第三断片 哲学写本

> 卵は割られなかった。

> ただ、内と外の区別が、

> 人の目に必要になった。

>

> そのとき殻は、

> 触れることのできない境界として

> 世界のまわりに置かれた。


────


※ 注釈三


 この写本を見つけたとき、わたしの手は震えていた。


 理由は、わからない。わたしは注釈官である。震える理由はないはずだ。写本を見つけ、内容を確認し、記録する。それだけのことだ。


 だが、この写本には、他の写本にはないことが書かれていた。


「卵は割られなかった」


 否定形で書かれている。割れなかったのではない。「割られなかった」。受動態の否定。誰かが割ることを期待されていたが、割られなかった、という含意がある。


 そして、「殻は世界のまわりに置かれた」とある。


 これは、殻が世界の後に来たことを示唆している。先に世界があり、後から殻がその周囲に置かれた。卵が世界を生んだのではなく、世界が卵という形式を必要とした。


 わたしは、この写本の出典を調べようとした。


 書架の記録では、この写本は「参照不可」とされていた。理由は記載されていない。ただ、備考欄に一行だけ、古い筆跡で書かれていた。


「世界の安定を損なうおそれがあるため」

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