ハンプティ・ダンプティ氏のシンプルな遺言
葉月めまい|本格ミステリ&頭脳戦
問題篇・上――皿嘗めた猫が科を負う
雪が降り積もる夜、フィデリスは手慣れた様子でピッキングを行い、玄関扉を
「ひゅーっ! さすがフィデリスちゃん!」
後ろから続いて侵入したバステトが、軽い口調で褒めそやす。
「……うるさい。静かにして」
小声で応じるフィデリス。彼女は灰色の
「ねえねえ、フィデリスちゃん。ボク、すっごく寒かったよぉ。ちょっとだけ、温め合ってから行かない?」
バステトは無邪気に提案する。
「…………」
フィデリスはそれを無視して歩みを進めた。
「ちょっ! 置いてかないでよぉ〜!」
慌てて追従するバステト。
𓃠 𓃠 𓃠 𓃠 𓃠 𓃠
客に粗悪なレプリカを掴ませて大金を
そんな
バステトとフィデリスは事前に
「……すごく静か。まるで、誰もいないみたい」
フィデリスは
「えぇっ?
バステトは記憶を探って応じた。それにフィデリスも頷く。
「……寝てるのかも。怪盗が来る夜に、不用心すぎる気はするけど」
「不用心って言うなら、警備もまったくないみたいだし、今さらだけどね」
アンノウンは仕事の際、必ず予告状を出す。今回も例外ではない。
それなのに、
「盗まれても良いって思ってるのかなぁ? これだけ不用心ってことは」
「……あり得る。警備するほど、お金の無駄」
フィデリスは
怪盗アンノウンは必ず、仕事を果たす。盗みに失敗したことは一度もない。
どれだけ厳重な警備で固めても無意味だと諦め、最初から一切の警備をしないという選択は、大胆だが合理的である。
ブローカーである
現時点で所有している美術品をいくつか盗まれても、大した損害にはならないと判断したのかもしれない。
「警察も呼ばないのは、やっぱり色々やましいことがあるのかなぁ」
家宅内の間取りを調べながら、バステトは呟く。
「キッチンも見ておく? あんまり関係ない場所だけど」
「……うん。全部、確認しよ。
アンノウンを「
「おっけー」
一方、すっかり油断していたバステトは、気軽な口調で言いながら扉を
「……バステト、下がって」
咄嗟に臨戦態勢を取り、バステトの前へ出るフィデリス。
「えっ!? わっ!?」
バステトは慌てて一歩、引き下がる。
キッチンから、強烈な血の臭いが
「……誰も、いないみたい」
フィデリスは冷静に告げて、キッチンの
「わぁーお……。こりゃあ、静かなわけだね」
冗談めかして言い、引き
白い冷蔵庫の、
肥満体の中年男性――
𓃠 𓃠 𓃠 𓃠 𓃠 𓃠
「……まだ温かい。死後、約一時間経過。……死因はたぶん、腹部に銃撃を受けたことによる失血。……貫通してる。バステト、銃弾を探して」
フィデリスは遺体を
「う、うん!」
床に転がっている銃弾は、すぐに見つかった。バステトはそれをハンカチで丁寧に包み、拾い上げる。
「あった! 日本では、あんまり流通してない種類の
バステトはフィデリスをちらりと見る。
アンノウンと出会う以前、フィデリスは暗殺者として闇の世界で生きていた。まだ十歳にも満たない頃からだ。
犯罪組織はターゲットを油断させるために、いかにも暗殺者らしい人材より、それらしくない人材を暗殺者として育てる傾向がある。
プロフェッショナルの暗殺者が関与しているとすれば、子供から老人まで、全ての人間に警戒すべき状況となるだろうな、とバステトは思った。
「……ねえ、バステト。これ」
遺体の手を持ち上げて、フィデリスが示す。
バステトは遺体に近づき、覗き込む。
「何か、持ってるの?」
「…………」
フィデリスは遺体の手を
「……
「
バステトも言葉を
それはどことなくシュールな光景だった。
腹部を撃たれて死んでいる男が、まるで
フィデリスは立ち上がり、冷蔵庫の中を調べ始める。
「……このパックの
「冷蔵庫のドア、
バステトは、うんうんと頷いて言う。
「ただ一点、どうして死の間際に、卵を手に取ったのかってところだけが意味不明だけど」
「……ちょうど手に取ったときに、撃たれたとか?」
推測を口にするフィデリス。
「うーん、それならこんな、両手で大事に持たないんじゃない? 放り出しちゃうでしょ。見たところ、スーパーで売ってるような普通の
バステトは反論した。どうやら
「…………」
フィデリスは不満げに黙り込む。
「いやぁ、ボクもあんまり考えたくないし、絶対そうだ、って言えるほど、自信があるわけじゃないんだけどさ……。これってもしかすると、ダイイングメッセージなんじゃない?」
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