第2話 なんだっけ。トイプードル?

朝のチャイムが鳴る前、私は昇降口のほうき立てから一本取った。

当番表を見るまでもなく、今日は私の番だった。


廊下の端から端まで、ゆっくり掃く。

砂が思ったより多い。


「……ふぇると?」


声をかけられて振り向くと、生徒会の二人が立っていた。

腕章が新しくなっている。


「清掃、こんな早くから?」


「朝当番なので」


「真面目だね」


もう一人が笑いながら言った。


「昨日のあれ、聞いたよ。青い……なんだっけ」


「トイプードル?」


「ああ、それそれ。攻めてるよね」


ほうきを動かすと、細かい砂が集まった。


「動画でも撮ってアップすれば?バズるかもよ」


「そん時はコラボ撮ろうよ。もし本当にバズったら」


二人は手を振って、階段のほうへ行った。


私はちりとりを取りに行った。



昼休み、教室の隅で雑巾を絞る。

水はすぐに濁った。


「ふぇると、まだ掃除してんの?」


クラスメイトが言った。


「部活?」


「部活です」


「一人で?」


「はい」


「……へぇ」


机の脚を一本ずつ拭く。

ガタついていた机が、少しだけ静かになる。



放課後、演劇部の部屋へ行く前に、ベンチに座った。

制服のポケットからスマホを出す。


画面には、既読のつかないトーク画面。


【今日は学校で掃除した】

【ほうきが古かった】


送信。


しばらくしても、返事は来ない。


スマホを閉じて、立ち上がる。



演劇部の部屋の鍵を開ける。

照明はつけない。


白いパネルの前に立つ。


円の中の文字は、昨日と同じだった。


「青いトイプードル」


私は何も書き足さず、マーカーを元の場所に戻した。


ゴミ袋を持って、部屋を出る。


廊下の窓から、校庭が見えた。

誰もいない。


私は鍵を閉めた。

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