夢のお告げ
なかむら恵美
第1話
夭折したが、わたしには叔父がいた。
亡母の弟である。
小さい時からわたしはこの叔父が何となく好きで、話を聞く度、「育っていたら」。
これこれだったと、考えた。
幼年時代、可愛かろう。小学生時代、やんちゃかな?
中学・高校。
学校のお勉強に目覚め(?)成績優秀。反面、ひょうきんで人気者。
大学進学。どうだろう?ゆかないかもね。
それともものの見事に、国立大学一発合格?有名私立へ推薦入学?
社会人。
どんなスーツを着るのだろう?ネクタイは何色が好み?
初めて貰うお給料は、幾らぐらいで、何に使う?
思いを馳せては、ニタついた。
お墓参りにゆく度に、特別な思いで手を合わせた。
「童子」戒名の最後だ。
転々とした先や、青春時代も、常に思いは変わらなかった。
テストで満点だった、先生に褒められた、嬉しさの報告をするのが、母より子の叔父なのである。
恋を知る年齢になると、つきあっていた男たちの中から、好みの顔の部分、部分をチョイスして、理想の叔父と化していた。
28歳で結婚。
家庭を持ったが、相変わらず叔父の存在は、心の中で大きかった。
因みに夫の目鼻立ちは、理想の叔父とは程遠い。
某夜。夢を見た。
うっすら漂う霧の中で、一人の紳士が立っている。
導かれるように、ゆっくり近づく。はっきりとした視界に、悟った。確実に思う。
(わたしだ!わたしの過去だ!前世の姿だ!叔父さんだ!)
驚きながら近づくと、姿がはっきりと見えた。
グレーの背広に、細い縦縞の赤白のシャツ。ネクタイはしていなかった。
白髪交じりの短髪に、目がクリっとしている。俳優の沢村一樹系である。
髭を立てていた。笑窪を見せて、微笑んでいる。
「葵(あおい)ちゃん。いつも思ってくれて、ありがとう」
何とも言えない感覚が、胸の奥まで襲って来る。
不思議だらけの感情が、気持ちを強張らせて来てしまう。けど、嫌ではない。
「緊張しているね。一緒に深呼吸しようか?」
スーハー、スーハー、スーハー。多少は落ち着いた。
「びっくりしただろ」
「は・・・はい」
声が上擦る。震えている。
「座って」促す。素直に従い、横に座った。
「その、そろそろだと思うから。上に相談したら、許可が下りてね」
「上?」
「そう、上。あの世のトップ、天界のボスだ」
叔父は話し始めた。
さっきの表情を見て、話す必要もないかと思ったけど、葵ちゃんの前世は、僕。
僕の生まれ変わりが、葵ちゃん。知るようにお母さんの弟だ。
戦後の翌年、昭和21年に僕は生まれたんだが、残念ながら2歳4ケ月で生涯を閉じた。
原因は風邪さ。こじらせちまってね。
あの頃、そんなんで逝(い)っちまう奴なんて、うじゃうじゃいたよ。
お葬式の時に、若かったお袋がワンワン泣いてね、お母さんがじっと見ていたっけ。
兄貴はキョトンとしていたなぁ。親父も肩を落としていた。
そして僕も、こんなに小さくして死ななければならなかった自分を悔いた。
「生まれ変わりたいんです。姉の子として」
四拾九日の法要前後から、願い出ていてね。
幸い願いが叶えられたという訳だ。
只々、驚くばかりである。叔父は続ける。
葵ちゃんも大きくなって、家庭を持ったんだね。おめでとう。
楓(かえで)ちゃんは今、柊(ひいらぎ)を名乗っているけど、近くに住んでいる。
何かといいでしょ、便利で。楓ちゃんの娘さん、翠(みどり)ちゃん、だっけ。
今、幾つ?
「・・・22です。」
やっとどうやら、落ち着いて来た。けど未(いま)だ、どこかに奮ぶりがある。
「22か。せめてそれぐらいまで、生きたかったな」
独り言のように呟いた叔父が、わたしを見た。
悟った。わたしの死期が、知らされる。
固唾を飲む。伯父も黙る。
「あの、叔父さん。これから先は、わたしに言わせて下さい。多分、間違っていないと思います」
「そうか。分かったんだね」
わたしに許可が下された。
「死ぬんですね、わたし。5、6年後の誕生日に。突然」
何も叔父は言わなかった。
「暫く天の世界を彷徨った後(のち)、今度は姪。翠の子として生まれ変わる」
「鋭いね、その通りだ」
少しだけ笑う。
ひとつの風が、塊となって通り過ぎる。
「葵ちゃんは、死ぬのが怖くないんだろう?」
「ええ」
「だったら教えるのもいいかと思ってね。それに、いつも思ってくれる御礼が直接、言いたかった」
「あの、、でも叔父さん」
「ん?」
「男の子ですか?女の子でしょうか?今度のわたし、生まれ変わったわたしって。
今のわたしに似てますか?」
「さぁ、どうかな?」
多分、叔父は分かっている。
知ってわざとはぐらかわすのは、ふざけた時間を共有したいと願うのか?
「兄弟姉妹は?何番目の子?それとも完全、一人っ子?」
同じ笑いを、静かに叔父は繰り返した。艶やかな横顔が光る。
「じゃあ、ちょいとわたしも意地悪に」
「ほぉ~っ」
大袈裟に叔父が言う。
「姪の子として産まれるのは嬉しいんですけど、困っちゃうんです」
「何が?」
「だって、引っ越しが嫌いなんですもの、あの子」
夫にすら話していない夢を、わたしは語った。
「外交官の子として生まれ変わり、幼い時から諸国漫遊。
いろんな国の、いろんな所に住むのが、わたしの来世予定なんです。にも拘らず、来世のママが、引っ越し嫌いじゃあ」
はぁ~っ、大袈裟に息をつく吐(つ)いた。
「ならば何とか、してあげよう」
叔父の声が、優しく微笑む。
そこで目が覚めた。
<了>
夢のお告げ なかむら恵美 @003025
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