クリぼっち俺、なぜかギャルサンタと世界を救う羽目になって横転
九束
第1話
「……クリスマスなんて爆散してしまえ」
今日はクリスマスイブ。
時間は既に夜の8時。
恋人たちはイチャイチャのピークに達し、一部は性の〇時間になる時間帯。
今年はホワイトクリスマス。
朝に降った雪はまだ解けず、路地裏にもちらほらと積もった雪が残っている。
幸せの代名詞ともいえるこの日、東京渋谷の路地裏で俺こと
名前だけは今日が旬のクリスマス仕様を思わせる20歳大学生。
今年の目標は「クリぼっち脱却」だった。
夏から自分磨きに精を出し、マッチングアプリで三ヶ月かけてようやく釣り上げた清楚系ゆるふわ女子との初デート。
期待に胸を膨らませて彼女の言うがままについていった先は、清楚とは程遠い明らかに安っぽい内装のバー。
『とってもオススメなんだから』とニコニコ顔の彼女に勧められて数杯のカクテルを飲むものの、どれも微妙。
早々に出ようと残念がる彼女を何とかなだめすかし、彼女がトイレに立ったのに合わせて会計を頼み――――出てきたのは、数十万円の請求。
びっくりしてトイレに行ったはずの彼女を探すもどこにもおらず、レジに戻るとそこにはなぜか顔面にタトゥーのあるいかついガチムチマッチョメン。
「……全部、持ってかれた」
財布は空っぽ。
バイトでためた最新スマホも初期化させられ没収。
唯一死守したのは、靴の裏のインソールに隠しておいた非常食代の五千円札一枚だけ。
あんまりにもあんまりなクリスマスイブに涙も出ない。
ボロボロの体でたどり着いたのは路地裏の片隅にひっそりと佇む行きつけのショットバー。
店内の落ち着いたジャズが、今の俺には葬送曲にしか聞こえない。
「マスター、一番安くて一番度数の強いやつ。……
カウンターにクシャクシャの五千円札を叩きつける。
周囲を見渡せば、幸せそうなカップルがカクテルを傾けている。
殺意がわく。
いつもの俺なら嫉妬の感情のままに襲い掛かってたかもしれない。
しかし今日はもうそんな元気もない。
いっそ、殺してくれ。
いっそこのままアルコールで脳を溶かして、明日の朝には全てを忘れていたい。
「オニーサン辛気臭い顔してどうしたのー?せっかくのイブが台無しだよ?」
突っ伏してうなだれる俺の肩に触れる誰か。
同時に聞こえる若い女性の声。
顔を上げる。
「!?」
そこには暴力的なまでの美女が隣の席に腰かけて俺ににんまりとした笑みを浮かべていた。
透き通るような肌。
輝くような銀髪をルーズに流し、耳には派手なピアスがいくつも揺れている。
服装は体にフィットした真っ赤なコートに、白い淵が付いたもこもこミニスカート。
てかそのスカート、ドンキとかで売ってるサンタのコスプレ衣装じゃね?
わぁ外人。
白人……どのあたりの人?
てかすげえスタイルいいな。
ばいんばいんじゃん。
グラビアアイドルかよ。
しかし、イントネーションは完全にアニメの中にいる日本のギャル。
アニメで日本語学んだくち?
つーか着てる服的にモデルはないな。
これから出勤のキャバ嬢かな?
「……何だよ。キャバの客引きか?それなら他を当たってくれ。俺、今さっきぼったくられて無一文なんだわ」
「知ってるし。さっきから見てたし。ビルから雑居ビルの階段からゴミ出しみたいに放り出されたアンタが靴の裏から金出した時、超絶爆笑したわ」
「見世物じゃねえぞコラ。見物料払えや」
「あぁごめんごめん。別に爆笑しただけでバカにしてないわよ。あぁ、あーしはスネグーラチカ。スネグって呼んでいいわよ」
そう言って俺に肩を寄せてくる白人銀髪巨乳美女。
え?もしかして、逆ナン?
俺の時代来た?
サンタさんはいた?
もしかしてぼったくりバーから放り出された時に潰しちゃった雪だるま直したのが効いたのかな?
あの雪だるま霊験あらたかなお地蔵さん的なアトモスフィアだった?
それともあれ美女風に作り直したし擬人化して恩返ししに来たのか?
「そんなアンタに超マジな超極秘案件、持ってきてあげたんだけど。一晩でガツンと稼げるバイト。興味ある?」
畜生! サンタなんていなかった!
闇バイトの勧誘じゃねえか!
ファッキンジーザスホーリシット!
「……バイトぉ?」
救いのない現実に俺は脳内で神様をののしりながら彼女を見る。
それを興味が引けたと解釈したのか、銀髪ギャルはスマホを操作しながら俺の顔に画面を突きつけてくる。
「荷物運ぶだけ。報酬は、そうね……手付でこんくらいかしら」
そう言って袋から何やらコインを出すスネグ。
葉っぱの絵柄とCANADAと書かれた金貨のようなコイン。
「嬢ちゃん、なんでまたメイプルリーフ金貨なんて持ち歩いてるんだい?」
バーのマスターがコインを見てしげしげと呟く。
「だってどの国でも換金可能じゃない?」
「いや、これ本物か俺わかんねえぇよ」
ただでさえ詐欺っぽいのに報酬金貨とか……。
「じゃあこれなら?」
今度は日本円の札束を目の前に置いてくるスネグ。
見た感じ偽札とかじゃなさそう。
……まじか?
心臓がドクンと跳ねた。
普通なら詐欺だ。
あるいは運ぶのが臓器とかやばいお薬とかそういうやつ。
でも、今の俺には失うものが何もない。
酔っぱらって理性もない。
「なあ。スネグーラチカ、だっけ?」
「そうよ、受ける気になった?」
「あんた。処女?」
「この清純という概念がリアルに表れたようなあーしが処女以外の何に見えるってのよ」
不満なんですけど?といった表情で頬を膨らませるスネグ。
いや、めっちゃ遊びまくってる見た目じゃんよ。
まあ、処女(仮)としよう。
「あんたの処女付きなら受ける」
素面なら絶対に言わないだろう言葉を言い放つ。
今の俺は怖いもんなんか何もない。
欲望のままヤケクソに動く無敵の人だぜひゃっはー!
「……報酬分の働きはしてもらうわよ」
マジか。
OKするんか。
予想外の返答に戸惑いつつ、引っ込みもつかなくなった俺は彼女の差し出した手を握る。
「マジで処女だぞ。嘘だったら石炭買ってきて口に詰めるからな」
「おぉ怖い怖い。あーしは悪い子じゃないから安心して」
闇バイトに誘うやつは純度100%の悪党だと思うんですがそれは。
「じゃ、契約成立ね。三太」
スネグが不敵に微笑んだ瞬間、彼女の手のひらからパチリと青白い火花が飛んだ気がした。
そして急激に歪む視界。
強烈な睡魔が襲いかかり、俺はカウンターに突っ伏した。
意識が途切れる直前、耳元でスネグーラチカの楽しそうな声が聞こえた。
「――よっし肉壁確保。名前は――三太か。これは運命感じちゃうわ~」
꙳⋆࿄ཽ·˖*
「……ん、……うぅ」
ひどい頭痛と、全身を揺さぶるような微振動で目が覚めた。
てっきり、さっきのショットバーのカウンターで突っ伏して、マスターに「お客さん、閉店ですよ」と肩を叩かれるものだと思っていた。
だが、頬に触れる感触はバーカウンターの木材ではなく、ひんやりとした金属。
ついでになんか風を切るような音もする。
なんだ? え? ここどこ?
「あ、起きた? 意外と早かったじゃん。日本人なのに酒つよーい。九州男児?」
つい先ほど、意識が落ちる直前に聞いていた、透き通るような明るい声。
重い瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのはバーの薄暗い照明ではなく、眩いばかりのネオンブルーの光だった。
「な……っ、ここ、どこだよ……!?」
俺は跳ね起きようとしたが、カチリという音と共に上半身がシートに固定された。
四点式のシートベルト――いやちがう、なんかもっとこうガッチリした戦闘機のコックピットにあるようなハーネスだ。
いやというかここどこ?マジでどこ?
「は?」
周囲を見渡して気の抜けた声がでる。
そこは、全面が透過型ディスプレイに囲まれたなんかすごそうな空間。
正面の巨大なフロントガラスのようなものの向こうには、流れる星々のような光の筋が、凄まじい速度で後ろへと消えていっている。
「おはよう三太。ここは最新モデルサンタクロースソリの機内よ。現在高度三万フィート。
声のする方を見ると隣の席に俺を闇バイトに誘ったスネグと名乗った銀髪美女。
空中に浮かぶホログラムのパネルを鼻歌を歌いながら操作している。
「高度三万……ワープ……? おい、これ飛行機か!? 俺、誘拐されたのか!?」
「失礼な。アンタがあーしの処女付きなら受けるってあーしの依頼受けたじゃない。ちなこれ、あーしのパパのおさがり改造した自慢の愛車。通称『サンタソリ』ね。あ、サンタクロースのソリって知ってる?」
そういってスネグが親指で外を指差す。
窓の外を凝視すると、機体の前方には数頭の動物の影。
いやトナカイっぽいけどなんでホログラム?
「最近のサンタクロースのソリはいつの間にかこんなにSFチックになったの?」
「やっぱパパの時代と違って今はハイパーでギャラクシーなテクノロジーにリスペクトしてなんぼって意見が増えてるのよ。あとほら動物酷使すると動物愛護団体とかがうるさくてさーまじ卍。その点この純エネルギーバイオトナカイ!生き物じゃないからいくら酷使しても誰も何も言わない!超クールでしょ?」
俺は混乱でパンクしそうな頭を押さえた。
ぼったくりバー。
靴の裏の五千円。
銀髪の自称・処女ギャル。
とりあえずまず突っ込むべきことを一つ突っ込もう。
「その口ぶりだとお前サンタクロースの娘って聞こえるけど?」
「え?そだよ?」
あっさりと肯定するスネグ。
つまり?
今、俺は伝説のサンタクロースの娘が操縦する、物理法則を無視したハイテク・ソリに乗っているってこと???
「……夢だ。これ、絶対安酒のせいで見てる悪夢だ」
「現実逃避おつ!でも残念、これは現実!起きろー?」
そう言ってスネグは俺の頬を思いっきりつねってきた。
冷えた頬に走る確かな痛み。
「いっでぇえ!!!なにすんだこのアマ!!」
「頭起きた?これ現実ぞ?」
マジか……夢じゃないのか。
「アンタにはこれから、サンタクロースの娘であるあーし――スネグーラチカ様のサポートとして、一人の少年にプレゼントを届ける重要ミッションに参加してもらうから」
スネグは三太の方を向き、ニヤリと不敵に笑った。
「闇バイトの内容、まだ言ってなかったよね?今回の仕事はある一人の少年にすてきなすてきなプレゼントを届けるデリバリー作戦よ」
「プレゼントぉ?そんなもん、お前らが本当に実在してるなら毎年やってることだろう?」
「この子へのプレゼントは特別なの!まじ重要ミッションなんだから」
「プレゼントの中身は?」
「少年のパパとママ」
「は?」
「今現在、約束すっぽかしてパリとニューヨークにいるその少年のパパとママを強制的にプレゼント梱包してパパとママが来ることを信じて待っている少年の元に届けるの。配達期日はUTC+9の23:59まで」
「はあぁあああ!?」
「そんなわけで時間もないし加速してくっしょ!フルパワー!!」
俺の叫びを無視してさらにソリを加速させるスネグ。
いや少年のパパとママを地球の反対まで強制デリバリーってそれ誘拐じゃねえか!
꙳⋆࿄ཽ·˖*
「で?なんでその少年一人のためにサンタクロースの娘であるお前がその辺のバイト引き連れてそんな特別ミッションをしてるわけ?」
一周回って少し落ち着てきた俺はまず素朴な疑問をスネグにぶつける。
「そりゃあーしのパパは今日は一般のプレゼント配達で手一杯だからよ。で、その少年が特別なのは時空警察のご指名だから」
「……ちょっと待て。いきなりポンポン新しい単語を出してくるな。サンタが時空警察となんだって?」
もうクリスマスの配達がSFに足突っ込んだサンタクロースがやってるのはもういいよ。
時空警察ってなんだよ時空警察って。
接点何処だよ?
「サンタクロースが子供にあげるプレゼント。お金の出どころはどこだと思う?」
「子供の両親の財布」
「それは認識阻害魔法で大人側がそう思ってるだけで実際はうちらの自腹なわけなんだけど!?……で、昔はカトリックとかプロテスタントとか正教会とかの教会資金から出てたんだけど、近代以降はそっから抜くのが難しくなったわけ。とするとほかにプレゼントの購入資金が必要。そこでなんやかんやあってタイムトラベルできるソリを発明して、なんやかんやあって時空警察から資金の援助を受けることになったわけよ」
なんやかんやがすげえ気になるんだけど省かないでくれます?
そこ一番重要じゃん。
今回の肝じゃん。
「あーしもパパから聞いたけどむずすぎて説明するの無理ぽ」
そう言いながら、スネグは炭酸飲料を喉に流し込み、けぽっとげっぷを一つ。
ツラがいいとげっぷまで可愛いのか。
すげえな。
「で、そのバーターとしてオフシーズンには時空警察に協力してるし、今回みたいなクリスマス特殊案件だとあーしみたいなデビュー前のも駆り出されたりするわけ」
「で、それが少年への特別プレゼントにどうつながるんだ?」
「少年が闇落ちすると世界が滅ぶんだってさ」
「は?」
「まあ情報はこっちにあるから、とりま見てみ?」
そう言ってスネグが指を弾くと、一人の少年のプロファイルが表示された。
どこか寂しげな目をした、裕福そうな白人の子供だ。
「このこはジョン。彼はね、四年連続で両親にクリスマスの約束をすっぽかされてる。パパは軍事企業のCEO、ママは過激な環境活動家。二人とも自分の正義と仕事に夢中で、息子なんて二の次」
スネグの声が、少しだけ真面目なトーンに変わる。
「時空警察の演算によると、ジョンは今年クリスマスの願いがかなえられないと、闇落ちして性格がねじ曲がり、両親譲りの天才的な頭脳を負の方面に発揮して今年以降どんな改変を時空警察がした場合でも人類滅亡のキーマンになっちゃうの。愛を知らない天才が絶望の果てに人類をリセットする未来の確定。……ね、ゲキヤバでしょ?」
「……一人のガキの恨みで世界が滅びるのかよ」
「別のこの子が特別ってわけじゃないわよ。歴史の転換点にはキーになる人物がいて、その人物の些細な行動で歴史ってのは変わる。って時空警察の人が言ってた」
「……で、このガキが欲しいプレゼントってのがパパとママってか」
「そゆこと。3年連続で同じ願い。『クリスマスを両親と一緒に過ごしたい』。これを叶えないと、未来はドカン。はい、終了閉店ガラガラ~」
世界って案外もろい土台の上に立ってるんだなぁ……。
「ミッションは、今から世界中に散っている両親を拉致……じゃなく、誘拐……でもなくラッピングして都内にある少年の家へ午前零時までにデリバリーすること。これに失敗したら、アンタの報酬も、あたしの処女も、ついでに人類の未来も全部パー。OK?」
「……分かったよ。やるしかないんだろ」
俺が腹をくくったその時、コンソールに真っ赤な警告灯が点滅した。
「よし、いい返事! じゃ、まずはパリにいるバリキャリママから回収しにいくわよ。シートベルトしっかり締めなさいよ、そうじゃないと振り落とされて存在消滅するから!」
そう言ってスネグが操縦桿を叩きつけるように倒すと、ソリは凄まじい衝撃と共に時空の狭間を切り裂いて欧州へと跳躍した。
꙳⋆࿄ཽ·˖*
「……ちょ、待て待て待て! 速すぎる! 内臓が置いていかれるッ!」
俺の絶叫は、ソリが発する「キィィィィィィン」という高周波の駆動音にかき消された。
先ほどまで日本の上空にいたはず。しかし今、目の前に広がる景色はエッフェル塔を臨むパリ上空の風景へと切り替わっていた。
時刻は昼。
そりゃそうだ、地球の反対側だもん。
すげえ違和感。
「き、気持ち悪い……」
「はい、到着ー。時差ボケしてる暇ないわよ三太」
これは時差ボケじゃねえ!
おめーの荒い運転のせいじゃい!
そう恨みがましい視線を向けるもスネグは無視。
「ターゲット、ジョンのママンはあのアパルトマンの最上階。環境保護団体のチャリティ・パーティーに出席中」
スネグが指差した先では、煌びやかなドレスに身を包んだセレブたちが談笑中。
「で、どうすんだよ。招待状なんて……」
「そんなの必要ないし。これ使いな」
そう言ってスネグが俺に何かを投げ渡してくる。
「おっと」
受け取ったものは赤い布製の大きな「袋」と、おもちゃのような見た目の銃。
「袋は『サンタの
そんなもん人間に撃っていいの???
「ちゃんと起こす用のお注射もあるからおk」
そういうことじゃねえ。
というか、
「……正面から誘拐すんの?」
「失礼ね。サンタによる『特別なギフト』の回収って言いなさいよ。さあ、行くわよ!」
スネグがソリのハッチを開けると、冬のパリの冷気が吹き込んできた。
彼女が指先で円を描くと、パーティー会場のテラス席に向けて、眩いばかりの光の粒子が降り注ぐ。
「きゃあ! 何これ、雪!? 光ってるわ!」
「ファンタスティック!」
セレブたちが空を見上げ、歓声を上げる。
スネグを見ると『はよ行け』のジェスチャー。
俺はあきらめて屋上からワイヤーで吊り下げられ、会場へと降下した。
「……やるしかない、やるしかないんだ!」
ヤケクソ気味にテラスへ着地した俺の視界に写真で見た通りの女性が映った。
ジョンの母、確か名前はエレーナ。
彼女は今まさに、地球環境の未来について熱弁を振るっているところだった。
「地球の環境より明日の人類なんじゃい!オラァ!」
言い訳を叫びながら俺は震える手で麻酔銃の引き金を引く。
シュッ、という小さな音と共に放たれた針がエレーナの首筋に命中する。
「え……? あら、何だか急に眠……」
膝から崩れ落ちる彼女を必死に抱きとめた。
周囲のセレブたちが異変に気づき、悲鳴を上げ始める。
「テロよ! サンタの格好をしたテロリストよ!」
「違う、俺はただのバイトだ! スネグ、早く引き上げてくれ!」
俺はエレーナを四次元袋に押し込みワイヤーのスイッチを入れた。
背後からは怒号とグラスが割れる音。
上空で待機していたソリへと強引に引きずり上げられる中、一線を越えてしまった実感が襲ってくる。
「ミッション・フェーズ1、コンプリート! やるじゃん三太、意外と素質あるかもね!」
ソリの中に転がり込んだ俺をスネグがパチンとウィンクして迎える。
素質とかいらんから!
マジで要らんから!
くっそ!ここまで来たらもう皿まで食らうしかねえじゃん!
「……次は、ニューヨークのパパ、だろ!?早く行ってくれ」
「その意気よ三太!さぁ飛ばしてくわよー!」
俺の叫びをやる気の現れ解釈したスネグは勢い良く操縦桿をとり、ハイテクサンタソリは再び光の渦の中へと突っ込んでいった。
꙳⋆࿄ཽ·˖*
「……ったく、ジョンのママさん、袋の中で暴れすぎだろ」
俺はソリの荷台の床で芋虫のように転がっている
麻酔が効いているはずだが、時折袋が「もごっ」と動くたびに心臓が跳ね上がる。
まあいきなり推定テロリストに誘拐されてる状況な訳だし暴れるのはわかるが、俺の精神衛生上非常に悪いので潔くあきらめて欲しい。
「あー、あれね。四次元空間ってちょっとしたトランス状態になるから、夢遊病的な動きしちゃうの。気にしないで」
スネグは鼻歌交じりに、ホログラムパネルに表示された次なるターゲットの情報を叩き出した。
ちょいちょいやばいアイテムを平気で使うサンタクロース。
本当に善の者なの?
そんな俺の疑問をよそにスネグは次のターゲットの話を始める。
「次、ジョンのパパ。名前はアーサー。世界最大級の軍産複合体『アトラス・ディフェンス』のCEOよ。今この瞬間も、ニューヨーク、ウォール街の超高層自社ビル最上階でブレックファーストミーティング中」
画面に映し出されたアーサーの顔は、冷徹そのものだった。
いかにも「情より利益」を地で行くような、鋼鉄の意志を感じさせる中年男性だ。
「軍産複合体って……警備とかヤバいんじゃないのか? パリのパーティー会場とはわけが違うだろ」
「当たり前じゃん。対空ミサイルにレーザー迎撃システム、おまけにプライベート軍隊が常駐してるわ。普通に行ったらソリごと焼き鳥ね」
なんでそんなアメコミみたいな企業がリアルにあるの???
そんな俺の心のツッコミを知ってか知らずか、スネグは楽しそうに笑いながら操縦桿の横にある「ステルス・モード」のスイッチを入れた。
ソリの機体が青白い光に包まれ、周囲の風景に溶け込んでいく。
「でも、こっちには『サンタの特権』があるから。時空干渉フィールド、展開!」
ソリがマンハッタンの上空に到達した瞬間、世界が静止した。
行き交う車のヘッドライト、朝のマンハッタンに舞う雪、そしてビルの窓から見えるオフィスワーカーたちの動き。
それらすべてがビデオのポーズボタンを押したかのように完全に止まる。
「時を止めたのか……?」
「正確には、あたしたちの主観速度を数万倍に加速させてるの。さあ三太、タイムリミットは五分。フィールドを維持するだけであーしの魔力がゴリゴリ削れるから、さっさと行くわよ!」
ハッチが開き、俺はスネグと共に静止した世界へと飛び出す。
超高層ビルの最上階。
防弾ガラスの向こう側には、コーヒーを飲みながら厳しい表情で書類を見つめるアーサーが座っていた。
「おい、ガラスが割れないぞ! 叩いてもビクともしねえ!」
「当たり前でしょ、暗殺防止の防弾ガラスなんだから!下がって三太、あーしが物理法則をバグらせるわ!」
スネグが手に持ったデコラティブな杖をガラスに突き立てると、鏡面のような火花が散り、防弾ガラスがまるで飴細工のようにぐにゃりと歪んだ。
「三太!GO!GO!!GO!!!」
「……っし、入るぞ!」
俺はスネグの掛け声に合わせ、歪んだ隙間からオフィスへ滑り込み静止したアーサーの背後に回った。
パリでの一件で自分の中で何かが吹っ切れたのか、動きは先ほどより格段に素早い気がする。
「息子ほっぽり出して飲むコーヒーは美味いかこのマダオパパさんよぉ!!」
感じているストレスをパパさんにぶつける。
アーサーの首筋に麻酔銃を打ち込み、乱暴にパパさんを二つ目の袋に詰め込む。
「っし確保ぉ! スネグ、早く戻るぞ!」
「了解! フィールド解除まで……三、二、一……ハッピー・クリスマス!」
ソリが再び加速し、世界の時間が動き出した瞬間、オフィスには誰もいない部屋と飴のように曲がった防弾ガラスだけが残された。
背後でビルの警報装置が鳴り響く中、ソリはマンハッタンのビル群をすり抜け雲の上へと急上昇する。
「ふぅ……これで
スネグの明るい声とは裏腹に、俺は床に並んだ二つの「動く袋」を見て、胃のあたりが重くなるのを感じていた。
꙳⋆࿄ཽ·˖*
「……ここ、は? 私は確か、パリでチャリティの挨拶を……」
「うちの鉄壁の警備を抜けて私を拘束しただと? どこの組織の差し金だ!」
ソリの貨物スペースに放り込まれた二つの袋からジョンの両親――エレーナとアーサーが這い出してきた。
麻酔から覚めた二人はハイテクなコックピットの光景と目の前に立つサンタコス銀髪ギャル、そして冴えない黄色人種の青年という奇妙な組み合わせに目を見開く。
「あー、ジョンのパパさんママさん、おはよー。落ち着いて聞いて? 今からアンタたちを、東京の息子のところにデリバリーするから。分かったら大人しく座ってて。OK?」
スネグがガムを噛みながら適当に説明するとエレーナが即座に噛みついた。
「東京!? 冗談じゃないわ! 明日はアマゾンの森林保護に関する大事な会合があるのよ! ジョンには高級オーガニックケーキを送ったじゃないの!?」
「私だって数千億ドル規模の次世代ドローン契約のプレゼンがこれからあるんだぞ!?ジョンには通販でたくさんのおもちゃを送ってるじゃないか!!それで十分だろう!」
「はぁ!?あなたまたそうやってジョンにテキトーにおもちゃを買い与えて!あの子がバカになったらあなたのせいよ!?」
「お前だってなんだオーガニックケーキって!ジョンのような子供にはカラフルなケーキが一番だろう!?」
再会した夫婦が始めたのは、感動の抱擁ではなく、己の主張をぶつけ合う激しい夫婦喧嘩。
それは醜いののしり合いに発展していく。
「アンタが甘やかすからジョンが付け上がるのよ!」
「君こそ、偽善的な活動で家庭を疎かにしている自覚があるのか!」
罵声がソリの中に響き渡る。
その様子を見て、三太は思わず二人に問いかける。
「なぁ、あんたら。ジョンがサンタクロースに送った手紙、一度でいいから見たことあるか?」
サンタクロースに送る前にお前たちかお前たちの使用人が見てるんじゃないのか?と問いかけると、二人は顔を見合わせ―――
「なんだそれは?」
「ジョンがサンタクロースに手紙?書いてたのを執事から聞いてるけど、中身は見てないわよ。執事が用意してるんじゃないかしら?」
こいつらマジか……。
「おい、スネグ……こいつら連れてって、本当に家族団らんになるのか?」
「ん〜、ちょい無理茶漬け風味かな?あ、そうだ!とりま一回さ、二人には『いい子ちゃん』になってもらう感じでいこっか〜」
そう言うとスネグはコンソールの横に置かれた装飾入りの杖を手に取った。
その先端が不気味な紫色の光を放ち始める。
「つーわけで、悪い子なパパママさんは石炭代わりにこの魔法ぶっこんで『ジョンのために命を捧げる従順なパパとママ』になってもらうんでヨロシクゥ!あ、痛いのは一瞬で何も感じなくなるから安心していいZO☆」
「待て! なにするつもりだお前!」
「なにって、今言った通り『ジョンに都合のいいパパママになってもらう』だけだけど?まあ今までの人格はなくなるけど無問題っしょ」
「問題しかねえだろ!!!」
それはもはやジョンのパパとママを元に作ったほかの何かだろ!
「じゃ、いってみよー」
「待ってって!」
俺はそんな無茶苦茶なことをしようとしているスネグの肩を反射的につかむ。
「ちょ、三太!?完了報酬の支払いはまだ―――ひゃん❤」
なんかスネグの弱いところを触ってしまったのか、なんか色っぽい声を上げるスネグ。
それに合わせてスネグの腕の先にある杖がジョンの両親からずれ、杖の先端から紫色の閃光が明後日の方向に放たれる。
そしてそれはソリのフレームに反射し俺の視線をかすめる。
何このデスピタゴラスイッチ?
「ろぼとみ!?」
「えっ、やば……」
変な声が出る俺、やっちゃったという顔のスネグ。
その一瞬後に俺の中に走る強烈な電撃。
視界が真っ白になって――――
?
??
????
「……う、うう……」
視界が戻ると、先ほどまでとは違い目の前にスネグの顔とすごい違和感。
その違和感は、一瞬前と全然違う姿勢をしているからだと気づくのに数秒かかった。
頭から感じる柔らかい感覚。
俺はスネグに膝枕されているようだった。
ソリの中は不気味なほど静まり返っており、ふと見ると先ほどまで怒り狂っていたアーサーとエレーナが、借りてきた猫のようにお互いを抱きしめ合いながらプレゼントを置く荷台のほうで震えながら座っている。
「……スネグ、何があったんだ? 二人とも、妙に大人しいけど」
「ちょーっと三太が数分意識を失ってる間に『おはなし』しただけだからノープロブレム。……ね?ジョンのパパとママ?」
「そ、そうよ!私たちはこれからジョンと一緒にクリスマスを祝うわ」
「そうだ!うん!やはりクリスマスは家族と一緒でないとな!!!大切な思いを思い出させてくれて感謝するよサンタクロース!だから、脳くちゅは、な?な??」
どうやら納得してくれたらしいが、俺が気を失った時間にジョンのパパとママにどんなお話をしたのスネグ?
꙳⋆࿄ཽ·˖*
「なぁ、なんかレーダーに3個くらいの赤点見えるんだけどこれなんだ?」
とりあえず無事(?)ジョンの両親が大人しくなったのも束の間、ソリのモニターにはけたたましいエラー音と共に、こちらに急接近してくる1つの赤点がレーダーに映っている。
「……あー……やっばそういえば忘れてた」
「おい」
「ネットニュースとかでさ、今の時期ってクリスマスに米空軍がサンタクロースの軌道を中継してるってやつ。みたことない?」
「それはあるけど」
「あれ。実際に追跡されてるんだけど、あっちはいわばプロレスみたいなもんなのよ」
「じゃあ俺たちもそうなのか?じゃああれは護衛か何か?」
「……でもあーしたちは極秘ミッションミッションが極秘すぎて、地上の連中にはただの『国籍不明の侵入機』なんだなーこれが」
「はぁ!?」
「北米航空宇宙防衛司令部――通称NORAD(ノーラッド)、あーしらのこと、クリスマスのサンタクロースに乗じて侵入して悠々自適に帰ろうとしてるロシアかチャイナの不明機って思ってるんじゃないかな?あ、今、ガチの迎撃態勢に入ったわ」
「ちょ、おま――――」
「ほら、来るわよ!つかまりな!?」
スネグが操縦桿を握るのと同時に高速で何かが過ぎ去り一瞬置いて爆発音。
――空対空ミサイルがソリに向かって飛来した模様。
「「ひいいいいいいい!?」」
後ろではジョンの両親が悲鳴を上げている。
「サンタクロース撃墜しようとすっとかてめーの子供には石炭お見舞いしてやろうかあぁん!?」
ブチ切れながら叫ぶスネグ。
無断で領空侵犯しておいてひどい言い草である。
「あー、もう、うっざ!マジウッザ!マジック・シールド展開!」
スネグが杖を振ると、ソリの周囲に幾何学模様の光の膜が広がり、ミサイルを霧散させた。さらに彼女は不敵に笑い、追走するF-35戦闘機に向けて中指を立てる。
「ちょっと、これ以上やったら国際問題だろ!」
「大丈夫、あーしら国じゃないし!」
そういう問題じゃねえ!!
「それより三太、ちょっとこれ持ってて!」
スネグが突然立ち上がり、俺を操縦席に無理やり押し込む。
「は!? ちょ、こんどはどうすりゃいいんだよ!?」
「あたしは魔法の出力調整で忙しいからこう、流れで!」
ながれて、お前。お前。
「ほら、右からもう一機来るわよ!墜ちたくなかったら死ぬ気で操縦桿切りなさい!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!うあああああああああ!」
俺は汚い叫び声絶叫しながら、ゲーム機のような操縦桿を右に大きく倒した。
ハイテク・ソリは重力を無視した鋭角なターンを見せ、米軍機の機銃掃射を紙一重で回避する。
「あはは! 三太、結構筋いいじゃん!そのままマッハ3まで加速して!雲の上でドッグファイトなんて、最高のクリスマス・イブじゃない!?」
「最高なわけあるか! 死ぬ! マジで死ぬううううう!」
高笑いする銀髪ギャル、スネグ。
マジの命の危機にアドレナリンが出まくるが恐怖心が上回り恐慌状態の俺。
後ろにはマジ切れしてる米軍機の皆様。
なんかめっちゃ増えてるんですけど!?
꙳⋆࿄ཽ·˖*
米軍機との死闘を終え、ボロボロになったソリは、夜の東京へと滑り込んだ。
不条理ファンタジー存在のソリに何発も米軍はミサイルを的中させてきた。
すげえよ米軍。
その中にはジョンのパパが開発した最新式のミサイルもあったようで『バカな!?あれはは戦術核搭載型だぞ!?』とか言っていたが気にしないことにする。
日本の領空に入ってたはずなんだけど気にしないことにする。
スネグの謎魔法によってただの花火になってたしね。
そんな感じに何とか米軍を巻いた現在。
眼下に広がる都内の明かりは、数時間前に俺が絶望の淵にいた場所だ。
まあ今も別の意味で絶望……というか死の間際にいる気がするが。
「三太、準備はいい? あのタワマンの最上階、あそこがジョンの家よ」
スネグが指差すのは都内某所のランドマークともいえる超高級マンション。
その最上から数階分が丸々ジョンの家らしい。これだから金持ちは……。
そんな俺の嫉妬をよそに、ソリはステルス機能を最大にして最上階のテラスエリアに横付けする。
ハッチが開くと、冬の都内の冷たい風が吹き込んできた。
「よし……行くぞ。パパ、ママ、お出ましだ!」
俺はスネグによって借りてきた猫のように大人しくなったジョンの両親を強引にソリから蹴りだし、二人はテラスに転げ落ちる。
しかしスネグがかけた低空用反重力魔法のおかげで特にけがもない様だ。
続いて俺とスネグもテラスに降り、室内に続くドアを魔法で開ける。
室内に入るとすぐに50畳はある吹き抜けのリビング。
そのリビングには大きなツリーと手付かずのご馳走。
ツリーにはジョンのパパが手配したと思われる山盛りのプレゼントが一切手を付けられずに放置されている。
……そしてリビングの中心、大きなソファーには丸くなって眠る、小さな少年の姿。
ジョンだ。
「……あ」
近づくと、ジョンは何かを握りしめた状態で寝息を立てていた。
その目元には涙の跡。
手元には書きかけの手紙。
そっとジョンから手紙を取り中身を見てみる。
『サンタさんへ てがみがとどいてないかもしれないから もういっつうかきます ことしはぱぱとままとくりすますをすごしたいです ジョン』
「今年は届いてるぜ、ジョン」
俺は読み終わると無言でジョンの両親に手紙を押し付ける。
ジョンの手紙にさすがに何かを感じたのか、先ほどまでしきりに俺とスネグを気にしていた二人はそのままゆっくりとジョンの元に歩み寄り、彼の肩を優しく揺さぶった。
それにジョンはゆっくりと起き上がりあたりを見回す。
「パパ……? ママ……? 夢じゃないの?」
「うん。遅れでごめんね、ママよ」
「パパもいるぞ、ジョン」
アーサーとエレーナが、ぎこちなく、しかし力強く息子を抱きしめる。
ジョンはその胸に顔を埋め、わあわあと声を上げて泣き出した。
「メリークリスマス、ジョン。サンタクロースに頼んでな、超特急でNYから帰ってきたんだ」
「ちょっとあなた、それは私もでしょ。一人だけサンタクロースに頼んだことにするなんて、ずるいわよ」
「え!?じゃあサンタさんがいるの!?どこ!?」
「あぁ、そこに……あれ」
「さっきまでは確かに――――サンタクロースさんは忙しいから、次の子にプレゼントを届けに行ったのかもね」
キョロキョロとあたりを見回すジョンをテラスからステルス状態で俺とスネグは見守る。
「すげぇ、一瞬で真実と嘘混ぜやがった……」
ちゃっかりしているというかなんというか虚実を織り交ぜて『お前のためにサンタクロースに頼んで間に合わせた』風を装うジョンの両親に思わず俺はあきれ返る。
「ほら、三太。……もう行くわよ」
「そうだな」
スネグに促されて、俺はソリに乗る。
午前零時。
東京の街に、サンタクロースのソリの鐘の音が静かに響き渡っていた。
꙳⋆࿄ཽ·˖*
都内の夜空をソリで上昇しながら、俺は眼下に流れる街の灯りを黙って見つめていた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、コックピット内は静まり返っている。
ジョンの泣き笑いの顔が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
「お疲れ、三太。マジでいい仕事したじゃん。時空警察の演算値も安定したわ。これで世界滅亡ルートは回避ね」
スネグがホログラムパネルを閉じ、俺の肩をポーンと叩いた。
しかし、すごい経験だった。
あとはスネグに地上に送ってもらい、報酬を受け取ったら解散か。
「……なぁスネグ。約束の報酬は?」
「え? あ、そうね。はい、これ」
スネグが虚空から取り出したのは、ずっしりと重い一袋の金塊だった。
ショットバーで見せられた、メイプルリーフ金貨が詰まっている 。
これを全部換金すれば、ぼったくりバーの被害どころか大学を卒業して一生遊んで暮らせるだけの資産になる。
「……じゃあこれで終わりだな」
「……おーい、もう一つの報酬は?その、ほら、あーしの処女。
スネグが珍しく、顔を赤らめて指先を弄ぶ。
銀髪ギャルのそんな仕草は半日前の俺なら一も二もなく飛びつく程度には魅力的だった。
「いや、そっちはいい」
だが、怒涛の展開、そのあとのジョンと良心の幸せなあの光景を見たあとだと、なんとなくそういう気分にはなれなかった。
クリスマスは本来家族で祝う日なんだろ?
今年はそういう日で終わる感じでいいじゃないか。
そう思い辞退した俺だが、スネグを見るとちょっと表情が変。
……ん?
スネグさん?
ちょっと今、目のハイライト消えてません事?
「スネグ?――!?」
言葉の途中でスネグに服の襟をつかまれスネグの顔と数センチの所まで引き寄せられる。
「あーしらサンタクロースってね、ファンタジー的な存在な訳じゃん?」
そして唐突に別ベクトルの話を始めるスネグ。
「まあ、そうだな?」
「いわゆる精霊とかそういうベクトルに近いわけよ」
「うん」
「そんなサンタクロースとの契約、出すものも貰うものも『やっぱかーえる』なんてできると思った?」
そう言ってにっこりと笑うスネグ。
美人の魅力的な、さらに言うならば友好的なはずの笑顔。
なのになんで悪寒が止まらないのだろうか?
例えるならば猛禽類に睨まれた子ウサギとかそんな感じの気分。
「じゃ、いこっか。ホテル」
「い、いやだから要らないって。ほら、もっと自分を大事に―――」
「言っとっけど、あーしの純潔はもう支払い済みだから。だから味わいなおさないと単純に三太は損なだけだよ?」
「……は?」
スネグがとんでもないことをのたまい、思考が一瞬停止する。
……いやいやいや!記憶にないぞ!?
大体そんな時間も!?
「ほら」
スネグは荷室にある白い袋を俺に見せてくる。
そこには微かな血痕と周りにカピカピになった体液。
「あーしの処女はアンタが最初に泥酔してる時に支払っといたから。でもこれがあーしの最初ってのはやっぱナシじゃん?だからホテル良くわよ。はよ」
悲報。俺の童貞、泥酔中に処女ギャルサンタに奪われていた。
「そらないっしょ!童貞が処女で童貞捨てる時に記憶ナシはさすがにあんまりでしょ!?!?」
「あーしもミッション終わってからの方がよかったけど泥酔中の三太に聞いたら前払いがいいって言ったんだもん!!!」
何言ってんの泥酔中のおれ!?!?!?
「だからこれから仕切り直し!そして翌朝にはパパに挨拶行くわよ。あんたがサンタクロースの次代なんだからしっかりしてよね!?」
まって。
ちょっとまって。どんどんなんかヤバ気なワード出してこないで????
「俺とお前はこれっきりじゃなかったのか!?」
「はぁ!?もしかしてアンタ、あーしの処女食い逃げするつもりだったってわけ!?」
俺の言葉にスネグが激高する。
いいいいいい、いや、そうじゃないけど。
「そう言うんじゃないけどいきなりサンタクロースの時代とかいみわからんって!?」
「あーもー!めんどくさい三太。これ見て!」
頭をくしゃくしゃと書いて、モニターに日本のニュース番組を映すスネグ。
お、テレ東じゃんなになに?なんか緊急特番やってんべ?
『世界各地で発生した同時多発誘拐事件の容疑者、特定。実行犯は銀髪の白人女性と、20代前半のアジア人男性――』
『北米航空宇宙防衛司令部デフコン3を公表。米本土に国籍不明機。ロシア及び中国は関与を否定――』
テレビに映し出されていたのは、速報のテロップ。
画面には、パリのパーティー会場やニューヨークの監視カメラ、ついでに米軍トドックファイト中の映像。
そこには自分の顔がバッチリデカデカと映っている。
「これ、俺じゃねえかッ!」
「まあ、あれだけ派手にやればまあそうなるよねー」
「いやなんでお前はなんか絶妙な角度で映ってないのに俺の顔ばっちりなんだよ」
「それが魔法ってやつよ三太」
魔法ズルイ!!! チートじゃんそれ! チートだチート!!!!
「どうすんだよこれ……。金があっても、一生追われる奴じゃんこれ」
「だから言ったじゃん。サンタの仕事は『極秘』なの。これだけ派手にやっちゃったら、もうアンタが表社会で生きていく道なんてないわよ」
そう言ってスネグは今度は俺の耳元に口を寄せる。
ここはソリの上で誰に聞かれるわけでも無いのにそれをやってるのはつまり俺を追い詰めてるってことか?
「でも、一つだけ
「ここから入れる救済ルートがあるんですか!?」
サインか拇印でいいか!??
「あーし、サンタの契約で『処女を捧げた相手』としか結婚できないんだ。つーまーりー?」
「スネグが結婚できるのは俺だけってコト?」
「せいかーい!!」
サムズアップでにっこり笑ってくるスネグ。
「サンタクロースの跡取り息子になれば、時空の果てにある隠れ家で一生暮らせるしー警察の手も届かないし、
スネグの事実上の最後通牒。
もう折れるしかないじゃん。
でも、
「――――なんで俺なんだ?俺なんか、あのときだだの飲んだくれだったろ?俺の何がスネグに自分の旦那になってほしいって思わせたんだ?」
折れる前にどうしても気になった疑問を口にする。
「……あんたがぼったくりバーから蹴り出された時、雪だるま直したでしょ?」
そういえばそんなのあったな。
なんかゴミみたいに溶けかかってた雪だるま。
それが俺と重なって、なんかみじめになってムカついたから豪華にしてからショットバーに行ったっけ。
「あーし、スネグーラチカってね、雪の化身な訳よ。物語だと太陽に溶けてなくなっちゃう系。あの雪だるまも同じ運命な訳だけどあーしがミッションのためにここに降りた時、サンタが助けてた。で、ぐっと来た。……惚れちゃった♪」
そんなことで????
「案外きっかけなんてそんなもんよ」
あっけらかんと言い放つスネグ。
そんなスネグがおかしくて……もう断る気も出ずに、俺は折れた。
「ミッション開始前の時点でこうなる予定だったってことかよ……わかった。全部要求を呑む」
「やった!旦那様げーっと♪じゃあ、よろしく!」
「よろ――――――うむっ!?」
スネグのキスと共に、ハイテク・ソリは地上に降りることなく高度を上げる。
行先はどこだろうか?
サンタクロースの本拠ってどこだっけ?
コカ・コーラ本社?
そんなことを考えながら、俺の新しい―――名前と同じ仕事が、今ここから始まった。
クリぼっち俺、なぜかギャルサンタと世界を救う羽目になって横転 九束 @kutaba
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