街灯のなやみ

ともえどん

街灯のなやみ

 街灯は悩んでいました。なぜ自分がここにいるのか、わからなくなってしまったからです。


 ぼんやりとしか光らない頭を垂れて、今日もこの商店街を照らしつづけていますが、ひとっこひとり通りません。何十年も前にはたくさんのお店や人々の笑顔で賑わっていたのですが、どんどんシャッターが閉まったままのお店が増えていって、ついにはもう開いているお店がなくなってしまいました。


 たまに気まぐれで飛んでくる鳥たちも


「いつ見てもみすぼらしいな、お前は。隣町のやつらなんて、もうみんなえるいーでぃーになってるぜ」


 と街灯の頭でひと休みしながら悪態をつくのでした。それでも、街灯はいつもにこにことして


「へえ、そうなんだ。すごいなぁ、隣町のみんなは」


 と話を合わせてあげるのでした。もう照らすもののない街灯にとっては、鳥たちが止まり木の代わりにでも必要としてくれることが、とても嬉しかったのです。


 ある夜、街灯はいつものように頭を垂れながらぼんやりと立っていました。


 突然、ごごごっとうなるような音が暗闇を裂いたかと思うと、地面がぐらぐらと揺れはじめました。立ち並ぶシャッターがわしゃわしゃと鳴り、アスファルトのあちこちに大きなひびが入りました。遠くのほうからさけび声や金切り声がうっすらと聞こえてきました。街灯も大きくぐらつきましたが、地面にしっかりと刺さったその体はずっと直立していました。


 揺れが収まると、あせったようすの鳥たちがこちらに飛んできました。


「いやあ、とんでもない大地震だ。隣町はもうむちゃくちゃだよ。いつも止まっていた木や電信柱も、みんな倒れちまった。お前がいてくれてよかったよ」


 いつもよりたくさんの鳥たちが頭に乗ってすこし重かったけれど、街灯の心は晴れやかでした。


 しばらくすると、男が一人こちらに走ってきました。弾む息のまま崩れるように街灯にもたれかかると、額に流れる血を袖でぬぐいました。


「いやあ、助かった。家も潰れちまって、電気もろくにつかねえや。やっぱり明るいってのは安心するなぁ」


 気がつくと、街灯の周りにはたくさんの人々がその垂れた頭の光を求めて集っていたのでした。その賑わいは、街灯に昔の商店街を彷彿とさせたのでした。街灯はとても嬉しくなりました。


 にこにこしながら街灯は人々の顔を見渡しました。けれども、一人たりとも笑顔の人はいませんでした。血だらけの人や泣き崩れる子供、動く気力もなくただ横たわる人など、笑顔があふれていたあの商店街とはまるで違っていました。


 月日が流れるにつれ、人々は街灯の周りから徐々に離れてゆきました。離れてゆく人々はみんな笑顔でした。その笑顔を見て、街灯はすこしだけ悲しい気持ちになりました。けれども、街灯はやっぱり笑顔のほうが好きでした。


 ひび割れたアスファルトの補修が始まったころ、最後の一人が笑顔で街灯の元を去りました。あんなに頼りにしてくれていた鳥たちも、もうすっかり姿を表さなくなりました。


 街灯はまた、ひとりぼっちになってしまいました。


 それでも街灯は、今日もひとっこひとり通らない商店街を、照らしつづけています。

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