乏アパート。一応のアリバイづくり。 

「カンニングを反省して、2人で勉強を教わることにしました」。

信じてもらえるわけがない。おれたちが。大人の反応を見るための、ただの遊び。

 ピンポンを押した。

(了) 

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「スルー」 ナカメグミ @megu1113

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