異世界ギルド最強伝説:ランスの軌跡

塩塚 和人

第1話 平民ランス、冒険者ギルドに挑む

ランスは、日の光がまだ淡く村の畑を照らす早朝、古びた木造の家を出た。草の香りが混じる冷たい空気を吸い込みながら、彼は小さな革袋を肩に掛けた。中には、粗末なパンと水筒、母が縫ってくれた小さな布製の護符だけが入っている。十五歳にして、これが自分の「旅立ちの全て」だと自覚していた。


「冒険者になれば、家族を楽にできる…」

ランスは小さく呟き、心を奮い立たせた。村は貧しく、父は病気で働けず、母と妹が必死に生計を立てている。平民である自分に、特別な力などあるはずもなかった。しかし、だからこそ冒険者になるしか道はなかった。


村を抜け、荒れた街道を歩くこと二時間。ランスの目の前に、冒険者ギルドの建物がそびえ立つ。石造りで重厚な門と、空に届きそうな塔。扉には金色の紋章が輝き、忙しそうに出入りする冒険者たちの姿が見える。


「…あれが、冒険者ギルドか」

緊張で手のひらが汗ばんだ。だが、迷う時間はない。ランスは扉を押し開け、中へ足を踏み入れた。


広間は人で溢れていた。鎧を身に纏った戦士、マントを翻す魔法使い、手練れの盗賊。皆がまさに「冒険者」と呼ばれる風格を放つ。そんな中、カウンターの向こうで穏やかに微笑む受付嬢が、ランスを見つめた。


「初めての登録ですね。名前は?」

「ラ…ランスです」

声が震えたが、彼は一歩前に出た。


受付嬢は登録用紙に書き込みながら、ランスの身なりや持ち物を見渡す。

「なるほど…経験はないわね。ではまず、ランクの適性を測ります。簡単な戦闘シミュレーションです」


ランスは頷き、小さな訓練室へと導かれた。そこには木製の槍と丸太で作った訓練用のゴブリン型の標的が置かれている。


「ゴブリンを倒せるかどうか、戦術と反応を見せてください」


ランスは深呼吸をして槍を握る。手が震える。しかし、彼の目は真剣だった。父の病気、母の苦労、妹の笑顔…すべてを思い浮かべ、必死に集中した。


最初の攻撃は失敗した。標的の腕をかすめただけで、ゴブリンはまるで笑うかのようにくるっと回った。ランスは焦り、連続攻撃を試みるも、次々に空振り。汗が額を伝い、心臓が破裂しそうに鼓動する。


「落ち着け…焦るな…」

ランスは心の中で自分を叱咤する。そして、深く呼吸を整え、相手の動きをよく観察した。ゴブリン型の標的は単純な動きだ。左右に揺れ、時折前後に踏み込む。パターンは決まっている。


ランスは一呼吸置いて槍を振った。今度は狙い通りに標的の胴を貫いた。木の裂ける音が響く。達成感が胸に広がる。


「うん…これなら冒険者としてやれるかもしれない」


訓練後、受付嬢は微笑みながら言った。

「ランスさん、あなたの初期ランクは…Eランクです」


ランスの顔は一瞬曇った。Eランク…最下位である。周りの冒険者たちは、AやB、Cランクばかり。自分との差に、少し打ちのめされる。しかし、受付嬢は続けた。


「でも、ランクは努力次第でいくらでも上がります。まずは小さなクエストから始めましょう」


初めてのクエストは村近郊の「ゴブリン退治」。報酬は微々たるものだが、ランスにとっては大きな一歩だった。仲間もいない。装備も粗末。だが、胸には確かな決意があった。


森の中、ランスは初めて実戦の緊張感を味わう。木々の間にゴブリンの影が揺れ、耳にかすかな足音が届く。槍を握る手に力が入り、心臓が激しく鼓動する。


「俺は…絶対に諦めない!」


一体のゴブリンが飛びかかる。ランスは避け、槍を振る。しかし、力不足で攻撃はかすめるだけ。ゴブリンの反撃で、転倒し、泥まみれになる。しかし、痛みも恐怖も飲み込み、再び立ち上がる。


何度も挑み、倒れる。何度も挑み、学ぶ。木の枝で防御し、地形を利用し、ついにゴブリンを仕留めた瞬間、ランスの胸には熱い達成感が走った。小さな勝利だが、確かに「冒険者」と呼べる力が自分の中に芽生えた。


夕暮れ、森を抜け、報酬を手に戻るランス。顔には泥が付き、服も破れ、傷もある。それでも、彼の目は輝いていた。


「俺は…ここから、絶対に這い上がる…」


こうして、平民ランスの冒険者としての第一歩が刻まれた。弱く、無力で、何も持たない少年だったが、努力と勇気で道を切り開こうとする意志だけは誰にも負けなかった。

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