招かれ勇者

金谷さとる

すべてをたまごに

 えらい人に与えられた柔らかいベッドに沈む小さな私。

 私の手には小さな私の小指の爪ほどの小さな石。

 私にはこれが大切なものだとわかる。

 取り上げられてはいけない物だとも。

『勇者』ってなぁに?

 どうして私は退行しているの?

 彼らの言葉はわかったけれど、私は一言も返さなかった。

 こわかった。

 彼らは私を呼んだというけれどその眼差しには妹が時々向けてきていた呆れや蔑みの色がのっていたから。

 きっとなにか持っていると気がつかれれば、取り上げられてしまう。

 石の使い方はわかっている。

 大切なものをすべて詰めこむ箱だ。

 スキルも称号もストレージの中身も記憶も全部。

 私の所有権は私。

 私が信じてる神さまは私の住んでいた山の神さま。

 きっと全部忘れてしまう。

 それでもそうしなければならないと突き動かされる。

 心残りは幼馴染みのことを忘れてしまうこと。

 私はぱくりとその小さな卵を呑み込んだ。


 ぼんやりと神官さまが「スキルがわかりません」と舌打ちし、「書き換えを受け付けないようですね。面白い」と魔法使いらしいおじいさんが髭を撫でつけるところを見ていた。

「では、実戦に投入してみますか」

 そう、将軍だという人に告げられたのは召喚されてどのくらい過ぎた頃だろうか?

 私の体は小さいし、たぶんひと月も過ぎてない。

 彼らにとって私はパンひとつで言うことをきかせられる道具だった。

 呑み込んだ卵に全部の不安を詰めていく。

 魔獣の遠吠えに横にいた将軍さまが燃えた。

 だから、私は人が燃えている恐怖も卵に詰めた。


 ああ。

 ごはんをくれる人がいなくなっちゃったな。

 見上げた赤い空がとてもきれいだった。


 ぜんぶ、ぜんぶこわいものもたいせつなものもたまごに詰めるの。


 わたしはなにも知らない。


 なにもすくわない。


 ぜんぶ、呑み込んだ卵に詰めちゃうから。



 いつか卵が孵る日までずっと詰めてるの。

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