Wonderful egg 〜遠くて近い、あなたへ
藤原 清蓮
第1話 訃報
車窓から見る田園風景は、俺が田舎から出たあの日のままで。都会から田舎へと向かう景色は、まるで時空を超えて過去へ戻っているんじゃないかとさえ錯覚してしまうくらい、10年前と同じ風景。時々田園風景の中に紛れて通り過ぎていく、あの趣味の悪いピンク色したビルの壁の色も、廃墟みたいに草が生い茂った誰かの家も、色褪せた橋の欄干も。何も変わらない。何もかも。あの日のままだ。
このまま田舎の実家へ帰れば、高校卒業前の自分に逆戻りしてたりして、なんて。マンガの読み過ぎだと、自分の思考に苦笑いする。
でも、仕方ないんだよ。だってさ、この電車に乗っている人が少な過ぎるんだ。まるで、俺一人の為に走ってるみたいでさ。
四人掛けのボックス席。ガランとした車内も、俺が高校へ通うのに乗っていた頃のまま。他の路線では、新しい車両が走っているのに。そんな事をぼんやり考えながら、窓際に寄りかかり車窓を見れば、ガタンゴトンと響く車輪の音と、ガタガタと鳴る窓ガラスの音に、思考が遠い過去へ連れて行こうとする。
何にも変わって無い。だからこそ。あの日に戻れたらな、なんて思ってしまうんだ。
車窓を眺める瞳は、微睡みはじめ。
俺は、いつの間にか目蓋を閉じていた。耳の奥に響いていた車輪の音が、数時間前に聞いた電話の呼び出し音にすり替わる。
――数時間前。
兄貴から電話があったのは、深夜二時を過ぎた頃だった。
『じいちゃんが、死んだよ』
声を詰まらせ、ようやく絞り出した言葉を、無理矢理、放つように。たった一言、俺に告げた。
俺の両親は、俺がまだ幼稚園に入ったばかりの頃に事故で亡くなった。俺には6つ歳の離れた兄貴が一人。そんな俺らを育ててくれたのは、母方の祖父母だった。
と言っても、ばあちゃんも俺が小学校へ上がる頃に病死して。実質、じいちゃんが一人で俺ら二人を育ててくれた。
男三人の暮らしは、裕福ではなかったが、貧困している訳でもなく不自由は感じなかった。それでも、男手ひとつで幼い男児二人を育てるのは大変だろうと、親戚らが、じいちゃんに俺らを施設へ預けた方がいいとか言っていたらしい。だが、じいちゃんはそれを無視し続けた。
そんなじいちゃんの態度に、親戚のオジサン、オバサンらは相当気に入らなかったのだろう。ばあちゃんの初盆に来ていたオジサン、オバサンらが、じいちゃんの居ない所で、何か話しているのが見えた。子供は向こうで遊んでろ、と言われて別の部屋へ行かされたが、昼近くに従兄弟らと大部屋へ戻ると、じいちゃんに麦茶を持って来て欲しいと頼まれ、俺と兄貴が台所へ向かった。その時だ。オバサンらが台所で昼食の用意をしながらコソコソと話しているのを、俺と兄貴は偶然耳にしたのだ。
「お義父さん、あの子達の遺産目当てなんじゃない?」
「うちの人が言ってたけど、アキラさん、結構良い給料だったらしいわよ」
「ナミさんも働いてたでしょう?」
「ええ。確か、二人とも役職だったわよね?」
「共働きで、役職だったなら、相当、貯まってるわよ」
「そうよねぇ!」
両親の名前が出て、自分達の話をしているのだと気が付いた俺は、兄貴を見上げた。
「にいちゃん……」
「うん……。サク、じいちゃんにはナイショな?」
兄貴はそう言って、繋いだ俺の手をぎゅっと握った。俺が小さく頷くと、兄貴は真正面を向き。そして、見たことのない能面の様な笑顔を貼り付け、俺の手を握ったまま台所へ入っていった。
オバサンらの会話は、あの頃の俺には分からなかった。でも、大人って馬鹿だよな。子供は何も分からないって決めつけて、一番聞かせちゃ行けない相手を目の前にして言いたい放題。お陰様で、俺は『遺産』が何か分からなかったけど、多分、じいちゃんに聞いちゃダメな言葉という事だけは分かっていて。いつしかそれは気になるワードの一つとなり、ある程度成長した頃に、ふと思い出して調べて。それが何なのかを理解した。多分、兄貴はあの時、わかっていたと思う。でも、俺には黙っていたんだろうな。今思えば、そんな言葉、忘れたままであれば良かったとか、家を出てて行く時に兄貴に言われた通り、じいちゃんを信じれば良かったんだと思った。まぁ、それも。今となっては、後の祭りだけど。
じいちゃんを見る目が変わってしまった俺は、高三の頃に、じいちゃんと大喧嘩して。それから高校卒業まで、口を利かなくて。卒業と同時に家を出た。『相続』とか『遺産』とか。そんなもん知る前までは、じいちゃんが大好きだったのに。それすらも無かった事にする気持ちで出て行った。
ふと、車内アナウンスが耳に入り、俺は重たい目蓋を開けた。
次が下車する駅だと分かると、心臓の熱が冷めていくように、きゅっと縮こまる。
「今更……どんな顔して会えば良いんだよ。なぁ、じいちゃん……」
電車は、ゆっくりと。よく知っている、見慣れた駅に停車した。
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