#5
ワトソン1号に、いじめっ子の家まで案内してもらう。
連れられてきた家は、とても大きな家だった。
外には監視カメラが目を光らせ、庭も綺麗に手入れされている。
まだ日が高いせいか、人の気配はない。
こんなに大きな家といったら、かなりの高確率であいつがいる。
鼻と耳を駆使して、その存在を確認する。
(いない…な。)
みなさん、おわかりだろうか。
そう、それは「犬」だ。
そいつがいたら厄介だなと思っていたから、都合がいい。
そのまま庭先で昼寝をして過ごす。
ジャリジャリと、少し軽めの音が近づいてきた。
パッと顔を上げると、玄関に鍵を差し込んでいる人間がいた。
「ニャー」
と一鳴きして、こちらを向かせる。
素材の良さそうなダウンジャケットを着て、本革牛のランドセルを背負った男の子だ。
(この子か、いじめっ子は…)
目が合うと、
「なんだ、野良猫かっ」
軽く鼻で笑い、そう言うと家に入りドアを閉める。
カチャッと鍵を閉める音がした。
(なにー! この美しい艶を纏った吾輩を見て、野良猫だとー!
なんて奴だ。
いや、まぁ落ち着け。
相手は子供だ。吾輩のこのエレガントさをわからないのは当然じゃないか。
ははっ、偉大なる猫又よ。ここは価値のわからない可哀想な子供に同情してやろう。
うん、うん)
と自分に言い聞かせて、怒りを鎮めた。
さすが吾輩。懐が深い。
家の周りを一周しながら、子供部屋を探す。
2階の西側の部屋から、物音が聞こえた。
ベランダに飛び乗ると、カーテンの隙間から中を覗く。
さっきの男の子が、スマホを見ていた。
それ以来、特に動きはない。
(暇だ…)
先ほどの昼寝ポイントに降りると、
家の者が帰ってくるまで、惰眠を貪った。
「ふぁー、よく寝た…」
大きな欠伸をして、柔らかな身体を弓形に伸ばすと、
辺りが真っ暗なことに気がついた。
(もう、夜⁈)
吾輩の身体はすっかり闇に溶け、見えないことだろう。
それでも、爆睡中に誰かが帰ってきたとは思えない。
家の中は、2階の子供部屋の電気以外は灯っている様子はなかった。
(人間は、あんな小さな子供を自立させ、一人で暮らさせるとは思えない。
たまたまか…。明日もこの時間に来てみるか。)
そう言って、佐久田家に帰った。
その夜、真叶ママに散々抱きつかれ、怒られ、泣かれたことは、言うまでもない…。
真叶ママがまたうるさいので、外出は昨日の時刻ギリギリまで待った。
夜の片付けでかまえなくなるタイミングを見計らって、いじめっ子の家へ向かった。
子供部屋以外は明かりもなく、生活音もない。
近所の家々から美味しそうな匂いが消え、石鹸や柑橘の香りに変わった頃、大人の女性が帰ってきた。
そして、町も眠りにつく頃、大人の男性が肩を落としながら家の中に呑まれていった。
(遅い…。
あの子は、この大きな家の中、あんな小さなスペースだけでほぼ一人で暮らしているのか…。)
この家猫になることは、無理そうだな。
まぁ、良かった。
お風呂のことを考えると、ワトソン2号に行かせればよかったかも…と思っていたから。
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