ずっと、君を想ってた

Sakuya.

第1話 都合のいい男

クリスマスイブまであと一週間。街が浮足立ち始めるこの時期、俺のスマホが突然鳴った。


画面に表示された『水瀬みずせ 晴香はるか』の文字を見た瞬間、心臓が嫌な音を立てる。


晴香とは中学からの腐れ縁。今は互いに社会人になり、以前ほど頻繁には会わないが、定期的に連絡を取り合う仲だ。


「……もしもし」

『あ、大輝? 今、大丈夫?』


電話の向こうの晴香の声は、妙に弾んでいた。


『あのさ……急なんだけど、イブの夜って空いたりする?』

「イブ? 普通に仕事だな。まあ定時では上がれると思うけど。なんで?」

『よかったぁ。今年は大輝に彼女がいなくて』

「うるせーよ。嫌味か?」

『違うって! もし彼女いたら、誘えなかったからさ。実ははね、夜景がすっごい綺麗なレストラン、予約してあるんだけど……大輝、よかったら一緒に行かない?』


俺は眉をひそめた。

イブの夜。夜景の見えるレストラン。どう考えてもカップルが行く場所だ。


「は? お前、彼氏いたっけ?」

『いたら大輝のこと誘うわけないでしょ』

「じゃあ誰と行くつもりで予約したんだよ?」


俺の声が、自然と低くなる。

予約済みということは、行く予定だった相手がいるはずだ。そいつと行けなくなって、困った末に俺のことを思い出した。

どうせ、俺ならしっぽを振って駆けつけるとでも思ったんだろう。そうとしか思えない。


『誰とって……別に、誰でもいいでしょ……?』

晴香は言葉を濁し、不自然に笑って誤魔化した。

『とにかく! 空席にするのはもったいないし、美味しいワイン奢るからさ! ね、お願い!』


「……はあ。分かったよ」

電話を切った後、俺はスマホを握りしめた。


認めなくちゃいけない。俺はまだ、晴香に惚れている。

脈がないことくらい百も承知だ。

この想いを断ち切りたくて、誰かと付き合ったりもした。けれど、どれも上書きにはならなかった。


今でも、晴香から誘われれば飲みにも行くし、

「暇だから来て」と呼ばれたら、遊びにも付き合う。

自分の気持ちを伝えて、会えなくなってしまうくらいなら、今の関係で十分だと思っていた。


だけど──今回はイブだ。

こんな日に、誰かの代わりとして簡単に呼び出されるほど、俺は手軽で、都合のいい男だということに、強い苛立ちを覚えた。


もう「いい人」で終わらせるつもりはない。俺を誘ったことを後悔させてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る