卵生人類〜シスターエッグスXX〜
めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定
卵生人類
人類は卵生です。
体外受精です。
常識ですね。
人間の卵であるクレイドルはネット通販でも買えます。
もちろん食べません。
食べることができません。
クレイドルは卵子と培養液が入った機械です。
売られているのは体外受精用です。
使用期限を過ぎたら廃棄されます。
子供が欲しい人が買っていきます。
今の社会に少子化は存在しません。
経済力がある人は子沢山です。
育てきれないので自分の子供用の育児施設を創るのが主流です。
ただ私の家みたいに姉妹が百人を超えている家庭は珍しいかもしれません。
今の人類に男性はほとんど存在しません。
かつては人類の半数が男性だったらしいですが、卵を産めない男性は経済的にも税制的にも不利でした。
クレイドルの受精には性別は関係なく遺伝子データさえあればいい。
女性同士で子供を誕生させれば高確率で女の子として誕生してくるので、結果として社会から消えていきました。
少なくとも私は男性を見たことがありません。
都会から遠く離れた文明機器持ち込み禁止の自然保護区には、かつての胎生人類が生き残っていると教科書には載っている。
だから男女が半数ずつの社会が残っているとは思います。
ただ子供を創るのに必要なクレイドルを拒絶して、どうやって子供を創るのでしょうか。
生殖活動は知っています。
しかし創れても胎生では妊娠期間が存在する。
十か月もお腹に子を宿しておかなければならず、後半はお腹も膨らんで動きにくくなる。
あと体調の変化により食べ物の好みが変わるほどホルモンバランスが乱れると聞いています。
そして命がけの出産。
自然出産が難しい場合は、お腹を切っ裂く帝王切開という手術が必要だった。
そんな凄惨な記録もありますね。
卵生人類社会では、すでに産婦人科医という存在は映像と記録で残っているだけの職業です。
廃れました。
現代その役割を担っているのはクレイドル技師です。
高度な遺伝子調整も行う命を預かる職業。
そのため難関国家資格となっています。
受験資格は成人と認められる十八歳から。
私は最年少の十八歳でクレイドル技師の試験に合格してから四年間、二十二歳の今に至るまで実家で妹達の孵化を見守っていました。
自然保護区には産婦人科の資格を持った医者はいません。
三十年前のデータですが、自然保護区の胎生人類の出産による母子死亡率は三割近かったと記録に残っています。
危険な自然出産に携わる産婦人科医がいなくなった結果です。
そのため自然保護区にいる胎生人類は年々数を減らしていると聞いています。
昔の人類はいかに大変な社会だったのがよくわかりますね。
それに比べて卵生人類はとても楽です。
ナノマシンを飲んで、クレイドルを排卵するだけ。
子供が欲しい人にクレイドルを提供して体外受精で子供を創る社会は妊娠期間もない。
卵生の方が身体の負担が少なく生きやすい。
ただそんな生きやすい卵生人類社会でも、生きていれば悩みは尽きないわけで。
「それであんたはいつまでウチに引きこもっているつもり?」
「引きこもりって相変わらず失礼な。お母さんが毎年毎年無計画に妹を創るから私が世話をしているんじゃない」
「私の子供の世話はメイドロイドに任せなさい。機械が信用できないなら外からシッターを雇えばいいでしょ」
「産まれてからの世話はもちろんだけど、妹達の受精クレイドルの管理と孵化までの技師も私が勤めているんだけど」
お母さんが細い身体を捻らせて、オフィスデスクに肘を付きながら嘆息した。
我が母ながら白衣に、崩れないスタイル、美貌が衰えない
先日の誕生日に珍しく泥酔して、私にうざ絡みした挙句、その理由がアラフォーになってしまったことを嘆いていただけ。
そんな面倒くさい女トリプルコンボをかましてきた女とは思えない。
「それこそ他にクレイドル技師を雇うわよ。あんたが資格を取るまで、うちでも雇っていたんだし」
「そんな愛のない言葉ばかり口にするから、お母さんは妹達に避けられるんだよ。小さな妹達からは私が『お母さん』って呼ばれているんだよ。わかってる?」
そもそも妹百人できるかな。
……はさすがに多すぎた。
お母さんは一人一人と接する機会が少ないので、妹達の顔と名前が一致しないことも多い。
そのたびにショックを受けているので、子供に愛情を抱いていない母親ではないと思っている。
ちなみに私はお姉ちゃんなので、妹達の全員の名前が言えるし、一卵性の双子だろうと三つ子だろうと顔の見分けがつきます。
お姉ちゃんなので。
「子供を創るのは国民の義務よ。経済力に余裕があるならば子供を創れ。税金対策にもなるし、社会のシステムがそうなっているの」
「それはそうだけど」
「問題はあんたの方よ。二十二歳にもなって子供を創らない。ナノマシンを飲んでクレイドルを提供しない。経済共同契約する相手もいない。うちの長女として、そしてクレイドル技師としての自覚はあるのかしら?」
「……うぐっ。い、妹達の世話をするので毎日手一杯で」
「だからシッターと技師を雇うと言っているのでしょ」
言われたことは社会常識と照らし合わせれば正論だった。
二十二歳にもなって子供もいなければ、社会にクレイドルを提供しない。
世間的に不味いのは私の方になる。
クレイドル技師という難関国家資格を得た高給取りなのも、この場合はマイナスに働いている。
私のクレイドルは最優秀ランクが付くらしい。
毎月一回のクレイドル提供だけで裕福な暮らしが可能な金銭を得ることができる。
社会的義務を果たしていないと言われればその通り。
実は国からも催促が来ている。
でもお姉ちゃんとして可愛い妹達の世話したいし、毎日忙しくしているのも本当だ。
「あまり乗り気じゃないようね」
「義務だとしてよく知らない誰かと子供を創るのは……ちょっと」
特定の好きな人もいないが。
妹達よりも大事な存在は考えられない。
だからといってお母さんのように社会的な義務と割り切り、自分の遺伝子をクレイドルに受精させて、子供を量産するようなこともしたくない。
こうなると一国民としてはクレイドルを提供する道しか残されていないのだが、それもなんだか嫌だった。
自分の卵子から創られたクレイドルが知らない誰かの手に渡る。
知らないところで誰かの子供として育てられる。
誰の手にも渡らなければ使用期限が過ぎて廃棄されてしまう。
卵生人類社会では男性がいなくなり、父親母親という両親の概念も存在しない。
代わりにあるのは経済共生契約の枠組みだけ。
昔存在した好きな人との結婚という制度の名残りだ。
ただ卵生人類社会となっても恋する乙女というブランドは根強い人気がある。
現実でもフィクションでも憧れの的だ。
そしてクレイドル提供者に親権が与えられることはない。
明確に子供を創る意志を表明している受精用の遺伝子提供者が親となる。
私も経済共生契約をして、一緒に子供を育てる家庭を築くことに憧れがないとは言わない。
漫画やアニメでは定番の愛の告白。
『私のクレイドルを受け取ってください!』
『君のクレイドルをくれないか』
こんな台詞に胸をときめかせて、ドキドキしないわけがない。
でと現実で好きな人はいないのだ。
それに私はアイドルや芸能人を見ても『絶対うちの妹達の方が可愛い』などと対抗心を燃やしてしまうシスコンだ。
結論、実家で妹達を見ているだけで満足できる。
そう思っているのだが。
「よく知らない誰かが嫌なら私にクレイドルを寄越しなさい。それで義務を果たしたことになるでしょ」
「どうしてお母さんに?」
「私が受精させる」
「娘のクレイドルを!? そういうの近親相姦って言うんだよ!?」
母親が一体何を考えているのかわからない。
両腕で自分の身体を抱きしめながら後退り。
まさかここまで見境がないとは。
少しの間『さすがに冗談よ』との訂正のお言葉を待っていたが、お母さんは凄く真面目な表情で私のことを見つめてくる。
なんだか嫌な予感がした。
「いつか言おうと思っていたの」
「まさかお母さんの娘じゃないとか?」
恐怖心に負けて先に答えを口に出していた。
そうではないと否定してほしくて。
でも欲しい言葉はもらえない。
「そうよ」
「…………そう……なんだ」
ショックだった。
ただ予感してなかったわけではない。
他の姉妹と比べて私の待遇が悪かったわけではない。
むしろ長女だからと優遇されていた気さえする。
察していた理由は年齢。
お母さんは三十五歳で私が二十二歳。
私は妹達とも少し年齢が離れていて、よく私の手伝いをしてくれる次女が十七歳だ。
五歳も離れている。
そして私が産まれたときのお母さんとの年齢を考えるも十三歳。
いくらなんでも早すぎるとは思っていた。
「あんたが私の最愛の子供であることは間違いはないんだけどね」
「……でも血の繋がりはないと」
「いや他の姉妹達は私が遺伝子提供した子供。あんただけは私のクレイドルから産まれただけよ。だからあんたは私の子供。ここはだけは譲らないわよ」
「お母さんのクレイドル? あ〜……そうなんだ。え~と……なんかリアクションに困る!」
お母さんの娘ではあったらしい。
経済共生契約の家族だと親権はないが、クレイドル提供者のことも『お母さん』と呼んだりする。
ただ血の繋がりがあると国からは認められない。
クレイドル提供者まで子供と血の繋がりがあると認めてしまえば、誰もマーケットからクレイドルを買わなくなるし、子供を創る人も減るだろう。
それにクレイドル提供者の遺伝子情報が子供に引き継がれないわけではないのだが、クレイドルは受精させた側の遺伝子データを優先的に引き継がせるようになっている。
クレイドル提供者が親と認められないのはそういう理由もある。
産まれて来る子供がクローンかというとそうではない。
寿命を左右するテロメアなど生命の根幹部分はクレイドル提供者の卵子から引き継がれている。
自然出産と同じように多様性ある子供が産まれることは保証されている。
ただ法的には私とお母さんは直接の血の繋がりがないことになる。
近親相姦にはならない。
そう言われても実の母親と思っていた人が育ての母親で、そんな人に『クレイドルを寄越しなさい』などと愛の告白をされても反応に困るのは間違いない。
嫌いってなわけでもないし、意味を理解して少しドキッとしたが。
あと少し室温が高くなってきた気がする。
変な汗が出てきた。
お母さんの話には続きが待つ。
「これでも私も恋ぐらいしたことがあるわ。初恋ってやつね。大好きな幼馴染がいたのよ」
「お母さんの初恋話!?」
「茶化さない。どちらかといえば悲恋だから」
「…………だよね」
お母さんが私のクレイドル提供者ならば親権はない。
子供ができたとしても育てる義務どころか認知する必要すらない。
でも自分の娘として愛情持って育ててくれていた。
そして私の二十二歳になるまで、本当の親と言える人と接触したことがない。
お母さんが口調から無責任に私を捨てる人ではないことはわかる。
だとすれば、本当の親がどうなったのか想像することは容易だ。
「あんたもクレイドル技師ならば習っているでしょ。今から三十年から四十年前に何があったのか」
「……デザイナーズチャイルド事件」
「正解。当時、どこまで遺伝子を改良できるか。その検証が不十分だった。過度に改良された遺伝子を持つ子供は、病弱で早死にするケースが多かった」
「過度な遺伝子改良の規制。クレイドル技師が資格化されるきっかけだね」
過渡期に起きた悲劇だ。
遺伝子改良も可能なクレイドル技師という職業資格が厳格化されて、高い倫理観と社会性が求められる職業になった。
お母さんが私の世間体を気にしているのは、クレイドル技師としての資格の問題もあるのだろう。
「その子も悲劇のデザイナーズチャイルドのうちの一人でね。十五歳まで生きられない身体だったの。私は大好きな幼馴染が生きた証を遺したかった。その子も生きた証を遺したかった。でも虚弱でクレイドルを産み出す体力もない」
「だからお母さんがクレイドルを提供した?」
「ええ。当時は十三歳だったし、経済的にも独立していなかった。親の反対を押し切ってね。あんたが孵化したすぐ後にその子は亡くなったわ。ベッドから起き上がることもできないのに、あんたのことをギュッと抱きしめて離さなかったんだから」
お母さんの言葉には強い意志が感じられた。
私が憧れた子作りの形だ。
妹百人できるかな。
そんな勢いで遺伝子を提供して子供を創っているお母さんだが、マーケットにクレイドル提供はしていない。
たぶんこれがお母さんの恋愛の証だろう。
死んでしまった幼馴染に操を立てている。
こんな話を聞いてしまうと、ますます安易な遺伝子提供をしたくなくなるのだが。
「……よく考えたらあんたの場合は、月に一回しかできないクレイドルの提供だと争いが避けられないわね。やっぱり私がクレイドルを提供するから、あんたは遺伝子データを提供しなさい」
「どういうこと!?」
「なによ大声出して」
「だって! お母さん今初恋の幼馴染に操を捧げている系の素敵初恋ヒストリアを語ったばかりだよね! 私の出生の秘密だよ!」
「す、素敵初恋ヒストリア? 相変わらず変な子ね」
「それなのにそんな軽い感じでクレイドルを提供するなんて。お母さん謝って! 覚えてないけど私に遺伝子的な親であるその人に!」
「ごめんなさい。……でいいのかしら?」
「よろしい。娘の私が許します」
何を許したのかはわからないし、どちらの娘の立場かもわからないけど。
「ただ操を捧げたのも十三歳の頃、二十年以上の前の話なんだけど」
「それはそうだね」
「あんたにクレイドルを提供するのはちゃんと相手を選んでのことよ。あの子を娘だからではなく」
「……う、うん?」
話の雲行きが妖しくなってきた。
「勢いで私の告白をうやむやにできるとは思わないことね。私を拒絶するなら、ちゃんと言葉にして拒絶しなさい」
「…………」
「で、返事は」
「だ、だってお母さんはお母さんだし!」
「また逃げようとする。……まったくこの子は」
私とお母さんとの血の繋がりがない。
だから別にそういう関係になっても法的には許されるわけで。
さっきから部屋の中が変に暑い。
「あと逃げるならばちゃんと部屋から出なさい。今なら鍵は開いているわよ」
「う……うぅぅ」
「そんな上目遣いで可愛らしく呻くな。……このままベッドに押し倒してやろうかしらこのアマ」
「押し倒す!? 確かに娯楽としては身体を重ね合う文化は今の卵生人類にも残っているけど、それは遺伝子提供や経済共生の枠からも逸脱した恋人の枠なわけで!」
「別にそうなってもいいから言っているのよ」
「……お母さんのいけず」
「この場合、いけずはあんたよ。そこのベッドにおなおりなさい。今はなにもしないから。まったく二十二歳が告白された程度で情けない」
言われるがままお母さんのベッドに座る。
いい香りがした。
この香りが好きで、昔はよくお母さんのベッドに寝転がっていた。
同じ香りをまといたくて同じアロマを買ったけど、自分の部屋だと微妙に匂いが違ったから結局あまり使っていない。
そんな想い出に浸っていたらお母さんが引いた顔をしていた。
「うわ……この子……この状況で素直にベッドに腰かけるんだ」
「どうして引くかな!?」
言われた通りしただけなのに。
意味がわからない。
「学問優秀。素行良し。性格良し。器量良し。……本当に自慢の娘ではあるんだけどね」
「ありがとうございます?」
「どうして……どうしてこうも無防備な純粋温室培養で育ったのかしら。今日ほど育て方を間違ったかも思ったことはないかも。成人してからの四年間ずっと家でお仕事させて正解だったわ。外に出したらどんなトラブル引き寄せたか想像したくもない」
「そこまで言う!? お母さんの指示に従っただけで!?」
「言うわよ。うちの娘どもも心配しているし。『お姉ちゃんだけは外に出しちゃダメ』『あの調子でよく無事に義務教育どころか高等大学校教育を無事に終えられたよね』とか」
「嘘……妹達にまで心配されてた。慕われていると思っていたのに」
お母さんが言っていることが事実ならショックだ。
なんか情けない姉だと思われていたなんて。
私の魂の叫びはお母さんの冷たい視線に返り討ちにされる。
「……慕われすぎているのが問題なのよ。どうして私がクレイドルの話をしたのか理解してる?」
「そ、それはお母さんが私のことを……その……好きだからだよね。娘として」
「娘としても面白生物としても性的にも好きよ。このまま首輪を着けて部屋で飼ってもいいくらい」
「首輪着けられるの!?」
「でも今はエロいことは置いておくとして」
「母親の衝撃の性癖を放置プレイしていいものではないと思います!」
「あんたは法的には私の養女。血の繋がりがないことをどう考えているの?」
決死の抗議は無視された。
改めて問われても実感がない。
完全に繋がりがなかったらショックだったかもしれない。
でもお母さんはクレイドル提供者で、本当の親は死んでしまったとはいえお母さんの初恋の幼馴染。
会いたかったとは思うけど。
しかしお母さんが問うているのは全く別の意味だった。
「妹達に性的な劣情とかは抱かない?」
「抱くか!」
反射的に即答した。
大事な妹達をなんだと思っているのか。
「でも妹達に恋人できたら泣くでしょ」
「……くすん」
「想像しただけで泣くなシスコン」
バカと言われた。
大事に育ててきた妹達が誰かに恋をするなんて。
相談に乗ろうとしたら『お姉ちゃんうざい』とか冷たくあしらわれて、ついには家を出ていってしまう。
その光景を想像して涙を流さない姉がいるだろうか。
いるはずがない!
「その様子だと危機感は――」
「危機感?」
「――抱くはずないわね。そこのベッドにおなおりなさい。そう言われて素直に座る娘がそんな発想持っているはずないわよね」
「なんか貶されてる?」
「……こんな生娘に自分を中心とした複雑な恋愛模様を理解しろ、なんて無理なのよ」
首を傾げたらお母さんにため息をつかれた。
解せないが、たぶん私が悪い気がする。
あと娘のニュアンスが違っていた。
「あんたの出生のことだけど。つい最近私の娘の誰かが探偵を雇って、探りを入れていたみたいなのよ」
「えっ!? 私じゃないよ!」
「わかっているわよ」
「だとすると妹の誰か? ……ショック。まさか本当の姉か疑われるほど疎まれていたなんて」
しかも本当に血の繋がりはない。
このまま『あなたなんてお姉ちゃんとは認められない! 家を出ていけ!』とか妹達に追い出されるのだろうか。
「家……探さないと」
「母親としてあんたの突飛な思考を大体読んだうえで言うと的外れよ。もしもそうだったら私が別宅買ってでもあんたを飼うわ」
「ドキドキ監禁首輪生活!?」
「そうじゃないから安心しなさい」
「というと?」
「探偵を雇って調べていたことはあんたの過去の恋愛遍歴。現在特定の恋人はいるかなどが中心よ。そこから血の繋がりがないことに辿り着いたみたい」
「妹がどうして私の恋愛遍歴なんて……面白くもないのに」
聞かれれば三秒とかからずに回答可能な問題だった。
無である。
告白は何度か受けたことがあるが恋愛にまで発展したものはない。
「母親としてあんたの表情から思考を読めるけど、妹に見栄を張るために『告白されたことならば何度かある』とか絶対に余計なことは言わないでね」
「娘としては、さっきから思考を読まれていることにクレームを入れるサービスセンターの案内が欲しいところだけど、どうして?」
「身元特定の追加依頼料金が発生するからよ。ろくなことにならない。余計なことは言わない。お母さんとの約束ね」
「はーい」
よくわからないが言ってはいけないらしい。
お母さんと約束したので破る気はない。
理由はよくわからないが。
「さて今の状況を簡単に言うと、あんたが『血の繋がりのない姉』であることが漏れた可能性が高い。その場合の妹達の反応を五文字で述べよ」
これは簡単だ。
私は妹達に慕われているはずだし、血の繋がりがあるかなんて気にされないはず。
姉妹の絆は揺らがない。
そう信じたい。
だから答えは決まっています。
「妹達による『姉慰め大会』の開催。これで決まりですね」
「不正解。答えは『お祭り騒ぎ』よ。たぶんホールでケーキが並ぶわ」
「なんで喜ばれるの!? あと妹達だけケーキずるい」
「安心なさい。あんたは誕生日席に縄で縛りつけられて、ケーキを『あ〜ん』される立場だから」
「それならよかった。ってよくないよ! 安心要素皆無だよ! ずるい! 私も妹達に『あ〜ん』したい!」
「そういう問題なの!?」
しまった。
ホールで用意されるケーキの種類を気にするべきだったかもしれない。
さすがに縄でくくりつけられて妹達に『あ〜ん』されるならばパイ系やタルト系はポロポロ落ちるので難しい。
ミルフィーユ系も『あ〜ん』されにくいだろうし。
「……あんたって絶対に外で生きていけそうにないのに、どんな環境でも図太く生存してそうな娘よね」
「褒めてる?」
「今は褒めてる。あと衝撃の事実を教えてあげると、今日この部屋での私とあんたとの会話。妹達に丸聞こえだから。このスマホからグループ通話モードで流しているし」
「どうしてそんなことを!?」
「誰か一人か二人にバレた状況よりも、妹全員があんたが『血の繋がりのない姉』であること知っている状態の方が混乱が少ないからよ」
「……理由はわかるけど、そんな私に対して不意打ちしなくても」
「別に血の繋がりがあろうとなかろうと、私とあんたの関係は少しも揺らがないでしょ。あんた重度のシスコンだけど、それ以上にマザコンだし」
「まざ……確かにそうだけど!」
家族が好きで悪いか。
あと母親が娘のマザコン言うな。
「はいはい。そんなわけで覚悟しなさい」
「覚悟?」
「察しが悪いわね。この部屋を出たら、妹達からクレイドルを渡されて遺伝子提供をおねだりされる覚悟よ」
「えっ!? どういう嬉し恥ずかしな展開なの!?私なにもわかっていないんだけど!」
「……百人近いお姉ちゃん大好きっ娘どもが『血の繋がり』という制限から解き放たれて始まるは、たった一人の姉を巡る争奪戦」
『シスターエッグスXX』
「……がいよいよ始まるわ」
「お母さん今絶対に適当に言ったよね!」
「ちなみに頭文字をアルファベットに直すとまずい気がするけど、XXは染色体の性別を意味するから深い意味はない」
「今誰に補足したの!?」
「私……四十歳になる前に何人孫できるんだろ? 色々と覚悟しないとね」
「娘を見捨てて遠い目をしながら黄昏れてないで説明してよお母さん!」
よくわからないうちにお母さんから開催が告げられた『シスターエッグスXX』。
百人を超える妹達に迫られる私の波乱の日々はこうして始まりを告げた。
卵生人類社会には少子化問題は存在しません。
卵生人類〜シスターエッグスXX〜 めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri
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