窓に映る瞳

とりとり

窓に映る瞳

今日は暗いな。

クリスマスなのに、天気悪い。


朝、和葉はカーテンを開けると、夕方のような薄暗さに少し戸惑った。


「まあ、予定は何もないけどね」


それでも、イベントの日ってなんとなく良い天気の方が嬉しい気がする。

のそのそと、いつもと変わらず仕事へ行く準備を始めた。

空が暗いと思うからか、動きが鈍い。


「行ってきまーす」


赤いマフラーを巻いて、誰もいない部屋へ声をかけて鍵を閉める。

どんよりとした空を見上げながら、駅へ向かった。


電車に乗る人たちは、いつも通りたくさんいる。

朝だからか、イベント感は全くない。


帰りは、楽しそうな人がいっぱいいるんだろうなあ。

ぎゅうぎゅうの満員電車に乗りながら、ぼんやり窓の外を見ていた。

トンネルを潜った瞬間、窓に自分の姿が映った。

少し離れた所に立っている青年と、バチリと目が合う。

その顔は整っていて、存在感があった。


あ、やば。


いかんいかん。ちょっと長く見てしまった。

すぐに我に返って目を逸らす。


イケメンさんだったなあ。朝から良いものを見た。

ちょっと気分が上がって、足取り軽く電車を降りた。


その時、ジッと見つめる瞳には気付かなかった。


「おはよーございまーす」

「おはようございます」


パタパタと、開店の準備をどこの店員も始めていた。

和葉も制服に着替え終わると、すぐに売り場へ向かって掃除を始める。

クリスマス用のお菓子セットが足りないかチェックもして、品出しをする。

レジ担当の先輩は、チャリチャリとお金を数えて入れていく。


お客さんの知らない、開店前の少し非日常な雰囲気。

開店まであと五分。


「今日は忙しいだろうから、休憩できる時はすぐ出ようね」

「はーい」


先輩と笑い合って、カウンターに並んだ。

開店の音楽が鳴った。


色んなお客様が訪れる。

会社へのお土産。子供へのプレゼント。好きな人へのお礼。


みんな、少しはにかんだ笑顔で受け取って去って行った。

クリスマスってやっぱり特別って感じでいいよね。

忙しくて疲れてくるけど、良いお客さんに出会うと心が温かくなる。


「すみません。これください」

「はい。ありがとうございます」


可愛い袋に入ったクッキーの詰め合わせを指差したのは、どこかで見た気がする、黒いコートを着たスーツの男の人だった。

手際良く紙袋に入れて、商品を渡す。


「あの、俺のことを覚えてないですか?」

「え?」


首を傾げて、キョトンと彼を見つめてしまう。

……どこかで会った?どこか、どこか。


記憶を辿るが、薄ら何かが引っ掛かるのに掴めない。

男性の顔を見る。整った顔立ち。真剣な瞳。


「…すみません。どこかでお会いしましたか?」


私の返事を聞くと、彼の瞳が閉じられた。


……ああ…またか


気がつくと、俺は電車に乗っている。

周りに気付かれないように辺りを見た。

老若男女、多くの人が乗っている満員電車。


いた。


今回の彼女は、赤いマフラーをしていた。

自分はいつも同じ格好なのに、周りは同じ人間なのに、違う服装だ。


何故、自分だけ変化がないのかわからなかった。


窓の外をジッと見ていると、トンネルに入る。

パッと電車内が窓ガラスに映り出す。

すると彼女と目が合った。

俺に気付いてくれるのは彼女だけ。


いつも、この瞬間は彼女が何か知っているんじゃないかと、希望を持ってしまう。


少しの間、見つめ合うと彼女はフイと目を逸らす。

………今回も、ダメなのか?


彼女は何でもないように電車を降りて、仕事場へ向かう。


毎回違う場所。

だが、いつもどこかの店員になっていた。

毎回、客を装って彼女に話しかける。


「あの、俺のことを覚えてないですか?」

「…すみません。どこかでお会いしましたか?」


どんなに言い方を変えても、彼女の返事は全く同じだった。その言葉が終わりの合図。


何度も何度も……。


電車の中。窓に映る君。

目が合った瞬間、僕はすぐに目を閉じた。



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窓に映る瞳 とりとり @torinokoe

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